

というメールが今日、たくさん届いた。
(日本語にしたら『ご苦労様』って、ちょっと違和感あるけど…

わざわざ班長さんが電話してきて、
「クラスのみんなからのお祝いを明日授業の時にお渡しします。」
という気配りの学年もある。
中国には「教師の日」があって、
その日、学生たちはメールやカードを老師に送る。
アメリカにも「Teacher's Day」はあった(しかも、祝日なので学校が休みだった)。
中国では1984年より「教師を重んずる」政策を掲げ、
その一環として教師の日があるとのこと。
「そんなの形式的だよ。」
と言うかもしれない。
教員人生が長い私も、最初聞いた時には(いや~、それほどでも~)と、
クレヨンしんちゃんみたいになってしまった。
しかし、教師を大切にすることは、ひいては子供を大切にすることなのだ。
悪デレする必要はない、かも知れない。
国にとって教育がどれほど大切かについて、誰しも異論はないだろう。
それならば、日本の教師の現状があまりにも悲惨であることに、もう少しみんな関心を払えないだろうか。
今の日本、否、私が具体的に言えるのは地元の大阪市のことだ。
「一週間で効果を上げろ。でなきゃ、能無し不適格教師だ。」
という圧力が蔓延している。
市長の命令で、企業経営みたいな効率主義が学校現場にも暗い影を落としているという。
責任を教師になすりつけるモンスター=ペアレンツは、どのクラスにもいる。
なにかあると教師たちはペコペコ謝ってばかりだ。
なんでもとにかく謝ってやり過ごすのが、精一杯の自己保身になってしまっている。
そんな姿を見て、子どもが先生を尊敬するわけがない。
すぐに取り掛からなければならないことは、
教師がびくびくして教育活動ができないような現状を変えることだ。
子ども達をしっかり育てようと思うのならね。
先生たちをいじめるのも、大概にせなあかんわ。