礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

東条さんから多分の弁護料を頂いております(清瀬一郎)

2021-09-01 02:42:49 | コラムと名言

◎東条さんから多分の弁護料を頂いております(清瀬一郎)

 太田金次郎『法廷やぶにらみ』(野口書店、一九五九)から、「東京裁判について」の章を紹介している。本日は、その二回目(最後)。
 
皮肉な法廷市ガ谷台に  東京裁判の法廷は、かつて日本陸軍の中心、陸軍省や大本営陸軍部の立籠った市ガ谷台に設けられた。
 その坂を登りおりする被告たちは、かつて星のマークのついたカーキ色のハイヤーで風を切って登りおりしたものである。それがこんどは米軍の大型バスで、法廷に通いつづけ させられたのだ。しかも、かつてアジアの地図をひろげて「八紘一宇」を豪語、戦争謀議をくりひろげた心臓部のその部屋は、被告の控室となり、東条総理が全陸軍に号令したその大講堂は彼ら自身の夢を裁く法廷とかわったのである。まったく皮肉な運命のめぐりあわせである。
 オーストラリアのウェッブ裁判長は、日本タイムズの社説をとりあげ「ここに私は濠洲第一の判官であると書かれてあるがそれは間違いである。私は濠洲で七番目の判事です」
 と真顔でいったことがある。
 その彼が、証人台に立った米内光政〈ヨナイ・ミツマサ〉元大将に対して、氏の応答がとかく的はずれで審理がさっぱり進まないのにゴウを煮やし、
「証人、今まで幾人かの日本の元首相が証人台に立ったが、その中であなたが一番馬鹿な総理大臣です」
 と、語気するどくいった。なみいる日本人はびっくりしてしまったが、ウェッブ氏自身はその後ケロリとしている。これは吉田〔茂〕元総理大臣が、思わず「バカヤロ!」といってしまったのと同じ心理状態だったのかしれない。とにかく人間は、たまには大きな声で「バカヤロ!」といってみたいものなのである。
 アメリカのタベナー検事は、いかにもヤンキ一といった感じで、ちょっと廊下で逢っても向うから「やあ、どうですか」とニコニコ話しかけてきて、全く嫌味のない好紳士だった。その円満な応酬ぶりは多くの人に好感をもたれた。
 一方、イギリスのコミンズカー検事は、ねばり強くからみついて、狙ったが最後、カミナリが鳴っても逃がさないといった英国人独特の強じんさがある。
 被告たちが異口同音に「デタラメ日記だ」とこきおろした原田〔熊雄〕西園寺日記を反ばく、証拠の中核にして、ともかくグウの音もでないところまで追いこもうとしたやり方なども、この人の性格をよくあらわしている。
「金曜日に窃盗を働きながら、土曜日には善人ですといっても、それはダメだ」
 などと、時にはこんな皮肉まじりのたとえをひくのも英国人らしい。
 とにかく被告にとっては余りありがたくない検事であった。
 この裁判では弁護人として一様に証人のひきだしに苦労した。グレン隊ややくざの裁判に証人をひきだすことがむずかしいように。
 それは「戦犯の弁護のための証言などは真ッ平だ」とか、被告たちの弁護のために有利な証言をすることが、何か当時の風潮に適応しないというような小さな考えから出ているようであるが、わたくしも愛沢誠氏(元奉天特務機関雇員〈コイン〉)を証人として連れだすのには苦心した。
 というのは、彼は当時間組〈ハザマグミ〉の中国語通訳として勤めており、仕事の関係で中国側代表部との連絡にあたっており、土肥原さんのために証人台に立つようなことになれば、中国側との間がうまくないといって会社をクビにされるかも知れぬ、そうなれば一家五名はその日から路頭に迷わねばならないという。
 まことに切実な訴えであった。しかし我々としても絶対必要な証人ときているのでやめるわけにはいかぬ。そこでわたくしは、
「もしあなたが証言台に立ったために会社のほうがダメになるようだったら、わたくしがあとの就職はひきうけましょう」
 といって、まあ本人としても悲壮な覚悟で立ってもらったのだが、幸いにして愛沢証人のクビは無事であったので、わたくしもホッとしたものである。
毎月赤字つづきで弁護  「太田君は東京裁判をやって三年間に三百万円は損をした」などといって、馬鹿にするような同情めいた口ぶりの友人もある。
 もちろん官選弁護人の費用は鵜沢聡明〈ウザワ・フサアキ〉弁護団長はじめ、われわれにも一様に月額四千五百円であった。とうてい足りるわけはない。アメリカ人と一度宴会をやれば、最低三千円はかかる。これを差引けば、わたくしの手取りは千五百円である。したがって毎月赤字つづきであった。
 清瀬〔一郎〕弁護人などは、「私は官選の費用は辞退します。私は東条〔英機〕さんから多分の弁護料を頂いておりますから」といっておられた。
 わたくしは土肥原賢二元大将からは一銭も現金はもらわなかった。そのかわり大将の大切な品を貰っている。
 大将の親友で工学士の上島慶篤氏から、大将の命をうけたといって白玉〈ハクギョク〉の刀を一本、箱入りで届けてきた。
 その時、上島氏は、「土肥原大将はああいう人ですから、お金は全然ありません。よって、この品をお届けするようにというので持ってきました。
 この白玉の刀は非常に貴重なもので、日本でいえば草なぎの剣〈ツルギ〉にもひとしい由緖あるものです。平和条約締結後は、二百万ドルに売れます。どうかそれまで絶対にお売りなさらず、大切に保存しておいて下さい。早まって売り、市中にでれば、中国関係筋に没収されますから、くれぐれもそういうことのないように御注意を願います」
 というのである。
 わたくしは正直にこの言葉を真にうけて、いまなお大事に保管している。
 二百万ドルといえば、邦貨に換算して、まさに七億二千万円である。すでに平和条約も締結され、売ってもよい時機になっているのだが、さてなかなか買手がみつからない。
 幸い買手があってこちらのいう値で売れれば、わたくしは先に三百万円損をしているが、 とにかく七億二千万円は手に入るのである。そうなれば、全国在野法曹六千人の中でも、自慢じゃないが相当な金持になれる。
 広い世間だ、何とか買手はないものかとそればかり念願している。
 わたくしはこれが売れたら郷里三河に帰って、選挙に専念して、少年時代に描いた弁護士、代議士、大臣の希望を実現したいと思っている。いや、冗談ではない、本気である。
 多数の読者諸賢のなかには、ご奇特な方もあるであろうことを確信する。金のある方は ご遠慮なく買っていただきたい。どうか太田弁護士をして、宝の持ちぐされたらしめないよう御協力あらんことを切望する次第である。

 文中に、「白玉の刀」なるものが出てくるが、正体は不明。仮に、由緒あるものだとすれば、土肥原がそれを入手した経緯が問われなければならない。

今日の名言 2021・9・1

◎あなたが一番馬鹿な総理大臣です

 東京裁判において、ウェッブ裁判長が、米内光政元首相に向って放った言葉。上記コラム参照。

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