42. ちぎりきな かたみに袖を しぼりつつ
末の松山 波こさじとは
清原元輔(908~990)
「かたみに」は「お互いに」の意味、「末の松山波こさじ」という表現は、起こりえないことのたとえです(実際今回の津波でも、この末の松山を波は越さなかったようです)。
と言うことで、「お互いに心変わりすることは絶対にないと誓ったのに、あなたは・・・。」という歌です。
元輔は36番の作者深養父の孫で、62番の作者清少納言の父親です。
42. しっかりと 片目で像を ながめつつ
奈留の松山 波の向こうに
かた・を・つつ・の松山・波 12字 同じ
奈留島にも、写真で写っている松山という地区が有りますし、松山姓も多いです。
リアス式海岸のように奥深い相ノ浦湾の対岸から、この松山地区を眺めて写真を撮ります。
最近の写真機、もちろんキミマロズームも、片目で覗くファインダーではなく液晶画面なので、片目をつぶる必要はありませんから、この歌少々矛盾はありますし、実際私は片目をつぶることが出来ないので、この写真も両目で像を眺めつつ撮りました。
注①:目をつぶるではなく、つむるでした? 私はこの辺の国語力最低です。
注②:最近白内障で左目が見にくくなっているので、やっぱり片目で見ているのかもしれません。
注③:私は顔の筋肉を上手に動かせないので、片目がつぶれず、口笛も吹けません。
大学時代私の周辺に女の影がなかったので、女子同級生は「あの人はホモ」と噂していました。
その頃読んだイアン・フレミングの「007ボンドシリーズ」に、「口笛を吹けない男はホモだ」
と書いてあったので、「なるほど俺はホモか」と思っていた青春時代も有りましたね。
返事
花水木さん:日本語は難しいですね。
「その頃は可愛かったのでしょうか」の文は、「今はひどい」とかに繫がるわけではなく、
相手の男子高校生の素晴らしさをほめる意味で、対比させたのですよ。
あれ!?又ややこしい文になってしまいましたね。
大雪男さん:イサキで当たりだと思います。
他よりも奈留島の音は大きかったのですが、今は岩が崩れ落ちて、音が出なくなったそうです。
喜珍さん:熱い中、小学校の整備、いつもご苦労様です。
クーラーの効いたセンター3階からいつも眺めていますよ。すみません。