安倍元総理が銃撃されたとのニュース速報が飛び込んで来た時、私は会社の事務所でストレスチェックの受検中でした。ストレスチェックとは、職場でストレス予防の為に実施される問診テストの事です。紙で回答する方式とウェブで回答する方式があり、私はウェブで回答する為に会社の事務所内でパソコンに向き合っていました。
私が問題に回答していたら、隣で総務の社員・パートの方達が「籠池」「昭恵」が云々と呟いていたので、「森友問題で何か新しい動きがあったのか?」と横の社員に聞いたら、何と「安倍元総理が奈良で選挙遊説中に銃撃されて心肺停止」(後に死亡が確認された)と言うではありませんか。
確かに、銃撃は言論に対するテロであり、民主主義を貶めるものです。決して許されるものではありません。しかし、それを言うのであれば、安倍が森友問題で行った公文書改ざんや隠蔽も、同じように言論に対する暴力(テロ)であり、民主主義を貶めるものではないか?
そうであるにも関わらず、安倍政権の足跡を「歴代最長政権」とか「アベノミクス」「美しい国」などの「光の部分」ばかりクローズアップ。
「消えた年金問題」「自衛隊イラク派遣日報改ざん」「森友・加計問題」「桜を見る会疑惑」「教育基本法改正・秘密保護法・安保法制の強行採決」「2度に渡る政権投げ出し」「アベノマスクに見られるコロナ無策」などの数々の「影の部分」については、おざなりにしか取り上げない、今のマスコミ報道の姿勢は、どう考えても納得出来ない。
特に、森友問題では、公文書改ざんを指示された財務省の職員が、それを苦に自殺に追い込まれているのですから。この問題については、未だに誰も責任を取らずに、真相究明に背を向け続けています。安倍だけでなく、麻生も岸田も。
安倍が銃撃されて、高市早苗などの政府高官が、あたかも自分達だけがテロの犠牲者であるかのように振る舞っているのを見ると、反吐が出ます。
善良な公務員だった赤木俊夫さんが、なぜ公文書の改ざんを迫られ、それを苦に自殺させられなければならなかったのか?全ては安倍元総理の指示によるものでした。森友学園への国有地売却に、元総理の妻・昭恵が関与したのは明白です。なのに、安倍元総理が「私や妻が関与したのが明らかなら私は総理を辞める」と大見えを切ってしまったばっかりに、辻褄合わせの公文書改ざんを強いられ、それを苦に自殺してしまった赤木さん。
この赤木俊夫さんも、公文書改ざんという「言論テロ」の犠牲者ではないのか?その真相解明や責任追求もせずに、安倍追悼一色で誤魔化すのは許されない。この自殺した公務員を今も貶め鞭打ちながら、安倍元総理に対してだけ「死者に鞭打つな」という安倍応援団。その安倍応援団に遠慮して、追悼一色でお茶を濁そうとするマスコミ。
それに対して、事務所のパートさん達は「籠池」「昭恵」を問題にしていたのです。私の勤めている会社は何の変哲もない中小企業です。給料もお世辞にも高いとは言えません。今度の参院選でも、多分ほとんどの人は投票に行かないでしょう。
でも、そんな会社のパートさんでも、見るべき所はちゃんと見ていました。少なくとも、安倍追悼一色で誤魔化す政治家、評論家やマスコミ関係者と比べたら、この総務パートさん達の方が、よっぽど健全です。私は、このパートさん達を誇りに思います。
で、こういう記事を綴ったり、ついったー等でコメントしたりすると「死者への冒涜はやめろ」などと毒オトナ社会の住人たちがひしめくんですよね。
私は昨秋、ドラゴンクエストの音楽担当が死去したとき「彼はヘビースモーカーで煙草が苦手という人をバカにしていた」とついーとしたらたちまち毒オトナたちに袋叩きにされアカウント削除しました。
物言えない社会に一歩一歩近づいてしまっています…