礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

人間の意識は対象面と志向作用の合体により成立

2020-11-12 01:39:39 | コラムと名言

◎人間の意識は対象面と志向作用の合体により成立

 根来司著『時枝誠記 言語過程説』(明治書院、一九八五)から、「第二十二 時枝誠記博士の国語学」を紹介している。本日は、その二回目。

 さて時枝博士の国語学がフッセルの現象学から来ていると学者の間でいわれるのは、時枝博士の言語過程説という学説成立の時期に関係があるのではないか。わが国における現象学の受容の歴史を見ると、第一期は明治末年から昭和十年〔一九三五〕くらいまでであり、ちようど博士の学説がこの第一期のおわりに成立している。そのために現象学の方法を向 こうから借りて来たと囁かれるのであろうと思う。しかしながら、時枝博士は自己の言語過程説と現象学との関わりについては著書でも論文でもあまり触れておられないのである。現に時枝博士が亡くなられて一年半あまりたって、白石大二氏が「学界だより――早稲田大学ところどころ」(「月刊文法」昭和四十四年九月号)という文章を書かれていて、その中で、「先生がなくなられて残念なことの一つは、山内得立〈ヤマウチ・トクリュウ〉氏と先生との学問上の交渉をただしておきたかったことである。なくなられる一、二年間は、ご自分の学説を広く紹介されるのに特にご熱心で、早稲田大学の国語学会でも、時枝学説の成立、本質について連続講演をしておられた。その中で山内得立氏に触れられたことがある。わたくしの経験では、こういうことは先生として異例のことであった。」と述べ、現象学をいち早く日本に紹介された山内博士との関わりを聞きもらしたのを残念がっておられる。たしかに時枝博士も晩年になると現象学のことをよく語られるようになるので、そういうことでは『講座日本語の文法第一巻』(昭和四十三年一月)『講座日本語の文法別巻』(昭和四十三年五月)はありがたいものである。
 まず昭和四十二年〔一九六七〕六月七日、これは時枝博士が亡くなられる年であるが、名古屋で鈴木朖〈アキラ〉の百三十年祭が催され、そこで博士は「『時枝文法』の成立とその源流――鈴木朖と伝統的言語観」と題して講演されている。それがさきの 『第一巻』に収められているが、その中に自分が卒業論文を書く頃、鈴木朖が言語四種論で説いていることがよくわからなかった。というのが朖がことばを分類するのにどういう基準でしたのか、その真意が的確につかめなかった。けれども、あとになって京都大学教授の山内という哲学者の『現象学叙説』(昭和四年)という書でもって、フッセルの現象学を勉強していたら、だいぶこうじゃないかということが納得がいくようになったといっておられるのである。続いてこの講演はこの朖の考えを理解するべく手爾葉大概抄までさかのぼっていかれるのであるが、やはり山内博士が『現象学叙説』で説かれていることがこれを読み解く鍵になるとして、次のように述べていられる。
《先ほど、フッサールのことを申しましたが、フッサールの現象学が、なぜ私がこれを解明する一つの助けになったかと申しますと、これは山内得立先生の説明によって、こういうことを学んだわけなんですが、フッサールは人間の意識を分析いたしまして、まず一つは、人間を取り巻くところの客観の世界、これをフッサールは、対象面、noemaというふうに言っております。ご存じですね。それからもう一つ、その対象面に働きかけるところの人間の働きですね。これを志向作用、noesisというふうに言っております。つまり、noemaとnoesis、対象面と、それに働きかける志向作用の合体によって、人間の意識というものは成立する。でありますから、たとえばうれしいという感情は、ただうれしいという感情だけじゃなくて、うれしいことの、なにか対象面がある。それは、はっきりしたものであろうとなかろうと、かまわないんですが、なにか対象面があって、それに対する働きかけによって、そこに人間の、うれしいということが出てくる。ですから、現象学の有名なことばで、〈うれしいというのは、うれしきことに対するうれしいことである〉というふうな説明がありますが、そういうことなんですね。つまりnoemaの表現が、さっき言いました「詞」の表現、noesis の表現が「手爾乎波」と、こういうふうに、いちおう説明ができると思うんです。》
 ここに博士のことばのまま長く引いたが、要するに山内博士が人間の意識はノエマとノエシス、対象面とそれに働きかける志向作用の合体によって成り立つと説明していることが参考になり、ノエマの表現が詞の表現、ノエシスの表現がてにをはの表現と考えることができるようになったといわれるのである。【以下、次回】

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