以下の記事は2008年頃に書いたものですが、先ほど保健師さんから質問がありました。その回答です。
昨夜(3/20)のTV番組「ある日突然・・・家族が認知症になった 若年性アルツハイマーと戦う~」を見た方はいませんか?
認知症の特集があればなるべく見るようにしているのですが、「これは普通のボケ(アルツハイマー型認知症=高齢者が何らかのきっかけでナイナイ尽くしの生活になってだんだんボケていくタイプ)とは違う」と思うことがしばしばです。特に「若年性」といわれている場合には、多くは失語症(マニュアルC91p ) だったり、側頭葉性健忘(マニュアルC110p)だったりします。
今回の方はほんとに珍しい症例でしたから、TVを見た人は「これは普通のボケじゃないけど、それでは何がおきているんだろう」と思われたはずです。
その方は、当意即妙にまた笑いも交えて、イキイキと会話ができるのです。表情もあります。何より発病が40歳代!
もし、そのうえに衣食住、自分が生活することに関しては何の問題もなく、ただ新しい記憶が入らないためのトラブルが頻発するというのなら側頭葉性健忘です。
ところが今回の方はちょっと違うのです。家事に支障が出ています。
「ご飯も炊けない」からご主人の書いたメモを頼りに、お米を研ぎ始めます。無事に研げました。炊飯器の蓋を閉めてコンセントに差し込めば終わり。
ところが、そこから四苦八苦。蓋が閉められない・・・持ち手を向こうに倒せば閉まるのに・・・
たった今まで取材陣とにこやかに話していたのです。
もう一人の方も、お茶を入れられない、急須の蓋を閉めることができない。
洋服を着るときに「そうじゃないだろ。そこは腕を通すところ」とやはりご主人から言われていました。
今の生活実態を脳機能から見ると「観念失行」や「着衣失行」や「構成失行」がおきているのです。
ボケが進行した時点(重度の大ボケ)では、このような症状も出てきて不思議はありません。そのときは、ほとんどの脳機能がうまく働かなくなっているのですから。
脳機能に、極端な機能差が見られるということは「脳機能の全般的な低下による社会生活や家庭生活に支障が起きた状態」というボケの定義に反します。
もちろん、発症から数年経ってますので、ボケも加味されてきていると思われます。
(受診している大学病院でのMMS実施の様子がレポートされていました。
時の見当識は「8月?9月?10月?分からないわ」ですから生活実態は中ボケでしょ う。
図形の模写はもちろん全くだめ「私には描けません」)
「観念失行(左脳障害)」や「着衣失行(右脳障害)」や「構成失行(右脳障害)」は、脳に病気や怪我で障害を受けたときに後遺症として起こるものです。全く普通に生活できていたのに、病気や怪我を契機にして「突然~ができなくなる」。状態は最初が最も重く、リハビリである程度改善していくものです。
この番組で取り上げられた方は、そういう既往がなかったのです。
病気や怪我をしていないのに、脳機能低下が徐々に進行していくのは、変性疾患といわれます。
狭義のアルツハイマー病は、まさに脳機能全体が機能低下を起こすものです。
言語野に限局して機能低下が起きるものを、一昔前は痴呆なき緩徐進行性失語Slowly-Progressive Aphasia without Demntiaとよび、1例でも学会発表が行われるほど珍しいといわれていました。(今は原発性進行性失語ともいいます)
ところが、エイジングライフ研究所が二段階方式を全国に展開したら、数人の保健師さんがこの緩徐進行性失語の方を見つけて報告してこられました!
私は、医療センターに勤務していた頃に少なくとも二桁の患者さんに出会いました。といっても、年間受診者が2000人を超える中ですから、ごく稀なことは間違いありません。
緩徐進行性失語の方を長く見ていると、「痴呆なき」といわれていましたが、最終的には脳機能の全般的な機能低下が起こり自立生活は無理だと分かりました。ただし、狭義のアルツハイマー病の進行の速さと比べたら、全く別物でした。
左脳に限局した変性疾患があるのなら、右脳中心の変性疾患もあるはずですよね。そう思いながらも、医療センター時代には出会うことはありませんでした。
ところが、ある町で個別指導をしたときに、このタイプの方に出会ったのです。今日紹介する方です。
「右脳が壊れるということ」が、彼女を通して理解してもらえるかと思います。
57歳の女性の方です。テスト結果は前頭葉テスト不合格、
MMS:19/30(時の見当識=3 図形の模写=0)でした。
30項目は1-10 11-20(13除く)23
保健推進委員を務めたり、プールが趣味だったり、きちんとした人という評判だったそうで、もちろん有能な主婦でした。
若いときから着物を縫って収入を得るという仕事を続けていたそうです。54歳で和裁の仕事を止めたのですが、縫えなくなってやめざるを得なかったということが変です。
家族の相談:
和裁をやってるというが縫えない(54歳まで和裁で収入を得ていた)
食事の支度ができない
二層式洗濯機が使えない
洗濯物の畳み方が雑。整理もできない
掃除は指示すれば拭き掃除くらいできるが雑
服が着られない(袖口に頭を通そうとしたりする)
トイレの失敗はない
身の回りのことはだいたいできる
保健師さんの家庭訪問時の観察
部屋は乱雑(でも、それを気にかける風はない)
縫いかけという着物は、完成した着物を解いてムチャクチャにしている
たくさん付いている待ち針を、いちいち指示しないとはずせない
着物を畳もうとするが、全く畳めない
着物と着物を縫い合わせている
日常的に行われる行為がうまくできなくなる「観念失行」は左脳障害なのですが、この人の場合は物体や空間の認知にゆがみがある(右脳障害)ために、正常な行為ができなくなるのではないかと思われました。
上図のような検査から、左空間失認がよくわかりますね。
左空間がこれだけ認知できないとしたら、きちんと縫うとか畳むとか掃除するとか二層式洗濯機を使うとか、普通に行えるはずの日常生活がすべてが大変難しい作業になってしまいます。
言葉のほうは、発話量は多くはありませんでしたが、意思疎通は十分可能で、夫・独身の長男・次男とその妻・義母という家族の説明はすべてスラスラいえました。
上図は「人の絵を描いてください」という教示にしたがって描いたものです。
説明を求めると
「女の子なんです。
髪の毛もかわいくしてあげて・・・
洋服には前立が付いているんです。
ボタンもあります。
靴はベルトが付いていて、飾りもあってかわいいの」
どうですか?
言葉の能力と右脳ベースの形を描く能力との大きなギャップに驚かれることと思います。
形の問題だということがよくわかりますね。
この人のもうひとつの特徴は、感情的なところが、十分に残っていたところです。
私がテスト結果を用いて説明していくと、家族の方は「なんとかわいそうに。どんなに困っただろう。まさか脳のせいとは思わずに厳しいことばかり言ってしまってほんとにすまなかった」と、涙を流してくれました。
そのとき、本人も一緒に涙を流すのです。
一般的な右脳障害の方は、このようなシーンで全く浮いてしまいますから、この点も印象に残った方でした。
ところで、この人は2年前に「アルツハイマーで、知能は4歳児程度」といわれたそうです。アルツハイマ病ーなら2年もたつと、病状は非常に悪化してしまい、家族の心情に共感するというようなことは全くできなくなります。
(TVでも真のアルツハイマー病の方の紹介もありましたね。最終的に、家族もわからず言葉もなく歩行もおぼつかない状態になった方。)
脳機能から症状を理解するということがもう少し広まってくれたらいいのにと願うばかりです。
TVを見た皆さんは、このケースとあまりにも似通っていることに気づかれるでしょう。
私は、ほんとに珍しいこのようなタイプを、しかも二人も、よくも探し出したものだと、むしろそのことに驚きました。