ベック式!難単語暗記法ブログ

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日本史3-1

2015-01-20 | 百人一首を最速で覚える

江戸時代の旗本・御家人について述べた【A】~【C】の文章を読み、あとの問いに答えなさい。

【A】  将軍直属の家臣である(a)旗本・御家人は、俗に「旗本八万騎」と呼ばれたように、当初は軍事的役割が重視されていた。

しかし幕政の安定にともない、戦乱のおこる可能性が低下した結果、幕府を支える(b)役人としての役割が大きくなっていった。

なかにはその専門分野で才覚を発揮し、出世の糸口にした例もみられる。徳川綱吉の時代には、(c)荻原重秀が上申した財政再建築が採用され、勘定奉行にまで出世する契機をつかんだ。

また(  )事件の際に浅野家の遺臣たちに討たれた吉良義央も、その専門知識で名を知られた人物であった。

問1 下線部(a)の旗本・御家人について述べた文として誤っているものを、次の1~4のうちから一つ選べ。

  1. 旗本は将軍に謁見を許されたが、御家人は原則として許されなかった。
  2. 旗本・御家人には、江戸時代を通じて一般的に知行地が支給され、大名と同じく江戸と国元1年交代を原則とした。
  3. 江戸の町では、身分ごとに居住する地域がはっきりと区分された。旗本・御家人は町人に比べると少人数だが、より広大な武家地を割りあてられた。
  4. 旗本・御家人の家では戸主の権限が強く、財産や家業は長子を通じて子孫に継続されるのが一般的であった。
[解答]

正解 2
御家人は初めから、旗本も、のちには幕領からの年貢を蔵米として支給する棒禄制度が一般的になった。


問2 下線部(b)に関連して、旗本が就任する役職の郡代・代官について述べた文として正しいものを、次の1~4のうちから一つ選べ。

  1. 郡代・代官に任命された旗本は、町奉行の下で幕領の地方行政を担当した。
  2. 江戸時代には全国の耕地面積が飛躍的に拡大した。郡代・代官が資金を投じて町人の労働力により開墾した町人請負新田の開発も、その原因の一つである。
  3. 大御所時代に創設された関東取締出役は、代官支配下の幕領にのみ捜査権が認められていたため、ほとんど成果をあげることができなかった。
  4. 反射炉の建築で知られる江川太郎左衛門は、代々伊豆韮山の代官をつとめる世襲代官という家柄であり、旗本のなかでも上位の待遇を受けた。
[解答]

正解 4
1.郡代・代官は、勘定奉行のもとで地方行政をおこなった。

2.町人請負新田は、町人の資本により開発された新田のこと。

3.関東取締出役は、知行形態を超えて犯罪を取締ることが可能だった。


問3 下線部(c)の荻原重秀が実行した貨幣政策について述べた文として正しいものを、次の1~4のうちから一つ選べ。

  1. 当時の経済は質の悪い貨幣が大量に流通していたためにインフレ気味であった。そこで質の高い正徳金銀を発行し、経済の安定化に努めた。
  2. 当時の幕府財政は、明暦の大火の復興費や文治政治の採用により赤字であった。そのために慶長金銀の改鋳をおこない、金含有量の低い元禄金銀を発行した。
  3. 当時の銀貨は秤量貨幣であり、計数貨幣である金貨との交換には両替商を経由する必要があった。この手間を省いて取引を円滑にするために南鐐弐朱銀を鋳造した。
  4. 国内外の金銀比価が違うことから多量の金貨が海外に流出したため、幕府は金貨の品質を下げる万延貨幣改鋳をおこなった。
[解答]

正解 2
1.は正徳の治(新井白石)、3.は田沼政治、4.は幕末開港後をさす。

 

問4 空欄(  )にあてはまる語句として正しいものを、次の1~4のうちから一つ選べ。

  1. 赤穂
  2. 宝暦
  3. 紫衣
  4. 生麦
[解答]

正解 1
赤穂事件は、浅野長矩が吉良義央を江戸城内で斬りつけたことで始まる。

吉良の専門である儀式の準備をめぐり、衝突があったからといわれる。

浅野は切腹し、その藩は改易となったが、翌年、浅野の遺臣たちが吉良を襲撃して討ちとった。 

 
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百12

2015-01-20 | 百人一首を最速で覚える

天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよをとめの姿 しばしとどめむ

あまつかぜ くものかよひぢ ふきとぢよをとめのすがた しばしとどめむ

僧正遍昭の歌
僧正遍昭 坊主

現代訳

空吹く風よ、雲の中にあるという(天に通じる)道を吹いて閉じてくれないか。(天に帰っていく)乙女たちの姿を、しばらくここに引き留めておきたいから。

僧正遍昭(そうじょうへんじょう)の紹介

遍昭(へんじょう、弘仁7年(816年) - 寛平2年1月19日(890年2月12日))は、平安時代前期の僧・歌人。俗名は良岑 宗貞(よしみね の むねさだ)。桓武天皇の子である大納言・良岑安世の八男。母は光孝天皇の乳母とする説がある。子に素性法師がいる。六歌仙および三十六歌仙の一人。官位は従五位上・左近衛少将。花山僧正とも号す。小倉百人一首などでは僧正遍昭。

天つ風 くふをし

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世界史入試問題 大阪大学 2012年 3

2015-01-20 | 入試問題+ゴロ合わせ

3
 世界の一体化は、モノ・カネや情報の移動と並んで、ヒトの移動(移民)が地球的規模で展開されるなかで進んできた。ヒトの移動に関する以下の問いに答えなさい。

問1 大西洋奴隷貿易は、16世紀から19世紀にかけて、強制的なヒトの移動として類を見ない規模に達し、1000万人以上が移動したとも推定されている。

そのような大西洋奴隷貿易が、環大西洋世界の各地域の歴史にどのような影響を及ぼしたか。

下記の三つの用語をすべて使って説明しなさい(140字程度)。

 プランテーション  産業革命  低開発

問2 19世紀後半から1920年代までの間に、ヨーロッパからはあわせて約5100万人が、北米をはじめ南米やオセアニア地域に向けて移住したといわれる。
 だが、それに劣らず、アジアからの移民が急増したのもこの時代である。

なぜ、この時期にアジアからの移民が急増したのか、その移民たちはどこに向かい、現地の社会にいかなる影響を与えたのか、下記の四つの用語をすべて使って説明しなさい(180字程度)。

 交通・運輸革命 華僑・印僑 白豪主義 1924年移民法


 

3

問1 西アフリカから労働力として奴隷を供給された南アメリカではプランテーションが発展し、砂糖や綿花をイギリスに輸出した。

綿花の大量輸入が可能になったイギリスでは産業革命が起こった。西アフリカはイギリスの低開発地域の対象となった。

問2 交通・運輸革命によって人の動きが活発になった。

中国の江南の人々は出稼ぎのために、インド人はプランテーション労働力としてイギリス人によって、それぞれ華僑・印僑としてオーストラリアなどのイギリス植民地に入植した。

しかし、彼らが台頭したため、イギリス人は白豪主義を採り迫害した。

しかし、それにより経済が停滞したので、アメリカ合衆国では1924年移民法によって多文化主義に転換した。

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