礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

自分はもっと大器だと考えていた(中野清見)

2022-04-01 00:27:49 | コラムと名言

◎自分はもっと大器だと考えていた(中野清見)

 中野清見『新しい村つくり』(新評論社、一九五五)を紹介している。本日は、その五回目で、第二部「農地改革」の1「第一回村長公選」を紹介する。この章は、かなり長いので、何回かに分けて紹介する。

   1 第一回村長公選
 岩手開拓公社の創立を終って間もないころ、江刈村から数人の代表が盛岡の事務所に私を訪ねて来た。十文字勝雄が生みの親となり、私も助言して創られた農民組合の代表の人々である。組合長は山村繁蔵といい、私たちの小さいころには、いつも草相撲の先頭に出る男で、その頃は農業の傍ら馬喰をやっている元気のよい男であった。川原〔徳一郎〕も代表の主たる一人としてついて来た。十文字も一緒であった。〔一九四七年〕四月初旬に行なわれる村長公選に立候補してくれという依頼である。全組合員の要望だという。これは私にとって唐突な間題であった。私は会社を作ったばかりで、その将来に希望ももっていたし、責任も感じていた。また村長という地位を非常に軽く見ていた。小さいときから今までに見て来た村長だけが、私の頭の中にある村長の概念であった。それは、毎日たいくつな時間をもてあまし、新聞と官報を読み、酒を飲むことばかりを考えているような、生活に無気力な、古洋服を着た人間の像、どう考えても魅力あるものではなかった。正直のところ、自分はもっと大器だと考えていたのである。それで代表たちに、自分はいま会社を創ったばかりで、とても村へ行くわけにはいかないから、誰か別の候補を探してくれと断わった。そして自分も一緒になって物色した結果、江刈村の出身で、そのとき県の庶務課に勤めている川戸与四郎氏がよかろうということに一致した。
 そこで彼らは早速川戸氏の私宅へ訪ねて行って交渉した。ところが川戸氏の返事は、自分は村長はやれないが、助役ならやってもよいから、もう一度私に出馬を頼めという意見だという。そして、無理だろうが何とかして貰えぬかというのである。ここで似鳥〔吉治〕氏に相談して見た。彼は重役の中に一人ぐらい村長がいる方が、会社の仕事にも都合よかろう、それに常時村にいる必要もなかろうから、やって見てはどうかとの意見であった。そのうち川戸氏自身もやって来て、自分は助役を勤めて、事務的には心配をかけないから、引受けてくれないかという。ここで私も決意せざるを得なくなった。村には月に二度か三度も顔を出せばよいだろうと考えた。ところで、一体選挙に勝てる見込はあるのか、自分は選挙演説なんてものは出来ないし、自ら運動して歩くのも嫌だといったら、代表たちは、絶対に勝てますという。選挙中は村に顔を出して貰わなくとも、自分たちでやって見せるといって、自信満々の様子なので、それでは立候補の届出だけこちらでするから、後はそっちでやってくれといって引き受けた。
 そのとき立候補していたのは、最近まで村長をやっていた岩泉龍氏の父、三代前の村長であった岩泉頼八氏と農業会専務の遠藤賢次郎氏、役場書記の大川原正吉の従兄に当る巡査上りの大川原正治という男と三人であった。前の二人は馴れ合い候補で、擁立者は同じであり、他に競争者がなければ選挙直前に一人を引込めて無競争にするし、有力な候補が出ても一人にまとめて戦う肚〈ハラ〉なのである。この方は村の旧来の支配層の陣営である。大川原の出馬は、そんな勝手は許さないとの、無力を承知での挑戦であった。そこに私が届を出したら、大川原がやって来て、私はその柄でないことは知っているが、向うの連中の思うままにさせたくないから出たのだ、貴方が出てくれればそれ以上のことはないから辞めるといって引込んだ。遠藤賢次郎も予定通り辞退して、岩泉老と私の一騎打ちということになった。
 この選挙がどのように戦われたかは、私はその間ずっと盛岡にいたので殆んど知ることが出来なかった。ときどき電話で連絡があり、絶対に大丈夫だから安心していてくれという報告を知るにすぎなかった。開票の結果は、私の九七六票に対し、岩泉老四四四票であった。どちらもスローガン一つかかげたわけではないし、一度の演説をしたわけでもなかった。向うは村には長い間の顔であるし、推す人々も村の支配者たちである。私の方は、顔さえ見たことのない有権者が大部分であり、私を推しているのは今までは人間の屑のように思われていた連中である。それなのに、どうしてこんな大勝を得ることが出来たのか、私は早く村に赴いて、その理由を知りたいと思った。【以下、次回】

 似鳥氏とあるのは、似鳥吉治(にたどり・きちじ)のこと。岩手太平会という地方政党を組織していた政治家。

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