生活保護受給者の子供の貧困
※以下は兵庫県小野市の生活保護等削減問題(児童扶養手当の削減も含まれる)に対する兵庫県弁護士会会長の反対声明全文です。尚、上の動画は当該声明とは直接関係はありませんが、こちらも生活保護受給者の現実を知る資料として添付します。
1 貴市は,今般「小野市福祉給付適正化条例」(以下「本条例案」という)を3月市議会に上程した。しかしながら,本条例案は生活保護受給者その他経済的困窮者の人権侵害を招きかねないものであり当会はこれに強く反対する。
2 本条例案は,生活保護法,児童扶養手当法その他福祉制度に基づく公的な金銭給付の受給者(受給しようとする者を含む)が「給付された金銭を,パチンコ,競輪,競馬その他の遊技,遊興,賭博等に費消してしまい,生活の維持,安定向上に努める義務に違反する行為を防止すること」を目的としている(1条)。そして「受給者の責務」として「受給者は…給付された金銭をパチンコ,競輪,競馬その他の遊技,遊興,賭博等に費消し,その後の生活の維持,安定向上ができなくなるような事態を招いてはならないのであって,常にその能力に応じて勤労に励み,支出の節約を図るとともに,給付された金銭が受給者又は監護児童の生活の一部若しくは全部を保障し,福祉の増進を図る目的で給付されていることを深く自覚して,日常生活の維持,安全向上に努めなければならない」などと定めている(3条1項)。
また,本条例案では,市民及び地域の構成員に,市及び関係機関に対する協力義務を負わせ(5条1項),受給者が給付された金銭をパチンコ,競輪,競馬その他の遊技,遊興,賭博等に費消してしまい,その後の生活の維持,安定向上を図ることに支障が生じる状況を常習的に引き起こしていると認めるときは,速やかに市にその情報を提供する責務を負わせている(5条3項)。
3 しかしながら,生活保護等の福祉制度は,憲法25条の「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」との規定により,基本的人権として保障される「生存権」に基づくものである。福祉制度によって給付される金銭は,貧者への恩恵ではなく,すべての人が自立して人間らしい生活を営むための社会的再配分であり,その使途は受給者がみずから自律的に決定するべきものである。この点,最高裁判所も,生活保護受給者は,支給された金銭の範囲内で,家計の合理的な運営をゆだねられていると判断している(最高裁判所平成16年3月16日判決 ・民集第58巻3号647頁)。
また,生活保護法27条第1項は,「保護の実施機関は,被保護者に対して,生活の維持,向上その他保護の目的達成に必要な指導又は指示をすることができる。」と規定しながらも,同条第2項では,「前項の指導又は指示は,被保護者の自由を尊重し,必要の最少限度に止めなければならない。」と規定し,同条第3項において「第一項の規定は,被保護者の意に反して,指導又は指示を強制し得るものと解釈してはならない。」と規定している。
どのような使途にいくらの金銭を支出するかといった家計の運営の問題は,個人の自律的判断にゆだねるべきものであり,家計について他からの監視・干渉を受けない自由は,憲法13条の「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。」との規定により,基本的人権として保障される「幸福追求権」及びその一環としてのプライヴァシー権によって,保護されている。上記の生活保護法27条の規定は,このような憲法上の保障を前提に,受給者の家計に対する監視・干渉について,保護の実施機関たる地方公共団体に対し,謙抑的な姿勢を求めているものである。
そうすると,受給者に給付された金員の使途について,いちいち監視・干渉することは,家計運営を受給者自身の自律的判断にゆだねていると解される憲法25条及び13条並びに生活保護法等の法律の趣旨に反している。本条例案には問題があると言わざるを得ない。
4 また,本条例案のように,市民等に受給者の行動についての監視する責任を負わせることは,受給者に対する差別や偏見を助長し,受給者の市民生活を萎縮させるものである。
そもそも,受給者である情報自体が高度のプライヴァシー情報(センシティブ情報)であり,市民等が,監視対象者となる受給者を認知しているかのような前提自体が極めて不合理である。また,同条例案の「受給者」には,これから生活保護等を受給しようとする者も含まれており,自己の生活が市民の監視にさらされることから,要保護者らの生活保護等の申請を躊躇させかねないし,市民の監視義務により,社会的・経済的弱者全体や生活保護等の福祉制度そのものに対する差別・偏見を助長させる懸念が極めて強い。
そもそも,ケースワークの非専門家である市民等には,受給者による金銭の費消が,「受給者の生活の維持,安定向上を図ることに支障が生じる状況を常習的に引き起こしている」という高度な専門的知見を要する判断を行うことは困難であり,結果として,市民等に,受給者のプライヴァシーに立ち入る過大な義務を課し,市民の監視の名の下,市民等が受給者及びその家族のプライヴァシーをいたずらに暴き出す風潮が作出されかねず,極めて危険である。現に生活保護等を受給している受給者の指導・指示は福祉の専門機関である福祉事務所等の権限と責任のもとで行われるべきものであり,これを市民等の監視に委ねることは行政の責任放棄でもある。
5 その他,本条例案には,生活保護法等法律が定める以上の権利制限を定める「上乗せ条例」として違憲の疑いもあること,「受給者が給付された金銭を,パチンコ,競輪,競馬その他の遊技,遊興,賭博等に費消してしまい,その後の生活の維持,安定向上を図ることができなくなるような事態」や「支障が生じる状況を常習的に引き起こしていると認める」に至る生活状況であるかを判断することは極めて困難であり,「指導又は指示」に関し,恣意的判断がなされるおそれがあること(4条2項),パチンコ,遊技,遊興,公営ギャンブルである競輪,競馬と犯罪行為である賭博の関係が整理されていないこと,受給者に関する情報を提供した市民等に対しても守秘義務が課されること(9条2項),受給者の家計管理の問題をパチンコ等のギャンブルに関する問題に矮小化させていること,犯罪ですら通報義務を負わない市民に対し,何ら犯罪を構成しない受給者の生活状況に関する通報義務を課していること,貴市における生活保護受給者世帯は約120世帯程度と少数であり,かかる条例制定の必要性に乏しいことなど疑問点が多々ある。
6 以上の通り,本条例案は,受給者の人権を侵害し,市民等を監視態勢に巻き込み,生活保護等に対する差別偏見を助長するなど看過しがたい内容となっている。そこで当会は本条例案に強く反対するとともに,貴市においては条例案を撤回され,貴市議会におかれては慎重な審議の上でこれを廃案とすることを求める次第である。
2013年(平成25年)3月8日
兵庫県弁護士会 会長 林 晃 史
http://www.hyogoben.or.jp/topics/iken/pdf/130308seimei.pdf
※以下は兵庫県小野市の生活保護等削減問題(児童扶養手当の削減も含まれる)に対する兵庫県弁護士会会長の反対声明全文です。尚、上の動画は当該声明とは直接関係はありませんが、こちらも生活保護受給者の現実を知る資料として添付します。
1 貴市は,今般「小野市福祉給付適正化条例」(以下「本条例案」という)を3月市議会に上程した。しかしながら,本条例案は生活保護受給者その他経済的困窮者の人権侵害を招きかねないものであり当会はこれに強く反対する。
2 本条例案は,生活保護法,児童扶養手当法その他福祉制度に基づく公的な金銭給付の受給者(受給しようとする者を含む)が「給付された金銭を,パチンコ,競輪,競馬その他の遊技,遊興,賭博等に費消してしまい,生活の維持,安定向上に努める義務に違反する行為を防止すること」を目的としている(1条)。そして「受給者の責務」として「受給者は…給付された金銭をパチンコ,競輪,競馬その他の遊技,遊興,賭博等に費消し,その後の生活の維持,安定向上ができなくなるような事態を招いてはならないのであって,常にその能力に応じて勤労に励み,支出の節約を図るとともに,給付された金銭が受給者又は監護児童の生活の一部若しくは全部を保障し,福祉の増進を図る目的で給付されていることを深く自覚して,日常生活の維持,安全向上に努めなければならない」などと定めている(3条1項)。
また,本条例案では,市民及び地域の構成員に,市及び関係機関に対する協力義務を負わせ(5条1項),受給者が給付された金銭をパチンコ,競輪,競馬その他の遊技,遊興,賭博等に費消してしまい,その後の生活の維持,安定向上を図ることに支障が生じる状況を常習的に引き起こしていると認めるときは,速やかに市にその情報を提供する責務を負わせている(5条3項)。
3 しかしながら,生活保護等の福祉制度は,憲法25条の「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」との規定により,基本的人権として保障される「生存権」に基づくものである。福祉制度によって給付される金銭は,貧者への恩恵ではなく,すべての人が自立して人間らしい生活を営むための社会的再配分であり,その使途は受給者がみずから自律的に決定するべきものである。この点,最高裁判所も,生活保護受給者は,支給された金銭の範囲内で,家計の合理的な運営をゆだねられていると判断している(最高裁判所平成16年3月16日判決 ・民集第58巻3号647頁)。
また,生活保護法27条第1項は,「保護の実施機関は,被保護者に対して,生活の維持,向上その他保護の目的達成に必要な指導又は指示をすることができる。」と規定しながらも,同条第2項では,「前項の指導又は指示は,被保護者の自由を尊重し,必要の最少限度に止めなければならない。」と規定し,同条第3項において「第一項の規定は,被保護者の意に反して,指導又は指示を強制し得るものと解釈してはならない。」と規定している。
どのような使途にいくらの金銭を支出するかといった家計の運営の問題は,個人の自律的判断にゆだねるべきものであり,家計について他からの監視・干渉を受けない自由は,憲法13条の「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。」との規定により,基本的人権として保障される「幸福追求権」及びその一環としてのプライヴァシー権によって,保護されている。上記の生活保護法27条の規定は,このような憲法上の保障を前提に,受給者の家計に対する監視・干渉について,保護の実施機関たる地方公共団体に対し,謙抑的な姿勢を求めているものである。
そうすると,受給者に給付された金員の使途について,いちいち監視・干渉することは,家計運営を受給者自身の自律的判断にゆだねていると解される憲法25条及び13条並びに生活保護法等の法律の趣旨に反している。本条例案には問題があると言わざるを得ない。
4 また,本条例案のように,市民等に受給者の行動についての監視する責任を負わせることは,受給者に対する差別や偏見を助長し,受給者の市民生活を萎縮させるものである。
そもそも,受給者である情報自体が高度のプライヴァシー情報(センシティブ情報)であり,市民等が,監視対象者となる受給者を認知しているかのような前提自体が極めて不合理である。また,同条例案の「受給者」には,これから生活保護等を受給しようとする者も含まれており,自己の生活が市民の監視にさらされることから,要保護者らの生活保護等の申請を躊躇させかねないし,市民の監視義務により,社会的・経済的弱者全体や生活保護等の福祉制度そのものに対する差別・偏見を助長させる懸念が極めて強い。
そもそも,ケースワークの非専門家である市民等には,受給者による金銭の費消が,「受給者の生活の維持,安定向上を図ることに支障が生じる状況を常習的に引き起こしている」という高度な専門的知見を要する判断を行うことは困難であり,結果として,市民等に,受給者のプライヴァシーに立ち入る過大な義務を課し,市民の監視の名の下,市民等が受給者及びその家族のプライヴァシーをいたずらに暴き出す風潮が作出されかねず,極めて危険である。現に生活保護等を受給している受給者の指導・指示は福祉の専門機関である福祉事務所等の権限と責任のもとで行われるべきものであり,これを市民等の監視に委ねることは行政の責任放棄でもある。
5 その他,本条例案には,生活保護法等法律が定める以上の権利制限を定める「上乗せ条例」として違憲の疑いもあること,「受給者が給付された金銭を,パチンコ,競輪,競馬その他の遊技,遊興,賭博等に費消してしまい,その後の生活の維持,安定向上を図ることができなくなるような事態」や「支障が生じる状況を常習的に引き起こしていると認める」に至る生活状況であるかを判断することは極めて困難であり,「指導又は指示」に関し,恣意的判断がなされるおそれがあること(4条2項),パチンコ,遊技,遊興,公営ギャンブルである競輪,競馬と犯罪行為である賭博の関係が整理されていないこと,受給者に関する情報を提供した市民等に対しても守秘義務が課されること(9条2項),受給者の家計管理の問題をパチンコ等のギャンブルに関する問題に矮小化させていること,犯罪ですら通報義務を負わない市民に対し,何ら犯罪を構成しない受給者の生活状況に関する通報義務を課していること,貴市における生活保護受給者世帯は約120世帯程度と少数であり,かかる条例制定の必要性に乏しいことなど疑問点が多々ある。
6 以上の通り,本条例案は,受給者の人権を侵害し,市民等を監視態勢に巻き込み,生活保護等に対する差別偏見を助長するなど看過しがたい内容となっている。そこで当会は本条例案に強く反対するとともに,貴市においては条例案を撤回され,貴市議会におかれては慎重な審議の上でこれを廃案とすることを求める次第である。
2013年(平成25年)3月8日
兵庫県弁護士会 会長 林 晃 史
http://www.hyogoben.or.jp/topics/iken/pdf/130308seimei.pdf