◎はつわらひしんぱんいろはかるた(飯沢匡)
昨年末、五反田の古書展で、『アサヒグラフ』一九四六年(昭和二一)一月五日号(第四五巻第一号)を見つけた。以前から、探していた号だった。そこに、「はつわらひしんぱんいろはかるた」というものが載っているからである。
当時の同誌の編集長は、飯沢匡〈イイザワ・タダス〉だった。「はつわらひしんぱんいろはかるた」も、飯沢の企画であった。そのことは、飯沢の著書『武器としての笑い』(岩波新書、一九七七)で読んで知ったのだが、いま手元に同書がないので、確認することはできない。
「はつわらひしんぱんいろはかるた」は、「江戸いろは」四十八句に合わせて、四十八枚の絵札を並べたものだが、その絵札は、当時の世相を描写した「写真」になっている。各ページに、タテ四枚、ヨコ三枚、計十二枚の絵札が並び、それが四ページ続いて、総計四十八枚となっている。
飯沢匡の企画だけあって、実に凝っている。皮肉な世相描写、辛辣な政治批判の中に、機智とユーモアが溢れている。
残念なことに、今日においては、写真が示している対象が捉えにくい。写真そのものも、鮮明とは言えない。したがって、各句と絵札の関係が見えてこないものがある。句によっては、短い「説明」が付されているものがあるが、それでもなお、ツボが読めないものがある。
以下、とりあえず、四十八句のすべて、および、その「説明」を列挙する。オリジナルの説明は太字で示した。〔 〕内は、引用者による注、ないし、写真の説明である。
い 犬も歩けば棒に当る 〔街を歩く若い女性三人、その後ろにアメリカの水兵三人〕
ろ 論より証拠 〔焼け野原になった東京の航空写真〕
は 花より団子 〔背中の子どもにオニギリのようなものを渡す母親〕
に 悪まれ子世に憚る 〔勲章をたくさんつけて直立する東条英機〕
ほ 骨折損の草臥儲け 東京駅で切符を買ふ人々〔駅前に長蛇の列ができている〕
へ 屁をひつて尻つぼめる 大東亜国民大会〔一九四三年に日比谷公園で開かれた〕
と 年寄の冷水 〔大きな荷物を背負って歩く老人〕
ち 塵も積つて山となる 〔空襲のあとの残骸が山となっている〕
り 律義者の子沢山 〔広場のような場所にたくさんの人が集まっている〕
ぬ 盗人の昼寝 ビルマの臥仏〔いわゆる涅槃仏か〕
る 瑠璃も玻璃も照せば光る 大内兵衛氏〔経済学者〕
を 老いては子に従ふ 朝鮮の独立〔大極旗を持った人々がデモ行進している〕
わ 割鍋に閉蓋 宝籤の当選発表
か 癩の瘡恨み 〔ヒトラーとムソリーニが並んでいる〕
よ 葭の茎から天井覗く 監視哨〔双眼鏡を手にした軍人〕
た 旅は道連れ世は情け 〔屋根の上まで多くの人が乗っている列車〕
れ 良薬は口に苦し B29〔米軍の大型戦略爆撃機〕
そ 総領の甚六 〔近衛文麿元首相〕
つ 月夜に釜を抜く 電熱器の氾濫〔露店に並べられた電熱器〕
ね 念には念を入れ 国定教科書の削除〔墨塗り教科書を点検する女児〕
な 泣面を蜂が刺す 〔バラック住宅の外で炊事をしている主婦〕
ら 楽あれば苦あり 巣鴨収容所
む 無理が通れば道理引つ込む 美濃部達吉氏〔憲法学者〕
う 嘘から出た実 〔原子爆弾〕
ゐ 芋の煮えたも御存知なく 第八十九帝国議会
の 咽元過ぐれば熱さを忘る 〔民家の庭先に英語の看板がある〕
お 鬼に金棒 〔囲炉裏のまわりでくつろぐ一家、米俵が積まれている〕
く 臭い物には蓋 〔情報局の看板を取りつけて(取りはずして)いる人〕
や 安物買ひの銭失ひ 幣原喜重郎男〔当時の首相、男爵〕
ま 負けるは勝ち 人力車の復活
け 芸は身を助ける 鉄兜から鍋〔鉄兜をハンマーで加工している工員〕
ふ 文は遣りたし書く手は持たず 〔英訳承りますの貼り紙〕
こ 子は三界の頸っ枷 〔二艘の船を引く動力船〕
え えてに帆を上る 〔府中刑務所内の予防拘禁所を出る共産党員〕
て 亭主の好きな赤烏帽子 〔帽子が並んだショーウィンドー〕
あ 頭隠して尻隠さず カムフラージユ〔迷彩塗装が施されたビル〕
さ 三遍廻つて煙草にせう 日劇〔日本劇場の前に長蛇の列ができている〕
き 聞いて極楽見て地獄 〔海軍の将官、名前は不祥〕
ゆ 油断大敵 〔監視哨の廻りに焼け跡〕
め 目の上の瘤 木戸内府〔木戸幸一、元内大臣〕
み 身から出た錆 大島大使〔大島浩、元駐独大使〕
し 知らぬが仏 〔竹槍訓練に励む若者〕
ゑ 縁は異なもの味なもの 〔黒人兵士からタバコの火を借りる和装の男性〕
ひ 貧乏暇なし 渋沢大蔵大臣〔渋沢敬三、当時の大蔵大臣〕
も 門前の小僧習はぬ経を読む 〔米軍水兵と談笑する坊主刈りの少年〕
せ 背に腹は変へられぬ ダンサー〔ダンサーの求人に応じようとしている女性〕
す 粋は身を喰ふ 歌舞伎座〔歌舞伎座前の焼け跡〕
京 京の夢大阪の夢 〔座敷で踊る舞妓〕