◎小説『眼の壁』(1957)に、古虎渓駅は出てこない
DVDで、松竹映画『眼の壁』(一九五八)を鑑賞した。佳作だと思ったが、ひとつ、気になったことがある。それは、主人公・萩崎竜雄を演じた佐田啓二(一九二六~一九六四)の演技が「暗すぎる」ことであった。そういう役柄として演じたのかもしれないが、それにしても暗すぎる。この演技が、この映画を必要以上に重苦しいものにしている。
一方、主人公の友人、新聞記者の田村満吉を演じた高野真二さんの演技は明るい。この高野さんの明るさが、佐田の暗さを補っていた。明るいと言えば、田村記者の婚約者を演じた朝丘雪路(一九三五~二〇一八)の演技も明るかった。なお、記者の婚約者という役柄は、松本清張の原作には登場しない。
この映画の原作は、松本清張が『週刊読売』に発表した連載小説『眼の壁』である(1957・4・14~12・29)。映画の公開は、一九五八年(昭和三三)一〇月。映画公開前の同年二月に、光文社から単行本『眼の壁』が出ている。映画のクレジットには、‶原作 松本清張/「週刊読売」連載/光文社刊〟とある。
小説中に、中央西線の高蔵寺、多治見(たじみ)、土岐津(ときつ)、瑞浪(みずなみ)の各駅が登場する。しかし、高蔵寺―多治見間にある定光寺(じょうこうじ)、古虎渓(ここけい)の二駅は、小説では名前が登場しない。古虎渓駅は、この小説の連載がはじまる直前の、一九五七年(昭和三二)四月一日に開業したという。事件が起きたのが、古虎渓駅の開業前だったという設定ならば、古虎渓駅が出てこないのは当然である。しかし、定光寺駅の名前が出てこないのは、いったい、どういうわけか。
ちなみに、映画のほうでは、定光寺駅、古虎渓駅とも、萩崎竜雄のセリフの中で、その名前が出てくる。また、「駅名板」が写される場面で、両駅の名前が確認できる。【この話、続く】