人の夢を実現させる。
そして幸せになってもらう。
そのお手伝いをさせていただく。
これが今の、そしてこれからのボクのミッションだ。
今までずっと、自分が幸せになりたいと願ってきた。
人を蹴落としてでも、自分が幸せでありたいと思ってきた。
だけど、それは間違いで愚かなことだと気付いた。
自分の周囲の人、
縁があって、自分が係わった人の幸せを願うことこそ素晴らしいものだと。
「人の不幸は蜜の味」
Other people's misfortunes have a taste of honey.
といわれる。
たしかに、自分より他人が幸せになるのを見れば
やっかみや嫉妬心で憎たらしくなることがある。
あいつばかりが儲けやがって、と。
正直ボクもそう思う節はあった。
だが、そうではない。
「人の幸福こそ蜜の味なのだ」
Other people's fortunes(happiness) have a taste of honey.
――――――――――――――――――――――――――――――
配偶者やパートナーとうまくやっていく秘訣は、
相手より自分が幸福(裕福)にならないことだ、とも言われる。
なかなか難しいことだが、
最近、自分の周りの人がどんどん幸せになっていく姿を見ていると
嬉しくなってくる自分がいることに気が付いた。
そして、なぜか幸せな気分に浸ることができる。
自分が損をしてでも、相手が幸せになる。
自分はお手伝いをさせていただいているだけだ。
主役は相手、自分はわき役に徹する。
主役を延ばせば自分もひっぱり上げられるのだ。
主役ばかりが目立って、自分の影はドンドン薄くなる、
たしかにそう思える時もある。
自分の存在価値が認められないという一抹の不安もある。
だが、知る人ぞ知る。
Those will appreciate it who can.
お天道様はしっかり見ている。
そう思うと吹っ切れる。
だからボクはいつも言う。
What can I do for you?
―――――――――――――――――――――――――――
時にボクの意に反して逆恨み(mistaken anger)する人もいる。
良かれと思ってアドバイスをしたり、お手伝いをすることを
疎ましく思う(repugnant、cannot stand)人がいることも事実だ。
そして世間ではそういう人の声(悪口)が大きいので
時に誤解を生じる。
そうした風評被害(?)(reputational risk)に耐え、
人の幸せを考えることが自分に課せられた使命であり、試練であると思えば
それもまた楽し哉、と思える今日この頃。
【追記】
人はすべからく感情の生き物である。
人にはいつも抱いている癖のような感情(Habitual Emotions)がある。
いつも笑顔でいる人もいれば
いつも苦虫を潰したような顔をしている人もいる。
表情は感情の表れである。
どんな状況になろうとも
気持ちが明るくあれば自然と笑みがこぼれるだろう。
勘定ばかりしていると感情もどこか暗くなる。
人を恨まず妬まず悪く言わなければ
いつも幸せな気分でいられるのは何故だろう。
反対もまた然り。
そして幸せになってもらう。
そのお手伝いをさせていただく。
これが今の、そしてこれからのボクのミッションだ。
今までずっと、自分が幸せになりたいと願ってきた。
人を蹴落としてでも、自分が幸せでありたいと思ってきた。
だけど、それは間違いで愚かなことだと気付いた。
自分の周囲の人、
縁があって、自分が係わった人の幸せを願うことこそ素晴らしいものだと。
「人の不幸は蜜の味」
Other people's misfortunes have a taste of honey.
といわれる。
たしかに、自分より他人が幸せになるのを見れば
やっかみや嫉妬心で憎たらしくなることがある。
あいつばかりが儲けやがって、と。
正直ボクもそう思う節はあった。
だが、そうではない。
「人の幸福こそ蜜の味なのだ」
Other people's fortunes(happiness) have a taste of honey.
――――――――――――――――――――――――――――――
配偶者やパートナーとうまくやっていく秘訣は、
相手より自分が幸福(裕福)にならないことだ、とも言われる。
なかなか難しいことだが、
最近、自分の周りの人がどんどん幸せになっていく姿を見ていると
嬉しくなってくる自分がいることに気が付いた。
そして、なぜか幸せな気分に浸ることができる。
自分が損をしてでも、相手が幸せになる。
自分はお手伝いをさせていただいているだけだ。
主役は相手、自分はわき役に徹する。
主役を延ばせば自分もひっぱり上げられるのだ。
主役ばかりが目立って、自分の影はドンドン薄くなる、
たしかにそう思える時もある。
自分の存在価値が認められないという一抹の不安もある。
だが、知る人ぞ知る。
Those will appreciate it who can.
お天道様はしっかり見ている。
そう思うと吹っ切れる。
だからボクはいつも言う。
What can I do for you?
―――――――――――――――――――――――――――
時にボクの意に反して逆恨み(mistaken anger)する人もいる。
良かれと思ってアドバイスをしたり、お手伝いをすることを
疎ましく思う(repugnant、cannot stand)人がいることも事実だ。
そして世間ではそういう人の声(悪口)が大きいので
時に誤解を生じる。
そうした風評被害(?)(reputational risk)に耐え、
人の幸せを考えることが自分に課せられた使命であり、試練であると思えば
それもまた楽し哉、と思える今日この頃。
【追記】
人はすべからく感情の生き物である。
人にはいつも抱いている癖のような感情(Habitual Emotions)がある。
いつも笑顔でいる人もいれば
いつも苦虫を潰したような顔をしている人もいる。
表情は感情の表れである。
どんな状況になろうとも
気持ちが明るくあれば自然と笑みがこぼれるだろう。
勘定ばかりしていると感情もどこか暗くなる。
人を恨まず妬まず悪く言わなければ
いつも幸せな気分でいられるのは何故だろう。
反対もまた然り。