あるBOX(改)

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ドキュメンタリー・フェスティバルへ行った

2019年02月10日 | 映画
今日は高円寺へ遠征。

座・高円寺です。



ドキュメンタリー・フェスティバル「特集:戦争とドキュメンタリー」

今村昌平監督のTVドキュメンタリー「未帰還兵を追って」を見てきました。



今村昌平監督がが東京12チャンネルの企画として、未帰還兵を探し出すドキュメンタリー。私は初見。

政府見解では「いない」とされていた彼らは現地で生きることを選択していた。
~というか、マレーで社会人として生活している人物は現地の共産ゲリラと合流し、米兵との先頭を継続したという。



放送されたのは1971年。45分/45分 上映はDVDだが、元は当然フィルム。画面の粒子も荒いし、音声もラフ。

マレーの未帰還兵は「日本の為じゃないので」ゲリラ活動をやめたと。
~では更に深い場所に潜伏している旧日本兵を探し出そうという取材が始まったが、これがなかなか見つからない。



協力してくれる中国人の男性も日本語が怪しい。今村監督も頭クラクラ。
でも相手はイイ人。「日本人のこと好き?」「知り合いを日本兵に殺された?」の問いかけへ曖昧に肯く…。

そうしてマレー編は終了し、続いてタイ編。
ここでも現地で人探し。日本名を名乗らず活動している人をツテに町を行く…



やっと見つけた未帰還兵は医師や農民としてタイで生活していた。
酒席を設け話を…。

明らかになったのは個々の考え方も経歴の違い。酒が進むにつれ言葉も怪しく…。
スパイ兵として怠慢な軍の士官や中国人を処刑したという人物。

※万単位の凄まじい数!
「軍命ゆえ仕方なかった」「でもやりすぎた」



酒席の翌日、再び未帰還兵は散り散りに。
最も遠方で農民となった人物が一番軍人のままだった。
ある意味で奥崎謙三氏を思わせる…。

上映後はゲストに天願大介氏(映画監督)を迎えてトークイベント。
なんと今村昌平監督の御子息とのこと。
「御存知だった方」と言われ手を上げたのは少数。スミマセン



御子息と言っても映画学校の校長である天願氏、貫禄十分。
舞台にも進出されてるゆえ俳優のような風格もある。

「(未帰還兵の人) もう、何言ってるか分かんないでしょ?」
「昔の日本、あんなひと一杯いたんだから」
「番組1本の筈が親父は2本めを勝手に撮っちゃった」
「ある意味猥雑なのがドキュメンタリー」
「無法松って名付けた元軍人を故郷に呼んだ映画。本人が大暴れして…w」



「父の映画?面白い作品ばかりだと思いますよ。最後の方は僕も手伝ってたし。無駄撃ちはなかった」
「史実や人物を下調べしてる時点でドキュメンタリーが出来る」
「でもそこから通常の映画への揺れ戻しもあった」

「学長として生徒に言いたい事?映画の将来?」
「大丈夫だと思いますよ。連休の、こんな天気のイイ日にこういうイベントの席を埋める粋なお客さんが居るんだからw」

天願氏の「粋」は酔狂,好事家…のリップサービスでしょう。

司会者から質問が募られたが…なし。
満足なトークショーでした。

なお、場内演目の合間に流れていたBGMはニール・ヤングでした。
※勿論アコースティック・モード



帰る前に食事を…と思い
TVのヒルナンデスで紹介されてた『ニューバーグ』前まで行って立ち尽くす。

「…ここ、何度も来てるよ」

※ほんとボーっとしてるわ…

結局、餃子居酒屋で晩酌セットですませました。
パクチー餃子、よなよなエール、モツ煮(白味噌)と美味でありました。



なお、 座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル コンペティション部門の大賞は、「ヤメ暴 ~漂流する暴力団離脱者たち '18〜」に決定したそうです。

大賞作は当日夜にTBSで放送されたそうだが、私は爆睡してて見れませんでした。
連休に合わせて行なわれた、座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル
一作品だけではなく、もっと見たかったと後悔。



沖縄スパイ戦史は舞台挨拶あったし、こっちで見たかったのだが…

子供に熱出されちゃ仕方ない…


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