幻となってしまった夢をいつまでも追い求めても仕方がないし、残りの人生10年ほどを、楽しく生きようと思ってますし、まあ基本的にそう生きますが、はてさて何をしようかです。
今や結構私の人生を占めているブログを書くこと、その中で7年間続いた天皇陵巡りも終わりかけ、どうしようかと思い始めています。
ブログを続けるためには、何かシリーズ物があって、それを書くために足を運ぶことが、私の人生の夢と言うかオアシスになってくれるかもしれないので、早急に新シリーズを考える必要が有ります。
写真はもう20年近く前になった、奈留島に行ってすぐに家内とフークで行った上五島の最北端津和崎灯台からの眺めです。人生観が変わっていった瞬間かも知れません。
競馬場に足を運んで競馬必勝法、3人打ち麻雀を極めてその勝ち方を、WOWOWで月に5~10本ぐらい映画を観てるので映画鑑賞記、日本の有人島を巡る旅日記・・・・、など新シリーズに考えましたが、ちょっと無理が有ります。
孔子さんは、40歳にして迷わず(不惑)、50歳にして何をするべきか理解し(知天命)、60歳にして人の言葉を素直に聞けて(耳順)、70歳になったら心の思うままに行動しても道理を外すことがない(従心)と言ってますが、まだまだ迷ってる私。
孔子は70歳で死んでいるので、それより上の75歳の私は、孔子に頼らず自分で考えて、夢の続きを探さなければならないのですかね。
写真は、15年ぐらい前の奈留例大祭の漁船のパレード、もう奈留島の人々にも知り合いが出来て、「先生も乗りなさい」(家内は一応女なのでダメ、フークは一応四つ足なのでダメですが)と言われて、お神輿と一緒に乗せてもらいました。
もうあの頃のことは、夢まぼろしになっています。
酔いそう。
もう終盤、気の向くままで良いのでは?
私の友人達は、十年後に照準を合わせ準備している人も居ます。
大漁旗掲げた船良いですね。
以前にもコメントしましたが、沼津の大瀬(おせ)のバカッチョ祭りに、似ています。
まあ正直気の向くまま、生きてきたのですがね。
10年後の照準って、死のことですか?
奈留島の名前の由来鳴る洞窟まで行って帰るお祭りです。
動けなくなる前にと。
長生きするのも大変です。
先生のお家は植物園の近くだそうですね。私にも子供が2人でき、よく植物園であそんでいます。いつかお会いできるの楽しみにしています。
懐かしいですよ、8年経ったら子供二人の母ですか、たぶん元気そうな子でしょうね。
まだ整形医で頑張ってるんですか?ぜひ会いに来てください、家内も喜ぶと思いますよ。
良ければsyuheitsunemi@aol.com まで連絡下さい。