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小泉八雲の妻・小泉セツをモデルにしたNHK朝ドラ「ばけばけ」が2025年秋に放送されます

2025年01月01日 05時08分02秒 | Gooニュース
明治時代の文豪・ラフカディオ・ハーン(小泉八雲) (1850~1904)の妻
小泉セツ(1868~1932年)をモデルにしたNHK朝ドラ「ばけばけ」が
2025年秋に放送されます。(NHK放送局が製作)

小泉八雲の所縁の場所は松江の小泉八雲記念館(松江市奥谷町)が有名ですが
神戸でも八雲夫妻は住まわれており神戸での生活も紹介されるかもと
興味をもっています。



上の2枚の写真は兵庫県庁の北側にある県立労働センター玄関前の庭の
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン) (1850~1904年9月26日没)の旧居跡の碑。
撮影:2014年8月23日

明治27年(1894)神戸に来て、英字新聞「神戸クロニクル」紙の記者となるが、健康を害してすぐ退社した。しかし、彼は1年9ヶ月間神戸で執筆活動をした後東京へ移り住んだ。この時期の代表作のひとつに「日本人の微笑」がある。
月給は熊本五高で200円であったが、月給100円の神戸での新聞記者生活となったもので期するものがあった訳ですが、神戸での生活は彼が思い描いたいたものではなかったようです。
また、約2年間に神戸で3回も転居しているようです。居留地での外国人の行動を批判的に捉えた数少ない外国人でもあります。

例により県労働センターの玄関横の石碑の説明文より引用させてもらいます。
小泉八雲と神戸小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、日本の精神文化や民俗、伝統を心から愛し、その作品を通じて、日本を広く世界に紹介、明治の文豪として偉大な足跡を残したが、八雲と神戸との出会いは、後に兵庫県県知事となった服部一三との交友による。
 八雲は松江、熊本で教壇に立った後、明治二十七年神戸に移り住み、英字新聞「神戸クロニクル」の記者として文筆を振るう傍ら文壇生活に入った。明治二十九年に帝国大学講師として東京に転居するまでの間、中央区内の当敷地内に居宅を構え、「心」、「仏の畑の落穂」などを執筆。小泉八雲と改名し、日本に帰化したのもこの時期である。
 平成六年は、八雲が神戸に住んでから百年目にあたる。これを記念してここに小泉八雲の道徳を偲び、神戸との関わりをこの碑にとどめる。

 小泉八雲の墓は東京・雑司ヶ谷の墓苑にあります。 

上の写真は兵庫県立図書館の掲示 小泉八雲没後110年企画展ハーンと家族 松江市の小泉八雲記念館  
撮影:2014年6月29日 

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