あるBOX(改)

ボクシング、70年代ロック、ヲタ系、日々の出来事などをウダウダと・・・

「男子はだまってなさいよ!9」 下北で6/6から上演開始

2013年05月31日 | サブカル
男子はだまってなさいよ!9 『聖(セント)バカコント』

・・・もうチケットは、とうの昔に発売されてますが

日程が、6月6日(木)~16日(日)
会場が、下北沢 本多劇場
作・演出が、細川徹 
生演奏が、TUCKER



【出演】
荒川良々/皆川猿時/
飛永翼(ラバーガール)/大水洋介(ラバーガール)/
じろう(シソンヌ)/長谷川忍(シソンヌ)・川本成/
大堀こういち(デメタン)

【料金】
指定席引換券6,000円


~以下、紹介文

笑いが大好きなコント馬鹿にお届けする、最高純度な“バカコント”!

これまでも魅力的な出演者もりだくさんでお贈りしてきた
「男子はだまってなさいよ!」も、もう第9弾!

今回は『あまちゃん』で大活躍の荒川良々(副駅長)、
皆川猿時(北三陸高校潜水土木科の教師)の大人計画コンビと



人気お笑いコンビのラバーガール(人力舎)、シソンヌ(よしもと)を迎え、
最強の布陣が揃いました!!

・・・との事。
正直、ラバーガールとシソンヌの事は良く分かりません。
しかし、普通で地味な顔が「作家」細川徹のイマジネーションを掻き立てるのは間違いないでしょう。

当然、宣伝美術で五月女ケイ子さんも参加!

「これは行くしかない!」と思って連れにアタックしたら
「チケット代が高いよ」「皆が売れて高くなったよ」・・・で却下!

轟沈!

残念!!

(でも、以前の「4千円」とかじゃ、殆ど役者さんに実入り無いよ~)

競泳ジャパンオープン2013:結果

2013年05月30日 | 競泳
先日、ジャパープン2013(長水路50m)が行われ、
意外な結果や順当な結果が入り混じった大会となった。

各種目の優勝者、および世界水泳選手権2013の日本代表選手などを記載してみました。

男子 自由形 50m決勝
1. 伊藤 健太

男子 自由形 100m決勝
1. 伊藤 健太
3. 萩野 公介

男子 自由形 200m決勝
1. 外舘 祥

男子 自由形 400m決勝
1. 外舘 祥

男子 自由形 1500m決勝
1. 平井 彬嗣

男子 背泳ぎ 50m決勝
1. 入江 陵介

男子 背泳ぎ 100m決勝
1. 入江 陵介
3. 萩野 公介

男子 背泳ぎ 200m決勝
1. 入江 陵介

男子 平泳ぎ 50m決勝
1. 岡 晃一郎
4. 北島 康介

男子 平泳ぎ 100m決勝
1. 北島 康介
3. 立石 諒
7. 山口 観弘

男子 平泳ぎ 200m決勝
1. 小日向一輝
2. 立石 諒
3. 北島 康介

男子 バタフライ 50m決勝
1. 塩浦 慎理
8. 伊藤 健太

男子 バタフライ 100m決勝
1. 梅本 雅之

男子 バタフライ 200m決勝
1. 平井 健太
2. 松田 丈志
5. 小堀 勇氣

男子 個人メドレー 200m決勝
1. 萩野 公介
2. 瀬戸 大也

男子 個人メドレー 400m決勝
1. 瀬戸 大也
2. 萩野 公介


女子 自由形 50m決勝
1. 内田 美希
3. 松本 弥生
4. 山口 美咲
5. 上田 春佳

女子 自由形 100m決勝
1. 松本 弥生
2. 内田 美希
3. 山口 美咲
4. 上田 春佳

女子 自由形 200m決勝
1. 五十嵐千尋
2. 上田 春佳
3. 高野  綾

女子 自由形 400m決勝
1. 五十嵐千尋
2. 高野  綾

女子 自由形 1500m決勝
1. 藤野 舞子

女子 背泳ぎ 50m決勝
1. 寺川 綾

女子 背泳ぎ 100m決勝
1. 寺川 綾
2. 赤瀬紗也香
5. 大塚 美優

女子 背泳ぎ 200m決勝
1. 赤瀬紗也香
2. 大塚 美優

女子 平泳ぎ 50m決勝
1. 鈴木 聡美
4. 金藤 理絵

女子 平泳ぎ 100m決勝
1. 鈴木 聡美
2. 金藤 理絵
3. 渡部香生子

女子 平泳ぎ 200m決勝
1. 金藤 理絵

女子 バタフライ 50m決勝
1. 加藤 ゆか
4. 星 奈津美

女子 バタフライ 100m決勝
1. 星 奈津美

女子 バタフライ 200m決勝
1. 星 奈津美
3. 大塚 美優

女子 個人メドレー 200m決勝
1. 渡部香生子
2. 寺村 美穂

女子 個人メドレー 400m決勝
1. 大塚 美優
2. 高橋 美帆

勝てば持ち上げ、負ければ「どうした!?」と叱責されるスポーツ界。
アマでも同じ。結果が全て。

平泳ぎの山口は苦悩の中。
メダリストの松田もフォームチェンジでタイムが上がらず。
北島は体力の回復が課題。
入江は背泳ぎ第一人者の意地を見せつつも、「記録が・・・」と浮かぬ顔。

荻野は先日勝ったジャパン・スイムに比べ、不調。
勝ったレースの出来はよかったらしいが、

鈴木聡美は100mと50mで優勝しながらも、200mは体調不良で入賞ならず。

悲喜交々だが、そこでも常に高水準で泳ぐ・・・てのが
海外でも通用するジャパンのスイマーだもんな・・・・。

クドカン「あさイチ」に出演

2013年05月29日 | 生活
NHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』が好調な脚本家の宮藤官九郎。

もちろん、ヒロインの天野アキを演じる能年玲奈ちゃん(19才)のフレッシュな演技、
(台頭時の広末を思い出すなぁ・・・)
周りを固める渡辺えり子、宮本信子らの安定感もあって視聴率が常時20%超える勢いだ。

うちも久々に連ドラを見ている次第であります。
(一時期は「戦前・太平洋戦争・戦後」の重い展開にシンドくなって見なくなりましたが)

東北訛りも新鮮で、素直に「じぇじぇじぇ」と真似しております。
東北生まれのクドカンも知らなかったらしいが、取材で岩手の三陸に言って聞いた語感が気に入って使ったそうな。
まぁ、今年の流行語大賞の受賞対象になるかも知れませんな。



そんな『あまちゃん』の脚本家・宮藤官九郎さん
5月24日の『あさイチ』にプレミアムトークのゲストとして生出演してました。

時代背景のモデルとなった1980年代という設定は、三陸鉄道北リアス線が開通した1984年だったことに関連しての事。
その頃はクドカンも多感な14歳の頃。昭和の歌謡曲全盛の時代で、当時のヒット曲を取り入れたのも彼のこだわり。
特に斉藤由貴のファンだったクドカン、ドラマ中でも彼女のヒット曲「卒業」を登場人物が口ずさむシーンがある。
(というか、クドカンは民放の昼ドラで斉藤由貴主演ドラマの脚本書いてましたがね)

そして、アキの母親・天野春子役の小泉今日子が歌う『潮騒のメモリー』。
クドカン作詞の同曲には「ジョニーに伝えて、千円返して」だの「寒さこらえて、波止場で待つわ」だの、「三途の川のマーメイド」だのの、ふざけてんだか何だか分からないセンテンスが散りばめられている。

まぁ、私はMTV全盛の「ゴースト・バスターズ」や「ジャンプ」の登場に笑いましたがね。

この日の生放送中には視聴者から約2000枚のFAXが寄せられ。
「あなたは天才」「最近、子どもたちが恥ずかしがって方言を使わないので寂しく感じていたが、『あまちゃん』で方言が注目されて嬉しいです」といったメッセージもあった。

中には「これまで、宮藤さんの事をアンガールズの一人と間違えていました」なんてFAXもあり、思わずクドカン絶句・・・。
私と連れは大笑い。
連れなんて「こんな面白いメッセージ、普通じゃ考えられない」「ハガキ職人がネタで送ったに違いない」「・・・というか、松尾スズキが送ったのかも知れない」とまで言い出す始末。

この辺、「いつもは寝ている時間帯」というクドカンは頑張って目を見開いている様子。
少し前の通常ニュースでトーク中断の時間が一番眠かった・・・かも。



さてさて
ドラマでは、主人公アキが地元でアイドル海女として人気となり、町おこしに奮闘する様が描かれている。
憧れていた先輩に振られたりして、また波乱がありそうだし。

さらに、別のインタビューでクドカンが語っていた事によると
彼の頭には「2008年から始まった『あまちゃん』設定」の行方として東日本大震災の事もあるようだ。

もうひとつ、イランの名匠アッバス・キアロスタミ監督の「そして人生はつづく」の事も。
同映画は、1990年に起きたイラン地震の直後に、キアロスタミの代表作「友だちのうちはどこ?」の主人公役だった一般少年の安否を確かめるため、監督自ら被災村落を訪ねる映画。



クドカンは「拍子抜けするくらい和やかで牧歌的だった」とコメント。

私も同映画は見たが「道中、全壊家屋の前でTVアンテナを立てる男性がいて、『サッカー観戦も大事だからね』とコメントするシーン」が、一番印象深かったなぁ。

瓦礫片付けしながらも、他にもやる事あるよ・・・と。

まぁ、「友だちのうちはどこ?」で小学生だった主役の子達が、眉毛ボーボー青年の一歩手前に成長してるのも記憶に残ってるが。

クドカンが、ああいう淡々とした視点で震災を描けるのか・・・とか色々気になる部分もある。

そういえば、松尾スズキも「あまちゃん」に出演するらしいな。
いつごろ、なに役かは分からないけど。

良かったなぁ、松尾。
そう思いつつ、「俺の出演回の視聴率が悪かったよ」と落ち込む彼も見てみたい・・・。
※つ~か、クドカンの人となり紹介で「大人計画」の「お」の字も出てなかったなぁ。

今週の「題名のない音楽会」はジミー・ペイジ特集

2013年05月28日 | 英国ロック
日曜に放送されたテレ朝の「題名のない音楽会」。

今回の特集は、なんとジミー・ペイジだった。
佐渡裕さんが司会を担当するようになって、それまでのクラシック番組から随分とジャンルが拡大したが
まさか、HRギタリストを特集するまでになるとは思いませんでしたよ。



まぁ、プログレ曲のオーケストラ化などは取り上げてたし、佐渡氏自体も多様な音楽趣味を持つ人だから「ありえるかも」とは思いましたが・・・ね。

ジミー・ペイジのファンを自認するROLLY、野村義男(ヨッちゃん)、佐野史郎の3人がゲストで登場。
ギターを抱え、レッド・ツェッペリンの曲を弾きながらスタジオに登場する趣向は、なかなか楽しかった。

フレーズが原曲通りだったり、Liveヴァージョン、結構自分流の解釈を施していたり・・・で、
いちいちニヤニヤさせて貰いました。
(ヨっちゃんは割とペイジのフレーズに忠実だったな)

普段の「題名のない音楽会」は、ホール会場でオーケストラを佐渡さんが指揮して、というスタイルが多いのだが、時々こういうスタジオ収録版もあり。
音楽を身近に感じる回・・・という趣向だ。

佐渡裕は、エリック・クラプトンはファンだが、ジミー・ペイジはイマイチ知らない・・・ということで、
3人のゲストは、それぞれにペイジ=ツェッペリンとの出会いなどから語り始めた。
そして、誰かがZEPのフレーズを弾くたびに、いちいち他の2名が追随プレイを行うという厄介な展開に。(笑)



さらに、話題は当然ペイジのギタープレイ、そして独自の開放弦チューニングなどへ移った。

ROLLYはテレキャスターを持参。
ボディの裏面に貼り付けられた金属パネルがストラップの根元と直結し、弾きながらストラップを引くことで特定の弦を半音上げるなどの仕掛けを披露。
実際に弾くROLLYのギターはペイジそのもので、「こんな仕掛けしてあったのか!?」と今更ながらビックリ。
さらにROLLYはカントリー的な要素を指摘。
気持ち悪いダウナーなフレーズから明るいカントリー調ソロまで弾くのが魅力・・・といった主張で、佐渡さんを唸らせていた。

そしてヨッちゃんが持ってきたのはダブルネック・ギター!
上部12弦と下部6弦で「天国の階段」の一節をプレイ。これがまた「狂熱のライヴ」そのまんまな音色で感激・・・。
ホントに12弦あるのな。つ~か、寄った2弦が6パターンある感じなのな。これまた今更知りましたわ・・・。



佐野史郎は「ラジオで『グッドタイムス・バッドタイムス』を聴いた衝撃」を語り、同曲のリフをプレイ。
「リヴィング・ラヴィング・メイド」「ハートブレイカー」などのキャッチーなリフメイカー=ペイジ、さらにアコースティック曲でアイリッシュ音楽の要素を消化するプロデューサー=ペイジの魅力を語った。
※まぁ、バート・ヤンシュからの影響大で「ブラックマウンテン・サイド」は
 ヤンシュの曲そのまんま・・・とかまでは
 話は及ばなかったよなぁ。当然だけどな

さらに伊福部昭との共通点まで話題は進み。
日本を代表するコンポーザー伊福部氏は、北海道出身でアイヌなど「土着」の音楽を取り込んだと言われ・・・
ペイジも、ツェッペリンの曲にケルト風テイスト、多神教的な民族文化の取り込んだという話に進む頃には
佐渡氏も、すっかりペイジに興味を持たれた模様。



最後は「天国への階段=Stairway To Heaven」のセッション。
なんと、佐渡氏がリコーダー2本吹きという大技でインスト演奏。
大技といっても大柄な佐渡氏が学校教材のようなリコーダーを吹く姿は微笑ましかったが(笑)。

その演奏中、ZEP関連の小ネタ・テロップが流れたが。
もちろん、ホテルで狼藉三昧だったとか、日本の夜行列車で好き勝手やったとかのネタは無し(笑)
1971年、広島公演の際に700万寄付したなどの美談が紹介された。



「吝嗇家」と言われたジミーだっただけに、案外プラントに押し切られて寄付に同意したのかも知れないが
その行為は立派だったので、日本人として改めて礼を言っておこう。

番組の紹介とは裏腹に、現在のペイジは「バリバリ現役」とは言えず、過去の音源管理(リマスターやライブの編集)と、たまの再結成で活動しているに過ぎない。

なんとか、もう少し表舞台に出て欲しいものです。
今回の番組を自国で見て、良い刺激にしてくれたらイイな。



※動画はデビュー間もないツェッペリンのスタジオ・ライヴ映像
 白黒画面とシンプルな衣装、ボーナムの少ないタムが印象的
 でも最高にカッコイイんです・・・

最近の収穫:ブルーレイ・ディスク版 ザ・フー「ライヴ・アット・キルバーン」

2013年05月27日 | 英国ロック
ザ・フーの「ライヴ・アット・キルバーン」(アメリカ/カラー/64分)は
2008年11月に、シアターN渋谷にてロードショーされたから
その時、映画館で観たのだが

※その時の感想は、「あるBOXⅢ」映画コーナーにUPしております

その内容に満足しつつ、「DVDかブルーレイの国内版が出たら買おう」と
思ったものの、なかなか発売に至らず

結局、数年待って見当たらないから
「もうイイわ!」と米国版を買ったのでした



そもそも、ザ・フーの「ライヴ・アット・キルバーン」とは

ザ・フー初のドキュメンタリー映画『キッズ・アー・オールライト』の制作にあたり、監督のジェフ・スタインは彼らのアーカイヴ映像と共に最新のライヴ映像を盛り込みたいと考えたワケで

ザ・フーは、1977年12月15日にロンドンのキルバーンにある劇場=ゴーモン・シアターにて撮影を目的としたシークレット・ギグを開催、ファンの前に1年ぶりに姿を現し

ジェフ・スタイン監督は映画撮影用の35mmカメラ6台を会場に持ち込み、バンドは15曲を演奏
監督は、その一部始終をフィルムに収めたそうな。

そのセットリストは

01. I Can't Explain
02. Substitute
03. Baba O'Riley
04. My Wife (by John Entwhistle)
05. Behind Blue Eyes
06. Dreaming From The Waist
07. Pinball Wizard
08. I'm Free
09. Tommy's Holiday Camp (by Keith Moon)
10. Summertime Blues
11. Shaking All Over
12. My Generation
13. Join Together
14. Who Are You
15. Won't Get Fooled Again



ザ・フー、1年ぶりのステージ・パフォーマンス。
観客もバンドもハイテンションだったが、やはり1年間のブランクによるアンサンブル不調とキース・ムーンの不出来を理由にバンドは同ライヴをオクラ入りにし、ライヴの再撮影を決定。

映画「キッズ・アー・オールライト」には、翌年のシェパートン・スタジオでのスタジオ・ライブ映像が使用され、キルバーンのライヴ映像はファンの目に触れる事は無かった・・・そうな。



シェパートンは「スタジオ・ライヴ」、キルバーンは最後の「シアター・ライブ」
・・・なんて言われるが
どっちも観客は熱狂してるし、あまり箱の種類で「あ~だ、こ~だ」言わなくてもイイんじゃないか?・・・とも思うが

ようするに不出来でオクラ入りだった映像だが、やはり貴重なモノなので、30年経った21世紀になって「音にも」「映像にも」デジタル・レストア施して公開してみたよ・・・という一品なワケだ。

そしてキースは、この9ヵ月後の1978年9月7日、薬物の過剰摂取が原因で亡くなってしまったので。
オリジナル・メンバーの最晩年ライヴとして、ファンからするとキルバーン公演は「感激の鑑賞」となるワケだ。



ロジャー・ダルトリー(VO)
ピート・タウンゼント(G/VO)
ジョン・エントウィッスル(B/VO)
キース・ムーン(D/VO)

風貌で言えば・・・
ロジャーは若いが顔の骨格がゴツゴツしてきた。ピートとジョンは体型こそ維持しているが、髭の似合うオヤジになりつつある。
キース・ムーンは放蕩がたたって往年の可愛らしい風貌から程遠いデブオヤジになりつつあり、
「最後のアルバム『Who Are You』レコーディングでもマトモに叩けなくなっていた」と、噂されていた時期。

注目は、発表前の「フー・アー・ユー」が試験的に演奏されているところ。
また、「無法の世界」のレーザー・ライトを使ったステージ演出やメンバーの衣装、ステージ・パフォーマンスなど「キッズ・アー・オールライト」のシェパートン・スタジオのライヴに通する要素が数多く見られ、それらを比較すると面白い。

さてさて、不出来といわれた「キルバーン」だが

それでも、やっぱり70年代のThe Wh♂ 。もともと完成度より勢い重視のライヴ・バンド。
一種異様なエネルギーが全編を支配する。私にとっては充分すぎる演奏と映像です。

ぶっちゃけ非公式なモノを含め色々とThe Wh♂のライヴ音源は聴いたが、みな荒かった。
ヘタクソでメチャメチャな物も少なくなかったですよ。
※当然スケール大きなメチャメチャさだから、それでも愛せましたが

むしろ、ライヴ盤の代表作「ライヴ・アット・リーズ」(1970年)こそ
「初の実況録音盤収録用のライヴだから、頑張って合わせたんだろう」と思うくらい、まとまって聴こえたもんです。

だから、私はキルバーンの演奏に落胆する事は無く、むしろ「リーズ」と「雑で荒いライヴ」の中間に位置し、橋渡しをする有難い存在であったのです。

たしかに、キース・ムーンは2曲目くらいで息上がってるっぽいし、
ロジャーは「オレたちも年とったな」とか言うし、
ピートのギターはチューニング狂うし、
ロジャーは「Dreaming From The Waist」の歌詞を忘れるし、(せっかくジョンが神がかったベース弾いてるのに・・・)
「ダメだ、やり直しだな」とかライヴの出来を否定するような言葉もあるし、
中盤は演奏が一丸となれずにバラバラになりかけるトコロもあったし

アラは見えますよ。

「次、なに演る?」ってトコロで
ロジャーが「オレは Summertime Blues だな」って言ってるのに
キース・ムーンが「Tommy's Holiday Camp がイイ」と捻じ込んで、皆が「仕方ないなぁ」・・・と始めたものの
結局は「あんたら、それでもプロか?」と言いたくなる程グダグダな演奏に終始
そこでのキースの歌唱もヒドイし、裏声なのに声が出ないし。
※まぁ、「キッズ・アー・オールライト」の「バーバラ・アン」を
  見た人なら想像出来るだろうが・・・

でもね、
続く「Summertime Blues 」では何事も無かったかのようにワイルドに同曲をキメるし。

69年の曲も75年の曲も同じテンションと破壊力で演奏するし、その初期衝動は後発のパンク・ロック連中にも負けていない。



「30以上のヤツは信じるな」と言ってたヤツが、30歳にもなって「若いうちに死にたい」、「たかが10代の荒野じゃないか」と歌う事は滑稽・・・

77年といえば、そう言われ始めた時期だろうか。
80年代には「ギャグだよ」と吐き捨てる若手バンドも居た。今でも居る。

しかし、「10代の荒れ地(Teenage Waistland)」は、20才を過ぎても心の中で燻り続ける。
物心ついて以降、10代で固まり始める自我は、一生、身の回りとの折り合いが付かない。

要するに、我々は30になっても40になっても50になっても
「Teenage Waistland」で足掻き続けるのだ。

そして、それに疲れてヘタリ込んだ時

ピートの声か聞こえてくるのだ。
「嘆くな、下を向くな、たかが10代の荒野じゃないか!」・・・と。

ロジャーの声が聞こえてくるのだ。
「さあ、顔を上げろ、歩き始めるんだ」・・・と。

The Who - Won't Get Fooled Again (Shepperton Studios / 1978)


※動画は「キッズ・アー・オールライト」の「無法の世界」
 さすがにキルバーンよりは完成度高いです。ロック史最強のLIVE映像・・・。

やっぱ、The Whoイイなぁ・・・。

ホント、「シェパートン」のライヴ映像も、フルで公式発売して欲しいですなぁ・・・。

三浦雄一郎さん80歳でエベレスト登頂成功!

2013年05月26日 | 生活
いや~、凄い。
これは、きっと「セサミン」が売れますわ。

世界最高峰のエベレスト山頂にアタックした80歳の冒険家・三浦雄一郎さん
日本時間の23日昼すぎ、標高8848メートルの頂上に到達し、世界最高齢での登頂記録を塗り替えた。

三浦さんはその後、標高8000メートル付近のキャンプまで無事、下山し、1日の行程を終了。

「無事に戻ってこそ登頂成功」とも言われるだけに、これは実に喜ばしい事です。



ニュースで報じられた通り、
三浦さんがエベレストの登頂を果たしたのは、70歳と75歳のときに続いて今回が3度目。

80歳での登頂は、5年前に76歳のネパール人男性が作った世界最高齢の登頂記録を塗り替える事になった。

東京の事務所に衛星電話を使って成功を伝えてきた三浦さん
「世界最高の気分です。皆さん、本当にありがとう。これ以上ないぐらい、疲れていますが、80歳でもまだまだいけます」と話してましたな。

疲れもあったんだろうが、三浦さんの淡々とした口調に、むしろ偉業の素晴らしさを感じたものです。

三浦さんは25日も下山を続け、標高5300メートルのベースキャンプに戻る予定だそうな。

三浦さんは登山の際に「落語」を聞かれるそうで
以前、よく聴く落語家として「立川談志」師匠の名前を挙げておられた。



苦しい時に気が紛れる・・・とか。

家元のダミ声で癒されるのか?
家元の落語はヴァン・モリソンの歌と同じか?

そういや、ロス五輪・金メダリストの森末慎二氏も
本番前日はプレッシャーで熱が出て、持参した「桂枝雀」師匠の落語テープを聴いてた・・・なんて話がありましたな。

今回、三浦さんは談志師匠のテープを持参されたんだろうか?
それとも、I Podか?

談志ファンとしては気になるトコロですなぁ・・・。

映画「どついたるねん」

2013年05月25日 | 芸能
大和田正春や大和武士の名前が出たトコで、
そうなると、
やっぱり「浪速のロッキー」こと赤井英和の自伝を元にした映画が思い出されます。
題名は「どついたるねん」。
運命やら苦境やら・・・そんなもん全てを「どつく」意思ありありのタイトルですなぁ。



本物の赤井は、世界タイトルの前哨戦として1985年2月5日に行われた大和田正春との試合で
まさかのノックアウト負け。
レフェリーが試合終了を宣した後、しばらくしても自力では立ち上がれず
担架で運ばれた後、救急病院に搬送。
※この時は、スポーツ枠では無い通常ニュースで
「浪速のロッキー」リング禍が伝えられた・・・

診断は、急性硬膜下血腫、脳挫傷。緊急の開頭手術が行われ、ボクサーとしては、もちろん再起不能。
日常生活さえ危ぶまれたが、リハビリにより奇跡の回復を遂げたのは衆知の通り。

本人は体が動けば再起したかったろうが。当然、そんな事は認められない。
そこで、もともとタレント性あり、NHKの「YOU」に出演して近大の先輩・笑福亭鶴瓶と見事なやりとりを見せていた赤井だ。

役柄を「安達」として、回復直後からのストーリーを「映画」で繋いでみせたのだ。
もちろん、監督の阪本順治氏の理解も大きかった。
関西出身の監督は、ほどほどにベタで、且つドライ過ぎない演出で「安達」の再起を描いた。
※主治医に無理やり「再起OK」の判子を押させるシーンには笑ったよ



相楽晴子さんの「姐ちゃん」っぷりも良かった。
※その後、ダウンタウン浜田の恋人役で売れたけど、
あっさり外人だかと結婚して姿を消したなぁ・・・

そしてボクシング・シーン。
以前「裕ちゃん映画で止まってる」と書いたが、ここでは「本物の」ボクサーを起用する事で
役者に急遽「型」を仕込んだ野暮ったさは見られない。
セリフも時代がかったモノでは無い。



実話とフィクションが織り交ざりながら話は進む。

後輩ボクサー(大和武士)とリング上で対峙する赤井。
その直前、控室から出てくるシーンで大和田正春がスーツ姿で登場する。
「目をやられてしまって。網膜剥離で引退・・・」と語る大和田に
赤井(安達)は「そうか・・・」と頷く。

そして、スクリーンの端と端で両者のシャドウボクシング。
これはカッコ良かった!
さすが本物のボクサーである。

正直、大和田も「映画の世界で通用する」と思ったほどだ。
しかし、彼は現役時代から続けていたメッキ職人として、その後の人生を生きた。

ボクシング・マガジン編集長を経てライターとなった山本茂氏は
「黒人との混血児である大和田は、ホストにでもなれば高給を稼ぎそうな魅力がある」とも書いたが
それを本人に向けると「いや~、とんでもないですよ。人間、実直に働くのが一番です」と返答したそうな。

その潔さも、率直さも、大和田の魅力だったな。

最近の収穫:The Who ライヴ・アット・ハル 1970(CD)

2013年05月24日 | 英国ロック
昨年発売されたCDを、やっと購入

ザ・フー - ライヴ・アット・ハル 1970
LIVE AT HULL 1970

フォーマット:CD 2枚組
品番:UICP-1143 レーベル:POLYDOR UK
発売元:ユニバーサルミュージック合同会社

発売日:2012.12.05
価格(税込) \3,200
Label: UNIVERSAL INTERNATIONAL



1970年、ザ・フーの公式ライヴ・アルバムのため、2月14日のリーズ公演と翌15日のハル公演がレコーディングされた。

演奏的にはリーズに勝るとも劣らないと言われたハル公演だが
結局オクラ入りとなったのは、機材トラブルによりベースの一部がうまく録音できなかったため。

ジョン・エントウィスルのベースはザ・フーの命とも言える音だけに、「そりゃ、しょうがないなぁ」というのが同エピソードを知った時の感想だったが。

時は流れて2000年代。
その欠落部分をリーズの音源から補うなどして丁寧にレストアし、
1970年に録音されたザ・フーの演奏を高音質で復活させるなんて離れ業が可能になったんですなぁ。
感激ですわ・・・。

そもそも「ライヴ・アット・リーズ」だって、最初は1枚組のアルバムだったのを「25周年エディション」として大幅に曲を増やして発売されて、The Whoのファンを狂喜させたワケだし。

さらに2010年には「ライヴ・アット・リーズ~40周年記念アルティメット・コレクターズ・エディション」まで発売され、その中に兄弟公演扱いで「ライヴ・アット・ハル」のディスクも含まれていたんですよね。

既に「25周年版」を持ってた私は泣く泣くスルーしてたのだが、昨年めでたく分売されて
これまた多くのファンを狂喜させたんですよねぇ。

ジャケットも表面紙のデジパック仕様。
保存されてたケースごと発掘されたイメージ。白く擦れた傷みの部分も、そのまま印刷されています。



・・・曲目は
【DISC1】
01 ヘヴン・アンド・ヘル
02 アイ・キャント・エクスプレイン
03 フォーチュン・テラー
04 いれずみ
05 ヤング・マン・ブルース
06 恋のピンチヒッター
07 ハッピー・ジャック
08 アイム・ア・ボーイ
09 クィック・ワン
10 サマータイム・ブルース
11 シェイキン・オール・オーヴァー
12 マイ・ジェネレイション
13 ドクター
14 ミラー・ボーイ
15 鏡をこわせ
16 奇蹟の治療
17 サリー・シンプソン
18 僕は自由だ
19 トミーズ・ホリデイ・キャンプ
20 俺達はしないよ

【DISC2】
01 序曲
02 イッツ・ア・ボーイ
03 1921
04 すてきな旅行
05 スパークス
06 光を与えて
07 クリスマス
08 アシッド・クイーン
09 ピンボールの魔術師
10 大丈夫かい
11 フィドル・アバウト
12 トミー、聞こえるかい



そもそもブート対策としてのライヴ盤制作だったらしいリーズ大学とハル・シティ・ホールの連日公演。
当然、曲目も演奏も、ほぼ同じです。

ただし、その場のノリで細かいニュアンスは変わるから、やはり、ハル公演も聴いてて楽しい。
録音も、ハルでのライヴの方が、より生々しく仕上げられている。

特にドラムのサウンド。
まず音がデカイ。凄く迫力がある。暴れている。

キース・ムーンのドラムこそ、このバンドの魅力だし、私自身キースの大ファンだから、それだけで嬉しい。

ピート・タウンゼントの轟音ギターも鳴り響いている。
ロジャーも声が裏返ろうとお構いなしの吠えっぷりだ。

お行儀の悪いライヴ演奏こそ、ザ・フーだ。

これまたウォークマンでヘビロテ決定で御座います。

最近の嗜好品「いなばのタイカレー」

2013年05月23日 | 生活
100円缶詰と侮るなかれ、これが相当に美味!

あまりの本格的な味にビックリ!正直、飲食店で出されても遜色ないレベル

もともと、タイの工場で様々な商品を製造しているという、缶詰メーカー・いなば
現地の香辛料を使用し、味を調整したことが成功の秘訣だとか



評判を呼んで品薄状態の店舗も見受けられたが、
それでも、以前に比べれば生産量を増やしてるそうで、
現在は100円ローソンやイトヨー、ダイエー、イオンなどのスーパーで平積みされている

不景気で残業も削られそうな昨今
白米と「タイカレー」を職場に持って行き、レンジでチンすれば充分に本格的な昼食になる

強いて言えば、もっと量が多ければ文句なしだが、それでも価格満足度で言えば充分だ
もうお試しの方は同意していただけけるだろう

まだの方は、これを機に是非!

追悼:「ドアーズ」のキーボーディスト=レイ・マンザレク氏

2013年05月22日 | 洋楽
ロックバンド「ドアーズ」のオルガン奏者レイ・マンザレク氏までが亡くなってしまった・・・。

まぁ、年齢で言えば74才だから、普通に病死されても不思議じゃない年だが
それでも寂しい・・・。

亡くなったのは5月20日。
胆管がんのため独ローゼンハイムの病院で亡くなったとの事。



※上の画像はドアーズのグループフォト。
右前の金髪サングラスがマンザレクさん。知的ムード醸し出してるねぇ・・・。

米ロックバンド「ドアーズ」の創設メンバー、レイ・マンザレクは米シカゴ生まれで
カリフォルニア大ロサンゼルス校の映画専攻の学生時代にジム・モリソンらと出会い、芸術的趣向で意気投合。

1965年にドアーズを結成し、キーボード奏者として「ジ・エンド」「ハートに火をつけて」「タッチ・ミー」「ハロー・アイ・ラヴ・ユー」などヒット曲を送り出した。
※ただし、「ハロー・アイ・ラヴ・ユー」はキンクスの曲と酷似しているとして物議を醸した

71年にモリソンが急逝、ロビー・クリーガー(g)とジョン・デンズモア(d)とトリオでドアーズを続けたが、モリソンの抜けた穴は大きく、72年にアルバムを発売したのち解散した。

解散後はソロ活動や自叙伝・小説の執筆、映画製作を重ねたが
2002年に、ザ・カルトのイアン・アシュトベリーをヴォーカリストに迎え「21世紀のドアーズ」として活動を開始。

「21tsセンチュリー・ドアーズ」は、2003年のサマーソニックで来日してるから、
今にして思えば、行けば良かったなぁ・・・。
マンザレクさんのオルガン聴けるだけでも儲けものだったんだよなぁ・・・。

ベースレスで、それをキーボードの低音で補うスタイルは独特で、
しかも「ジ・エンド」なんてギターがシタール的な音色を出して延々とモリソンの独白を盛り上げるから、その世界の独自性は凄まじかった。



あとは「ライト・マイ・ファイア」ですよ。
あのオルガン・リフですよ。最初も最後もアレで決まりですよ。

ジム・モリソンのカリスマ性(ステージでアレを露出して逮捕されるなんちゅうスキャンダラス性)も凄かったが。
やっぱり「曲」が良くなければ売れません。

それを担ったのは「インテリ然」としたマンザレクさんです。

60年代後半から70年代初旬のロック界を担ったドアーズ。
その中心人物の一人、マンザレクさんの功績は永遠に讃えられるでしょう。

レイ・マンザレク氏のご冥福をお祈りいたします。

元ボクシング日本ミドル級王者・大和武士、覚醒剤使用の疑いで逮捕

2013年05月22日 | ボクシング
5月10日、元ボクシングミドル級の日本チャンピオン、大和武士容疑者(47才)が、覚醒剤を使用していたとして、逮捕された。

本人は「身に覚えがない」と容疑を否認し、覚醒剤や注射器は所持していなかったが、
尿から覚醒剤の成分が検出されたという。

警視庁渋谷署によると
10日午後5時20分ごろ、渋谷区道玄坂の路上で、大和容疑者をパトカーが発見。
挙動が不審だったため職務質問を行い、渋谷署に任意同行したとの事。

同容疑者は
2008年にも東京都目黒区の寿司店で店主に包丁を突きつけ、「ぶっ殺す」などと脅して、
顔を十数回殴って逮捕され、
東京地裁で傷害と暴力行為法違反の罪で懲役1年6月、執行猶予4年の有罪判決を受けていた。

う~ん
これはキビしいなぁ・・・。

先日も元王者の徳山昌守氏が傷害の容疑で逮捕されたが
釈放後は会見で神妙に反省の態度を見せ、相手側へ誠意ある対応を見せれば名誉回復も可能と思わせた。

一方、今回の大和容疑者は執行猶予中の逮捕だもんねぇ・・・。

本名を江口義光という大和武士容疑者は、1965年まれの47才。
185cmの長身とリーチで1980年代ミドル級で活躍した元プロボクサー。

岡山県の少年院で、『一瞬の夏』(沢木耕太郎)を読み、ボクサーになるために上京。
ワタナベ・ボクシングジムに所属し、新人王戦で勝ち上がる中、その経歴がマスコミに取り上げられ、結構な知名度を得た。



1987年12月14日、大和田正春の日本ミドル級王座に挑戦。
初回に大和田からダウンを奪ったが、大和田の強打を前に詰めに至らず。
逆転のKO負けを喫した。

この時は生観戦したが、苦労人・大和田を応援していた私と知人は大騒ぎで声援を送ったもんです・・・。

1988年3月21日に、大和田が網膜剥離のために返上したタイトルを松柳俊紀との王座決定戦で4回KO勝ち、第38代日本ミドル級チャンピオンとなった。
同年9月19日、2度目の防衛戦で田島吉秋に4回KO負けし、王座から陥落した。
実際のところ選手としては初防衛あたりで「下り坂」の印象があった。

翌1989年、「どついたるねん」で俳優としてもデビュー。
同じ阪本順治監督の「鉄拳」(1990年)で、1991年の日本アカデミー賞新人俳優賞に選ばれた。

選手との両立は難しかったか、半分芸能人気分でボクサーは副業気分だったのか
大和田戦の充実からすると信じられないほど練習不足の試合も見受けられ
横崎(オサム)戦など、私は結構ヤジった記憶があります。
※横崎が地味に頑張る選手だっただけにね・・・

渡辺会長も後に「同じジムの練習生にケンカ売ったりして参った。大和の事では私が随分と人間的に鍛えられました(苦笑)」と言っていたが、やはり完全に「更生」はしてなかったのか?・・・と思わされたものです。
※チヤホヤしたマスコミも悪いが。
  新人・大和が作家さんと一緒に自分の試合ビデオを見ながら
 「魂を打たれるものが無いんだよ!」とか叱責されてたのは可哀想だった。
  アウトボクサー大和は淡々と試合を進めた方が良かったかも知れないのに・・・

1992年6月の試合を最後にプロボクサーを引退。
戦績は19戦10勝5KO7敗2引分。

引退後は、Vシネやヤクザ映画を中心に活動していたが、最近は仕事が減って芸能界の活動が滞っていたという。
一度華やかな世界に身を置いたから、なおさら気落ちして生活が荒れたんだろうな・・・。

元ボクサーには充実した第二の人生を送って欲しいと思うのは、ファン共通の願い。
大和容疑者も・・・・。

JPBA、具志堅用高氏の“世界殿堂”入り推薦へ

2013年05月21日 | ボクシング
私が子連れで「大泉学園だ」「アニメの聖地だ」「プリキュアショーだ」と喜んでいた頃
後楽園ホールでは「ボクシングの日(2013年5月19日)」のイベントが行われていたのでした。

ああ、またしても。
リアルタイムの拳闘ファン失格。

先日の記事で地方ジム選手を思い出そうとしても
福岡帝拳の選手は、まず寺本勇だったもんな。

パンサー柳田と北島桃太郎は「最近の選手」として逆に浮かばなかったもんな。
(現地で生観戦してないって事もあるが)


・・・で
ボクシングの日のファン感謝イベントは「オークション」など、歴代世界王者とファンの交流の催しが行われたそうな。

ガッツ石松氏、具志堅用高氏、輪島功一氏、浜田剛史氏ら元世界王者、内山高志、山中慎介ら現役世界王者ら計37人が一堂に会したリング上のスポーツ紙の写真は壮観

その中で、日本プロボクシング協会の大橋秀行会長は、日本人最多の13連続防衛の記録を持つ元WBA世界ライトフライ級王者の具志堅用高氏(57才)について「世界殿堂入りを推薦したい」と話したという。



「国際ボクシング名誉の殿堂博物館」殿堂入り。

同殿堂入りした日本人は、世界2階級制覇のファイティング原田氏、マッチメーカーのジョー小泉氏、本田明彦・帝拳ジム会長の3人。
個人的には関係者が3分の2を占める状況は寂しい。
やはり本来の主役は選手なのだから。

大橋会長は推薦の理由として、
「親交のある韓国の(世界王座15連続防衛)張正九さんと(同17連続防衛)柳明佑さんが殿堂入りしたのだが、2人から『具志堅さんが入ってないのはおかしい』と指摘されたので、行動を起こすことにした」と説明したとのこと。

張が具志堅の記録を超えた時の喜びは大変なものだったらしく、
それは同級の連続防衛記録を持っていた具志堅さんの偉大さの表れとも言え、

同じアジアのカオサイ・ギャラクシーも殿堂入りしているのだから、やはり「具志堅も」と思うのは当然だと思いますよ。
もう「ジュニア・クラスだから」とか言う人も減ったでしょうし。

大橋秀行氏個人も、具志堅全盛期には少年だった世代。
具志堅がリオス、マルカノを倒す姿に熱狂したのは間違いない。
※今から思うと初防衛と、2度目の防衛戦で
 両者とそれぞれ15R戦って「判定勝ち」したのが、逆に凄いと思いますが



私などは、サルディバルやビラフロアを破り、2階級制覇を果たした柴田国明氏も殿堂入りに値する人だと思うが、
大橋会長からするとヨネクラジムの先輩だけに言いづらいトコロがあるかも知れない。

さらに、大橋×具志堅といえば
以前、JPBA協会長選を争った事もあり、そこで勝った大橋会長が現在やり手として活躍しているから
まぁ、雪解け(?)という意味でも心温まる話ではあります。

つ~か、日本ボクシングの権威向上を狙っての事だろうが、

今回「具志堅、殿堂入り」を要望する書簡を送るという話だから、これを実現させて
ぜひ柴田国明の推薦をお願いしたいトコロであります。

あと、引退後の事件とかに寛容な(?)外国の団体ですからね、「世界殿堂」は。

おそらく日本では永遠に表舞台に出られないJバンタム級最高のボクサー「あのお方」を殿堂入りさせるという、
「ウルトラC」も可能かも知れません。

※殿堂入りは「選手としての偉大さ」と「第二の人生での出来事」を
  完全に切り離してますからねぇ。
  そういう身も蓋もないトコロは、さすが米国って気もしますねぇ。

暗躍が好きそうな大橋会長だから、それくらい有り得るかも知れません。

つ~か、色々と「やりたがり」な大橋会長なのですから
いっそ、それくらい突拍子の無い事にトライしてみて下さい。

追悼:イエスの初代ギタリスト=ピーター・バンクス

2013年05月21日 | 英国ロック
イエスのオリジナル・ギタリストのピーター・バンクスが逝去された。
享年65歳。

これまた旧聞に属する話です。
ピーターは3月7日に自宅で心臓発作のため亡くなったとのこと。
参加する筈だったレコーディング・セッションに現れなかったため、様子を見に行ったところ、自宅で息を引き取っている姿が発見されたという。

ブログにUPしなきゃなぁ・・・と思いつつ、やはり訃報は気が重く、他のネタを書いてる間に日にちが経ってしまった。

イエスのギタリストと言えば、皆スティーヴ・ハウを連想するが
ピーターさんも、なかなか格好良かったですよ。

ベースのクリス・スクワイアとともにイエスの前身となったバンドに在籍したバンクス、
ジョン・アンダーソンやビル・ブラッフォードの参加を得て、ついに1968年「イエス」を結成。



69年の『イエス・ファースト・アルバム』を発表。
後のプログレ路線の発芽を感じさせる曲やフォーク調の曲、カバー曲など様々な可能性を感じさえる1枚に、
将来の大物バンドとの期待が掛けられた。



そして、70年のセカンド「時間と言葉」制作にも参加。
「No Opportunity Necessary,No Experience Needed (おれ達にはチャンスも経験もいらない」での見事なワウ・ギターは
クリス・スクワイヤのベースとタメを張る疾走感あり・・・だ!



※動画は独ロック・ライヴ番組「ビート・クラブ」の
 「No Opportunity Necessary,No Experience Needed」
  バンクスさんのアクションには結構P・タウンゼントの影響が見えます



「時間と言葉」はオーケストラの導入などあって、意欲作とも言われたが
グループの方向性を巡る意見の食い違いから、
バンクスはセカンド・アルバムのリリース前に脱退。



その後、バンクスは自らリーダーとなるバンド=フラッシュを結成。
1972年から『フラッシュ』『イン・ザ・キャン』『アウト・オブ・アワ・ハンズ』を立て続けにリリース。
初期イエスに通じる疾走感溢れる楽曲にニヤリとさせられたファンも多かった。
※逆にイエスとの相似性から抜けられなかった悲劇もあったが・・・



ジャケット・デザインはヒプノシスですよ。
※ヒラっと捲れたスカート裾から見れるパンチィ様と おヒップ様のラインが印象深い。
  外人さんのだから、そんなにエロく見えないのも
  我々からしたらグッドですよねぇ。

その後はソロ・アルバムもリリースしているバンクスだが、近年は自伝やフラッシュのライヴ・アルバム制作に着手していた模様。

イエスからもバンクス訃報に対して声明が発表されたが。
やはりバンドの原型を作った功績は讃えられて然るべきだろう。

ピーター・バンクス氏のご冥福をお祈りいたします。

「ファミリーマート無調整牛乳」

2013年05月20日 | 生活
ファミリーマートで買ってきた無調整牛乳



美味しくいただいた後
なにげに成分表などを見ようとしたら、
こんなふうに表示されてた



「乳」・・・って

乳以外は入ってないんでしょうが

逆に何の「乳」なのか気になりますわ
ここまで「乳」の文字が強調されると

牛以外の「乳」も入ってるんじゃないか
・・・って気もするじゃないか!?

「ヤギ」とか・・・(笑)
他の哺乳類とか・・・(笑)

とくに「人間」とか・・・・ね(笑)
そうなったら逆に嬉しいね。

「アニメプロジェクトin大泉/アニメわくわく聖地巡礼大泉」に行く②

2013年05月19日 | アニメ・特撮
なんだかんだ言ってもプリキュア・ショーは見たがる我が子。
隅っこながら前列をゲット。
後ろの良い子が見れるように私は身を縮めて待機
ちびスケと「どんなショーになるんだろうね」などと話しながら、30分の待ち時間を過ごす。

それにしてもプリキュア人気は健在だ。
ブルーシートは親子客で一杯。後方のパイプ椅子も。
その後ろにも立ち見の親子客、大きなお友達・・・。

司会のお姉さんの「掛け声」練習で大きな声を出す「良い子」たち。
あいかわらず凄い。



そしてショーは始まった。
これは・・・悪役もジコチューも登場する立派なショーだ。

少年イーラが登場し、悪巧みの独り言。
田中真弓さんの声だ。この人の声がすっと聞けるのか!なんと贅沢な!



展開もよく出来てて、アイドルでもある「まこぴー/キュアソード」がファン感謝会を行い、
それをイーラが妨害しようとするというモノで

今回のイベント会場を、そのまま「まこぴーのファン感謝会」に転用するのも面白かった。
みんな、主人公マナ同様に「まこぴー」の事も好きだから素直に「感謝イベントのお客さん」にスライド

ちょうど、まこぴー/キュアソードの単独キャラソン・アルバムが間もなく発売されるタイミングだから
これはニクイほど上手い演出だ。



さてさてイベントの展開としては、またジコチューに勝手なことされて悪巧みに気付かれたイーラが「もうイイ!」と戦闘に突入。

いらつくイーラの声。
田中真弓さんの声が最初から最後まで聞けたのが、私的には今回のイベント最大の収穫かな?
天真爛漫な「ワンピース」のルフィから、敵の自己中キャラ・イーラの声まで演じるんだから、全く凄い人ですよ。



そしてバトル。
子供向けショーと侮るなかれ、しっかりとした殺陣あり。

スーツアクターさんも上手い人たちで
なにかと長い髪が顔に掛かるプリキュアショーなれど、要所で顔から髪を除ける仕草が見られて
「ちゃんと気にされてるんだな。目とかに髪が掛かると見てるこっちが気になるもんな」と
安心して見る事が出来ました。



※見よ!この両者の見事なボディバランス!
 特にキュアソードの腰を落とした体勢、足のスタンス、上体の構え・・・
 まるで西岡利晃(元Sバンタム級王者)が右ジャブを突く姿のようだ!!

ピンチになっても、司会のお姉さんがチビッコたちに「プリキュアをおうえんしてー!」と扇動すると
「がんばれ~!!」と大きな声で声援をおくるから
その声を聞いて復活し、再度ジコチューに立ち向かうプリキュアたち。



バトルは、キュア・ロゼッタが言う様に「正々堂々」と4人がかりで1人をボコボコにし(笑)、大勝利!
イーラは「おぼえてろよ!」と言いながら退散。

そして、ショーはお約束のダンス・タイム。

最近は殆どのアニメがエンディングにダンスシーン流してるもんね。
ロボットアニメでロボットが踊ってるのにはドギモ抜かれたもんね。



ちびスケも、さすがに最近のプリキュア・ダンスはマスターしていない。
それでも身体を揺らして楽しんでいるようだった。
私は勿論、楽しかった。



キュア・ダイアモンドが目の前で踊ってるんだもんなぁ・・・。
そりゃ嬉しいよなぁ・・・。

ダンスショーも終わって、今度はダンスレクチャー。
さすが、両方合わせて1時間のステージだ。

観覧者が多く、子供が立って振り付け練習できなかったのは可哀想だったが
プリキュアに目の前で動いてもらって、司会のお姉さんに「はい、夢見るポーズ~」などと説明してもらって身体を動かすチビッコたち。

幸福で微笑ましい光景をみて
私は終始ニヤニヤしっぱなし。

ショーの終盤で雲が出始め、風も吹き始めた。
天気予報は午後から雨だ。よく、ここまで持ったかという空模様だ。

大雨を恐れた我々は、振り付けショーが終了して直ぐに大泉学園駅を目指した。

もっと早い時間で色々回ってたら他のモノも見れただろうが、
まぁ、疲れも出たので丁度良かったのかも。

帰宅したら、私は睡眠。ちびスケも家の事を少し手伝って睡眠。
平和な5月の午後でした。