◎小説『眼の壁』は、1960年5月に改訂された
松本清張の小説『眼の壁』は、今日、新潮文庫版などで読むことができる。手元にある新潮文庫の奥付を見ると、「昭和四十六年三月三十日発行/平成五年一月二十日五十刷改版/平成六年十一月十日五十四刷」とある。また、その末尾には、「この作品は昭和三十三年二月光文社より刊行された。」とある(四三八ページ)。
光文社は、昭和三三年(一九五八)二月に、ハードカバーの単行本を出している。しかし、新潮文庫版の底本は、そのハードカバー版ではない。
たとえば、ハードカバー版の一二三ページ下段に、次のような箇所がある。
田村は、名古屋から終着駅の瑞浪の間の駅を、一つ二つと数えて、
「全部で七つだ。七つの駅のどれかでその男が下車したわけだ。」
と言った。竜雄は微笑した。
ところが、この箇所は、昭和三五年(一九六〇)五月に同じ光文社から刊行されたカッパ・ノベルス版では、次のようになっている(一二九ページ上段)。
田村は、名古屋から終着駅の瑞浪の間の駅を、一つ二つと数えて、
「おもな駅は七つだ。たぶん、この七つの駅のどれかでその男が下車したんじゃないか。」
と言った。竜雄は微笑した。
この改訂の理由は、容易に推測できる。読者などから、「定光寺、古虎渓の両駅は、どうなっているのか」という指摘があったのであろう。
そこで、新潮文庫版(平成五年改版)の当該箇所(一九九ページ)を見ると、カッパ・ノベルス版と一字一句そのままである。
この箇所に限らず、カッパ・ノベルス版の刊行に際しては、いろいろな箇所で改訂がおこなわれている。新潮文庫版は、そうした改訂を引き継いだものである。新潮文庫版(平成五年改版)にある「この作品は昭和三十三年二月光文社より刊行された」という注記は、もちろん誤りではない。しかし、それに加えて、「本文庫は、昭和三十五年五月刊行の光文社カッパ・ノベルス版を底本にした。」などの注記があると良かったように思う。
明日は、話を『外交秘録』に戻す。