Fuu

ある日には山 ある日には畑 自然体で気分良く暮らしています。

ギネスに登録された橋  蓬莱橋

2015-09-08 21:24:13 | 散歩
「次は島田に行くよ」
「大井川にかかるなが~~い橋に行ってみたいって言ってただろ?」
???
確かに言いましたけれど あれ 島田だっけ?
大井川鐵道から見えたんだから川根温泉の近くのはずだった。

金谷にも着いていないのにおかしいやろ

ま いいか  
あまり駄目出しすると 亭主壊れるかもしれない。
島田から タクシーで数分

大井川にかかるなが~~い長い橋。
全長800メートルもあるそうな
向こうに見える小高い緑は 牧ノ原台地のようです。 お茶の産地です。
歴史は案外浅く 徳川慶喜を護衛してきた家臣が大地を開拓してお茶を作り始めたのが明治2年だって

橋は何時出来たのかしら?


とりあえず 渡ってみましょう
一人100円払います。
おや 明治12年と書いてあります。
10年程で出来たことに驚きました。
これだけのスケールの橋を 10年程で作ろうと考えて完成したって凄いです。


昔は橋桁までも木だったけれど 何度も流されるので 今はコンクリートになっているとか


川の流れを見て見ます。
一見場所を選べば渡れそうに見えますが たどっていくと ひどく急なところや深いところがあります。
江戸幕府の防塞のために橋を架けることを禁じていた頃 蓮台を頼んでわたるとしても 本当に大変だったんでしょうね

「凄いな 観光客呼ぶために こんなの作るなんて・・・・」
あれ? 誰かまた変な事言っています。

「観光のためにこんな物作るわけ無いじゃん」
「いや 観光客を呼ぶためだよ」
「だからこの橋は行き止まりだよ」

今度ばかりは譲れません。
橋は明治に出来たんだよ。長いこと橋がなくて不自由だったから作ったに違いないよ。
前に十津川村にあった吊り橋も 向こう側の村の人の悲願で作られたんだったでしょ?
牧ノ原の人々が 島田にやってくるのに不便で仕方ないから作ったんだよ。

なかなか納得しませんでしたが 最後に橋のたもとのお店の人に聞いて納得しました。

明治2年からの開墾は大変でしたが やがて生活が安定して生活品や食料品を島田まで買いに行くのに小舟で渡ることはとても危険だったので知事に陳情して橋を作る許可を得たそうです。
渡るに大変な川にどうやって橋を架けたのかは解りませんが 大事業だったと思われます。



橋の反対側から島田の町を見ます。
橋は行き止まりではなかったですよ。
そりゃそうですよね?
行ってくるだけの橋なんか作るもんか


牧ノ原台地に繋がる道もあったし散策コースも作られていました。
今日は時間がないので帰ります。
長い橋ですからね


現在の蓬莱橋は 全長897.4メートル 橋の巾2.4メートル
原付 自転車は通れるそうです。
車の十分通れるようですが 農耕などの特別な場合を除いては4輪は駄目だそうです。
平成9年に世界一長い木造歩道橋としてギネスに認定されたそうです。

これはこれで面白かったけれど 私 同じ大井川でもあの 天空をいくような長い長い吊り橋を渡りたかったな。
今度来るときは 島田の帯祭りの時が良いね
コメント (6)
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