HAPPY-GO-LUCKY!

E・コッカーと戯れる浪費派リーマンのゆるい生活

お世話になりました。の巻

2016-05-18 12:52:22 | 日記・エッセイ・コラム
いろんな方のお世話で生き長らえているアタシ。

家族はもとより、ダチやころっけの支えでなんとかなってます。

あっ、ころっけは家族かw


で、先日、お世話になった方が旅立たれました。

ある精神科医。


少し露悪的な表現で、こう笑ってらっしゃっていたのが印象的です。

「HAPPYMANさん、医者は歳を取ったら引き際も考えんといけんが、精神科は年寄りがええんよ。なんでもないことを言うても、なんとなく重みがあるじゃろ」


まあ、言外には、「年輪が役に立つ世界もあるんだよ」ってことを教えてくれていたのでしょう。





先生と知り合ったのは、もう20年前。

心が疲れた現代人をテーマに、「こころが見えますか」ってゆー連載企画を書いた際だ。


スピード化、複雑化するばかりの「今」。
豊かさの陰で喪失感は確実に現代人を襲い、心の疲れや不安を覚える人々が目立ちます。
家庭で、職場で、ストレスにあえぎながら自分を探す風景を追い、現代社会の「病理」をリポートします。


まあ、こーゆー狙いです。

相棒は、その後も長く一緒に仕事をするようになる「エンジェル」。

心に悩みを抱えている人にジカ当たりしようってことになった。





ただ、うつ病だの心療内科だのといった響きがまだまだ目新しかった時代である。

心の病というのは、社会的にも紙面的にもタブーに近かった。

そんな対象にどうアプローチするのか。

数多の精神科医に会い、患者の紹介を頼むも、「はぁ~?」って感じで門前払いの連続。

まあ、それが当たり前だよね。縁もゆかりもないマスメディアだもの(笑)


ただ、こっちはそうもいかない。エンジェルと頭を抱える日々でした。


その時に出会ったのが先生。

じっくり話を聞いてくれ、「そういう記事は必要だと思うよ。患者さんがOKなら紹介するよ」って言ってくださった。


 六日から六回、社会面に連載した「心が見えますか・職場の風景」を担当した。さまざまな神経症は特別なケースではなく、現代社会のひずみを映しているはず、との狙いで昨秋から取材に取り掛かった。
 心の不調を訴える多くの人々に出会った。仕事も家庭も完ぺきであろうとして破たんをきたした父親、昇進が重荷になった管理職…。逃げ出したい気持ちとプライドのはざまで、疲れた心は揺れていた。
 効率重視を強める企業組織の中で、自分らしさを見失いかける。あるいは、出世を第一とする価値観が自身を縛る。競争だけでなく、妥協をも強いられるビジネスマンに、ストレスは確実に募っていた。
 出会った人々は、みなといってよいほど気丈なタイプだった。優柔不断でも、気弱でもなかった。責任感の強さや勤勉さなど、本来美徳とされる性格が、逆にあつれきを生む現実を目の当たりにして、いたたまれない思いもしている。
 連載期間中、同じような悩みを抱える読者などから連絡があり、普遍的な問題であると痛感した。「職を失った」と描いた人を雇ってあげたい、との申し出には温かさも感じた。
 二月初めには第二部として、「家庭の風景」に焦点を当てる。アダルトチルドレンや夫婦の関係などをキーワードに、懸命に理想の家族を演じる親子、夫婦などを対象に取材を進めている。世紀末の心を深く掘り下げ、リポートしたい。


 
その時に書いたコラムがこれですな。

自慢じゃないが俺様、30年間やってきて、記事という意味での満足した仕事は3つぐらい。

エンジェルとやったこの「心」とヒデちゃんとの某農協事件、そしてアベちゃんとの某県北自治体混乱事案かな。

って、俺にしかわかんないけどw


ほぼ全身全霊でやり切った仕事をアシストしてくれた先生には感謝しかないなあ。


その後も団塊の世代を描いた連載企画でも登場してもらった。

そして、管理部門に移ってからも、何かとお世話になったんだよねえ。


先生は今週始めに亡くなったわけだけど、実は先週末、俺のことを話題にしてくださってたらしい。


共通の知人との間で、二度目の心筋梗塞をぶっ放した俺様のことが話題になったそうな。




そこで先生はこう言ってくださったのだそうです。

「生きとりゃええ」って。


なんだかその時の笑顔が目に浮かぶな。


「年寄りがええんよ」「生きとりゃええ」っていう先生の言葉をどう受け止め、どう過ごしていくか。

大きな宿題をもらったような気がするし、ありがたく思います。