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死を美化するよりも生きる権利を!(その3)

2013年10月09日 09時15分17秒 | 一人も自殺者の出ない世の中を
 これもついでに参考資料として。前の記事で紹介したツイートの中でも引用されていた神奈川新聞の記事全文。本来なら記事の全文転載は余り好ましい行為ではありませんが、時間が経つと幾らリンクを貼っても記事自体が更新されて読めなくなるので。

JR横浜線踏切事故:学ぶべきものは/神奈川
カナロコ by 神奈川新聞 10月5日(土)11時45分配信

 横浜市緑区の踏切で、倒れていた男性(74)を助けようとした会社員村田奈津恵さん(40)=同区台村町=が電車にひかれて亡くなった事故で、安倍晋三首相は「勇気をたたえる」として書状を贈ることを決めた。県と横浜市も知事と市長の名で「感謝状」を贈るという。弔意を示すことはあり得るだろう。しかし、命が失われた事故を美談にすることで、大切なものが見落とされるのではないか-。そう感じている人もいる。
 書状を贈る理由について、菅義偉官房長官は語った。「勇気ある行動をたたえる」「他人にあまり関心を払わない風潮の中で、自らの生命の危険を顧みずに救出に当たった行為を国民とともに胸に刻みたい」。そして、「総理もぜひたたえたいという話をされていた」。

 ■言葉見当たらず

 2005年に母親を踏切事故で亡くした加山圭子さん(58)=同市神奈川区=はしかし、同じ言葉を口にすることはできない。
 事故翌日の2日、事故現場の踏切に献花に訪れた。「『お悔やみ申し上げます』とか『ご冥福をお祈りします』とか、簡単には言えなかった。やり切れない気持ちでいっぱい」
 母は、保安係が誤って手動式の遮断機を上げたため、踏切内に入ったところを電車にはねられた。全国の踏切事故の遺族でつくる「紡ぎの会」代表を務め、事故のたびに花を手向けてきた。公共の場であり、安全であるべき踏切で悲劇が繰り返されないことを願ってきた。
 事故の形態はさまざまだが、大切な人を失った悲しみに違いはない。自身の過去と重なるだけに、なおさら言葉は見当たらない。「今はまだ、現実を受け止められないかもしれないし」
 強調したいのは、警報器や遮断機があっても踏切の中に簡単に入れてしまうという、そもそもの問題だ。「小さい子どもや認知症の高齢者が迷い込む危険性もある。高架にするなど踏切自体をなくせないものか」。弱者が被害に遭うという今の社会を象徴する問題であるとも感じている。
 国土交通省によると、2012年度に発生した踏切事故は295件。121人が死亡し、99人が負傷している。

 ■まず非常ボタン

 ある鉄道会社の男性社員は危惧を抱く。「今回の行動が正義なのだということになれば、同じような事故が起こる可能性もあるのでは」
 鉄道各社は「人の立ち入りを見つけたら、非常ボタンを押してほしい」と口をそろえる。「社員であってもまずは電車を止めるための行動を取る。『どうして助けないんだ』と思うかもしれないが」。電車を止め、あるいは少しでも速度を落とすことで衝突によるダメージを減らすことができるからだ。
 線路内にいる人を助けようとするより、非常ボタンを押す方が早くできる。だが、男性は「今はそういうことを口にすれば、ひどい人と言われそうなタイミング。美談としてエスカレートしていくのが怖い」とも感じる。「『線路に入らないで』とは言えても『人を助けないで』とは言えない。危険だから助けに入ることは絶対に禁止、と伝えていくしかない」

 ■目の前の対策を

  目撃者の証言によると、村田さんに救助された男性は自殺を図ろうとした可能性もあるとみられている。
 自殺対策に詳しい横浜市こころの健康相談センターの白川教人センター長は、「もし自殺者を救った事案であるならば、これを機に国としての自殺対策をもう一段踏み込んで発信することが、国民の助けになるのではないか」と話す。
 自分を救助した女性が亡くなり、それを国を挙げて美談とするなら、自殺願望があった可能性のある男性が精神的に追い詰められることは想像に難くない。村田さんの母親も取材に対し、「男性のフォローもお願いしたい」と語っている。
 男性が線路に横たわっていた経緯は明らかにはなっていないが、自殺未遂者は同じ行動を繰り返すことが指摘されている。白川センター長は「男性が抱えていた問題を探り、支援する必要がある」とも訴える。

 ■「美談」のあとで

  事故現場から車で数分の団地に、その表札は見当たらなかった。
 01年1月、JR山手線新大久保駅のホームから転落した男性を助けようと、居合わせた韓国人留学生とカメラマンが線路に飛び降りた。救助は間に合わず、3人とも死亡した。
 カメラマン関根史郎さん=当時(47)=は母千鶴子さんと、この団地で暮らしていた。事故後、勇気ある行動をたたえようと国や市の関係者が相次いで訪れ、賜杯や顕彰状を手渡していった。千鶴子さんは無言で説明を聞き、深々と頭を下げた。
 「息子を静かに弔ってあげたい。本当はそっとしておいてほしい」。同じ団地に住む女性(72)は千鶴子さんがそう漏らすのを聞いた。女性は続く言葉が忘れられない。「美談であろうが何であろうが、息子が死んでしまったことに変わりはない」
 事故から数年後、一人自室で息を引き取っていた千鶴子さんが近隣住民らによって発見された、という。

 ◆JR横浜線踏切内での人命救助と事故の経緯

 1日午前11時半ごろ、横浜市緑区中山町のJR横浜線の踏切内で倒れていた無職男性(74)を会社員村田奈津恵さん(40)が助けようとし、電車にひかれ死亡。男性も鎖骨を折るなどしたが、命に別状はなかった。村田さんは父親(67)の乗用車に同乗し、電車が通過するのを待っていた。線路に横たわっていた男性を2本のレールの間に動かして救助したとみられ、男性の上を電車が通過して助かった可能性が高い。

 ◇

 ■批判封じる 空気怖い、精神科医・香山さん

 事故の犠牲になった村田さんをたたえる安倍晋三首相の書状をどう見るのか。精神科医の香山リカさん(53)に聞いた。
 非常に違和感を覚えている。長嶋茂雄さんと松井秀喜さんの国民栄誉賞をはじめ、安倍首相はことさら光の当たる場面に登場しようとする。その延長で、今回はヒューマニズムの感動に自分の姿を刻もうとしている。
 パフォーマンスだとの批判も想定しているだろうが、その声を上げると「長嶋さんを認めないのか」「村田さんの死を非難するのか」という議論のすり替えで、逆に攻撃に遭う。微妙に、絶妙に批判しづらい対象を選んでいる。本来は短絡的な賛成反対では語れないことのはずなのに。
 深読みかもしれないが、自己犠牲を推奨し、誰かのために命を省みないことを全面肯定しているかのようだ。両親からすれば「生きてほしかった」と思っているだろうし、救助自体にも多様な意見があってしかるべきなのに、そういった議論を封じ込めてしまう。
 政府は本来、事故防止など現実的な方向を示すべきなのに、精神論に入っていこうとする。「こうあるべきだ」という規範を押し付けようとする空気が怖い。
 ご両親にしたって、悲しくてやりきれないだろうに、英雄視されることで、きちんと悲しめなくなるのではないか。それは戦争でわが子を失った親と同じ。死んでほしくなかったと言えない苦しみを与えてしまう。
 いまの社会は、いつ自分が少数派になるか分からないという不安感がある。そこに陥るとはい上がれないという恐怖から、多数派を見つけて、そこに属することで安心しようとする。そういう意味では「今はこれが正しい」というトレンドをつくり出すゲームの中で、社会を覆う不安感が政権運営に利用されてしまっているのかもしれない。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131005-00000018-kana-l14

 この新聞記事の最後にある香山リカの発言に対して、「救助に飛び込み犠牲になった女性を貶めるもの」との的外れな批判が既にネットに上がっていますが、私に言わせれば、その批判こそよっぽど的外れです。香山リカが槍玉に挙げているのは、女性の行為ではなく、それを自身の政権浮揚や売名に利用しようとする安倍や自民党の政治家の安っぽい行為に対してです。自殺未遂の老人を陰で「鉄道テロ」と貶めるような事を言っているネトウヨ如きに、香山リカの発言を非難する資格なぞありません。
コメント (1)
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死を美化するよりも生きる権利を!(その2)

2013年10月09日 08時02分04秒 | 一人も自殺者の出ない世の中を
 先日記事に書いた横浜踏切事故の続報です。村野瀬さんのブログに、首相の感謝状に対する違和感を表明したツイートが一杯紹介されています。美談仕立ての新聞記事ばかりが目につく中で、これらのツイートを読んで初めて救われた気分になりました。自民党の柴山何某なる人物がまたぞろ余計な事を言ったようですが、それでもちゃんと真実を見抜いている人がこれだけ大勢いる事を知ると、「日本もまだまだ捨てたものじゃないな」という気がしてきます。自分自身への勇気付けも兼ねて、その中から一部をこちらにも転載させて貰います。

高 史明( 史明) @Fumiaki_Taka
踏切事故のその後への違和感は、もし救助者が死なずに老人を救助していたら単なる些事で片付けられて総理から書状が送られるなんてことはなかっただろうから、そうなると尊いのは人命を救助することではなくて命を捨てることで、その辺が安倍の価値観ときれいに整合していて気持ち悪いんでしょう?(2013年10月5日 6:45 PM)

Mnemosyne 日本の癌はマスコミ @sea_of_memory
特攻隊を美化しそうだ@Fumiaki_Taka:踏切事故のその後への違和感は、もし救助者が死なずに老人を救助していたら総理から書状が送られるなんてことはなかっただろうから、尊いのは人命救助ではなく命を捨てることで、その辺が安倍の価値観ときれいに整合していて気持ち悪いんでしょう?(2013年10月6日 12:08 AM)

イケてる明太子 きゃー! プチプチよっ! @Nadesiko_nouvea
人を助けようとする”気持ち”は尊い。しかし、その結果として命を落としてしまったことは”悲劇”である。そこは分けて考えるべきで、くっつけるのは違和感がある。救助とは、自分の身の安全を図りつつ、救助対象者を助ける可能性を上げる、という妥協点の追求なんだから。(2013年10月5日 9:08 PM)

めいこ @meiko_101224
自己の権利を主張する国民を揶揄するために、残念ながら命を落としてしまったその人達を利用するとは。@shiba_masa: 自己の権利を声高に主張する人たちは、身を呈して電車にひかれそうなお年寄りを助けようとした横浜の女性や、震災時に命にかえて最後まで避難放送を続けた南三陸の職員を(2013年10月5日 8:26 PM)

Erscheinung37 @Erscheinung35
自己を犠牲にして誰かのために行動した人の命を他者の権利抑圧の手段として使うこのゲスさって,これ以上ゲスなものを想像することすら難しいくらいゲスですよね。こんなのがこういうツイートした瞬間にこいつの頭上に雷が落ちてこない時点で天罰なんて存在しないことを確信するわ(2013年10月5日 7:52 PM Okayama City Kita Ward, Okayama, Japanから)

小田嶋隆 @tako_ashi
増水した川で小学生を救助した留学生は叙勲されず、踏切でご老人を助けようとして亡くなった女性に勲章が贈られるのは、人命を救助した(あるいは救助しようとした)ことが尊いのではなくて、命を捨てたこと(より端的に言えば死んだことそれ自体)が尊いという判断なのだろうな。(2013年10月5日 11:46 PM)

じこぼう @kinkuma0327
ぼくたちが求めるべき社会は、美談にあふれる社会ではなく、少しでも悲劇をゼロに近づけられる社会であるはずだ。それが忘れられてしまうのは怖い。/JR横浜線踏切事故:学ぶべきものは/神奈川(カナロコ by 神奈川新聞) - Y!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131005-00000018-kana-l14 …(2013年10月5日 4:42 PM)

じこぼう @kinkuma0327
悲劇を悲劇として、ありのままに悲しむ感性が、「勇気ある死者を冒涜する行為だ」などと非難されるとしたら、それはもう我が子を死地に送りだし、誰の遺骨かさえわからないような遺骨をだいて「万歳!万歳!」と叫んでいた、そう叫ぶように強いられていたあの時代と何が違うんだろう。(2013年10月5日 4:51 PM)

めいこ @meiko_101224
自分ものうのうと生きていながら「自己の権利を声高に主張する人たちは、身を呈して電車にひかれそうなお年寄りを助けようとした横浜の女性や、震災時に命にかえて最後まで避難放送を続けた南三陸の職員を、どう捉えているのだろう。」などと国民に言う政治家はその人達をどう捉えているのだろう。(2013年10月5日 8:19 PM)

かまだちゃん @onshanow
人を助ける意思と自分の権利を主張する意思とが対義だと思ってるなら柴山先生に自由主義国家の公職は務まらんから辞職なされた方が良い。(2013年10月5日 7:53 PM)

Kizury @kizury
生活保護費下げて消費税あげる政府から、踏切事故にかこつけて、他人にあまり関心を払わない風潮がある、とかギャグにしても面白くないんですけどー。(2013年10月5日 6:20 PM)

deadletter @deadletterjp
人々は死刑存置の理由に「被害者感情」を挙げます。「人権は勿論大切だが、私は被害者の為に死刑を支持する!」と。勿論彼らが実際に被害者の思いをフォローし続けることはありません。踏切事故の悲劇を美談に仕立て上げて自己陶酔するだけで、その被害者感情が考慮されないのと同様に。(2013年10月5日 6:39 PM)

deadletter @deadletterjp
例えば踏切事故の被害者遺族が踏切の撤去、高架化(地下化)を主張したとしましょう。世間の反応は高確率で「それによって運賃が上がるのは困る」=「自分は一切コストを負担するつもりはない」というものでしょう。(2013年10月5日 6:50 PM)

deadletter @deadletterjp
例の踏切事故の被害者遺族が総理大臣の感謝状(勲章)を要求したなどという事実が存在しない以上、それは被害者感情の慰撫とは無関係であり、それを提案した側の「政治的な」意図が問われるべき全くの「政治的な行為」と言うべきでしょう。(2013年10月6日 3:03 PM)

http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-4848.html

 ついでに、私のミクシイでの呟きも。

JR横浜線川和踏切で老人を助けようとして亡くなった女性に褒章授与のニュース。俺は全然称える気にはなれない。老人は明らかに自殺するつもりだった。その老人の無念に何故思い至らない。これだけ毎日人身事故で鉄道が止まっているのに。普段は散々生活保護叩き等している奴等がこんな時だけ安っぽい同情の涙流して。(10月05日)

危険予知の立場から見ても横浜踏切事故は表彰対象たり得ない。ビルから飛び降りた自殺者を下で受け止めようとして亡くなった人を普通表彰するか?スーパーマンでもない普通の人にそんな事が出来る訳ないだろう。そんな表彰なぞするより自殺防止柵の設置や自殺防止の啓発活動や困窮者の生活支援策の充実を図る方が余程有効。(10月08日)
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