◎一名か二名が異議なしとつぶやけば会議は終る
中野清見『新しい村つくり』(新評論社、一九五五)を紹介している。本日は、その十回目で、第二部「農地改革」の2「村長・村民・村会議員」の続きを紹介する。同章の紹介としては三回目(最後)。
村会に目をうつせば、これもまた想像以上である。議案を読めない議員も幾人かいる。全く文盲に近いものさえいる始末で、世間に通用する文章を書ける者などはまずいない。議員は十六名だが、私が着任したときはすでに決定していた。村の中から有能な人間が選ばれて出るというのではなく各部落を代表していることは、現在でも同じである。牛馬商もおれば、馬車ひきもいる。それぞれの部落で、暮しがよいとか、少し文字が読めるとかいうものが出て来ていた。昔は、大地主の村木家を代表する議員が常に数名はいたものだというが、いまはそれはなくなって、農民組合からも何名かはいっているが、全く無力である。
村会は役場の二階で、机をコの字形に並べ、議長が中の机に一人、議員はその両側に向い合って席につく。三角形の番号札が各議員の前に立てられる。村長、助役、書記係などは、議長の横、議員の列の末端に坐って説明や記録に当る。
会議は議長の挨拶によって始まる。「本日はおいしょがすいところを、わじゃわじゃ御出席願いますて……」という調子である。議案は、提出者たる村当局なるものが、まず説明する重要施策と目されるものについては、村長が説明し、事務的なものの説明には助役が当る。説明が終ると質疑ということになるわけだが、ここで質問する議員ははなはだ稀れである。質問がなければ、採決にはいればよさそうだが、議長はそう簡単に採決することは、議会の権威にかかわると思っているらしい。そこで休憩する。休憩に入ると、とたんに議題をはなれた雑談が席を圧倒してしまう。いままで眠そうにしていた人々も、俄然はりきったように、顔が輝いて来る。ひとしきりこれが続くと、「これより本会議にはいります」という議長の声がかかる。するとまた沈黙だ。しかし今度は、休憩中に議長と或る議員と話合いが出来ているので、沈黙も長くは続かない。やがてその議員が、てれたような顔をしてやおら立上る。「本日の議案は、第一号案より、第何号案まで、一括、一読会より三読会の読会省略の上、確定議とされんことを望みます」という発言をする。すると議長は「ただいま何番議員さんより発言ありましたように、決定して異議ありませんか」ときく。このときも、たいていは黙っているが、一名か二名が異議なしとつぶやけば、それで会議は終る。この一読会より云々という発言は、古参議員でなければ出来ない。これを私は呪文と名づけたが、呪文を唱えることの出来る議員は、当時たしか二名か三名しかいなかった。いつのころ、誰の指導によって始められたのか、私はいまも知らない。私はながい間この習慣に黙ってついて行った。
会議が終れば酒が出る。これもながい間の習慣だったようである。酒席には役場吏員も連なり、酔って来れば入り乱れて喧嘩も起るというのが物の順序でもあろう。役場およびその近辺から、酒の上で人にごろついたり、喧嘩したりする習慣を根絶しようと考えたが、これには思ったより時間がかかった。暴力には暴力以外に効果的な手はないことも、これによって知らされた。
このあと、第二部「農地改革」の3「農地改革」を紹介する予定だが、明日は、いったん話題を変える。