礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

松岡洋右氏を巣鴨に何度か訪問した(小林俊三)

2024-03-19 00:19:50 | コラムと名言

◎松岡洋右氏を巣鴨に何度か訪問した(小林俊三)

『法学者・法律家たちの八月十五日』(日本評論社、2021年7月)の紹介を続ける。
 本日は、同書の「私の八月十五日 第一集」から、小林俊三の「一弁護士が遭遇した民族の大時刻」という文章を紹介したい。初出は、『法学セミナー』242号(1975年8月)。なお、今回、紹介するのは、その後半部分のみ。

一弁護士が遭遇した民族の大時刻   小林俊三

【前半の約三ページ分を割愛】
 終戦の詔勅を聞き終った私は、結局来るべきものが来たという現実感と、有史以来はじめての敗戦という屈辱感とが徐々に混同して湧き上って来た。かかる運命に進む軌道は、私のようにそれまで純粋の弁護士として民間から官権を眺めて来た者には、必然ともいえる結論であった。一つは明治憲法の体質の進路であり、他は第一次大戦においてアメリカの戦力が短期間に爆発的に増大するおそるべき力を知ったということである。明治憲法の体質は、薩長が天皇を背景として永久政権を画したとしか思えないものである。すべて大権、統帥権に帰一する機構は、明治天皇のような英邁な君主がいてはじめて妥当するのであって、そうでないと天皇の名において関係臣下の恣【わがまま】な行動に進むのは当然であった。そして薩長といえども人材に限りがあるから、それは味方する官僚閥に傾いて行くのを免れない。さらに官僚閥はいかに権力の上に動いても、直接武力を持っている軍部軍閥に実力の移るのは見易い理〈コトワリ〉である。したがって昭和初頭以来軍部暴走にまで発展したのは、当然の進路だったのである。前記のアメリカ戦力と第一次大戦との関係は、私は中学の上級生として具さ〈ツブサ〉に瞠目して見ていた。このことをわが政治や軍部の上層者が知らなかったなどとはいいたくない。少なくも甘く見ていたという愚かさはどうしようもあるまい。
 進駐軍の管理下に入ったわが国は、法曹全般にとって一大変革が来るであろうことは、予期されたことであった。特に憲法の変革が必至であることは予想されたことであって、わが国朝野の間に、公私の分ちなく混乱のままその草案を議しつつあった。この大問題とは別に、実務法曹たる私にとって、わが国の訴訟手続が根本的に変らなければ、訴訟の真実は発揮できまいと考えさせられたのは東京裁判(極東国際軍事裁判所法廷)における体験であった。昭和二一年〔1946〕一月戦犯に指定された松岡洋右〈ヨウスケ〉氏は巣鴨拘置所に収容されていた。昭和二一年三月頃同氏の援護団体の代表から右松岡氏の弁護人たることを要請され、私はこれを受諾した。それから清瀬一郎氏宅における研究会に出席したり、松岡氏を巣鴨に何度か訪問し、起訴状に対する反駁意見を委しく聴取した。これらの内容は省略するが、東京裁判は昭和二一年五月三日を第一回として、原則として週三回開廷された。ところが松岡氏は宿痢〔ママ〕の肺患が重くなり、結局弁護人(この時までに米側弁護人としてウォレン氏が就任した)両名の申請により、松岡氏を病院に移すことの許可を得た。しかし結局松岡氏は二度目に移った東大病院で六月二七日静かに世を去った。この間両弁護人は被告人を代表し各公判に全部出席した。ここで私の得た強い印象は次の諸点である。㈠ 米側弁護人は戦犯被告に対する弁護の使命惑に徹し真剣であったこと。㈡証拠調特に証人尋問等は執拗と思われるほど熱心活潑であったこと。㈢口頭弁論主義に徹底し書面の提出だけでは採用されなかったこと、などである。
 前記㈠㈡は米側弁護人が曾【かつ】ての敵国戦犯のため本当の味方となり、容赦なき攻撃防禦を敢てし、法の支配の深さをひしひしと感じたことである。しかし私の特に強調したいのは㈢の問題である。今やわが国の口頭弁論主義は、単なる教科書上の空論に陥ってしまった。大審院時代から書面だけに依存する慣習は、期日の徒【いたず】らな遷延を来した。
 これらの関係は、新憲法とともに改まる裁判所法により、訴訟手続に画期的活性を生ずることを期待した。しかし現在また「書面のとおり」という妥協的風習に陥り、徒らに書面の多量を競う傾向に戻ってしまった。(了)
 〔こばやし・しゅんぞう 弁護士 元最高裁判所判事。一八八八~一九八二年〕

 文中、「ウォレン氏」とあるのは、小林俊三とともに松岡洋右の弁護人を務めたフランクリン・ウォーレン(Franklin E. N. Warren)のことである。
 また、「宿痢」とあるのは原文のまま。おそらく、「宿痾」(しゅくあ)の誤植であろう。

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