世界一周タビスト、かじえいせいの『旅が人生の大切なことを教えてくれた』 

世界一周、2度の離婚、事業の失敗、大地震を乗り越え、コロナ禍でもしぶとく生き抜く『老春時代』の処世術

歴史の舞台に立て

2013年02月06日 | 人生
主体的に生きる。


歳を取って自分の歴史を振り返った時、

国や世界の歴史とリンクすることが一つでもあると嬉しくなる。


タイムスリップして

もし、戦国時代の本能寺の変の中にいたら、

江戸末期、明治維新のころにいたらどうだろう。


第二次世界大戦で焼け野原になった大地に立っていたとしたらどうだろう。



歴史の変わり目に自分がいることに鳥肌が立つ感銘を覚えるだろう。


そしてその時自分はどうしていたのか。

傍観者でいたのか、怒涛の中に参加していたのか。



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人はそれぞれその時代の中で生きている。

そしてそれぞれが時代を作りながら生きている。


自分は、日本人として生まれた。

男として生まれた。

それは否定の仕様がない。


それをそっくり素直に受け入れられるだけでも幸せなことなのだ。

北朝鮮やシリアやマリに生まれていたらどうだろう。

性同一性障害に苦しんでいたらどうだろう。




自分の先祖が、それぞれの時代で、どう生きてきたか、

ルーツを探るのは非常に興味深く、興奮させられる。


その連続性の中に自分はしっかりと存在しているのだ。


自分の祖先は、原始時代をどう生きたのか。

戦国時代をどう生きたのか。

明治維新、何処にいたのか。

戦争をどう戦ったのか。


そして、戦後、経済戦争中でどう生き残ってきたのか。

そして、今、自分は歴史の中でどう位置づけされるのか。



特に政治の世界では、「歴史が証明する」という言葉がよく使われる。

その時の政策が正しかったのか、間違っているのかはその時には判断がつかないからだ。


後で振り返ってみて、初めてわかる。


個人的にも、それは言える。

人生は、判断を迫られながら進んでいく。


その判断が正しかったのか、そうでなかったのかなんて、その時は分からない。

正しいと思って判断を下すのだ。


だが、往々にして間違っていることが多い。

そして人は後悔する。


大概は、やったことより、やらなかったことに後悔するという。


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今思えば、ボクの10代の終わりはしっかりと歴史の中にいた。

19の夏。


ボクは命を懸けて戦っていた。

世の中と、そして自分と。


世の中を理不尽と思い、自分を情けない奴だ思った。


どちらもこのままではいけないと考えていた。

そしてその想いのまま、行動に走っていた。


その時の爽快感と挫折感が今の自分を大きく形成した。



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人は考える葦である(roseau pensant)、とパスカルは言った。



考えて、考えて判断を下す。


だが、判断を下す瞬間は、感情が支配する。

人は、とどのつまり感情の動物である。


感情は、その人の感性に左右される。

感性が豊かな人ほど感情に翻弄されることは少ないだろう。


感性は選択肢の問題だからだ。

選択肢が増えれば増えるほど、人生は豊かになる。


それには経験値が影響する。

幅広い経験を経て、人は豊かになる。



この場合の豊かさとは、物的豊かさではなく、人間的豊かさを指す。

豊かさと幸せの相関関係も、人間的豊かさの方が影響力が強い。




話がそれてしまったが、

結局は

世の中に埋没されずに生きている実感と、

歴史を刻んで生きてきた証が欲しいのかもしれない。




【今日の言葉】

Don't think, feel!

「 考えるな、感じろ!」 (燃えよドラゴン / ブルース・リー)




そのために、経験値を積み、感性を磨け。

2月5日(火)のつぶやき

2013年02月06日 | 音楽