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毎日新聞「ロシア兵が大量被ばく報道 チェルノブイリ原発で何があったのか」

2022-04-07 07:03:47 | 転載
ロシア兵が大量被ばく報道 チェルノブイリ原発で何があったのか
毎日新聞 2022/4/2 18:00(最終更新 4/2 21:59)



 ロシアによるウクライナ侵攻で、ウクライナ北部のチェルノブイリ原発を占拠していた多くのロシア兵が被ばくしたと海外メディアが報じた。ロシア軍は2月24日から占拠していた。史上最悪の原子力事故から36年もたったチェルノブイリ原発で、いったい何が起きていたのか。【吉田卓矢】

 ウクライナの国営原子力企業「エネルゴアトム」は現地時間の3月31日、チェルノブイリ原発や周辺の都市からロシア軍の車列が北のベラルーシ国境へ出発したことを確認したと発表した。同原発から撤退したとみられる。ロシア軍は、事故のあった原発周辺の立ち入り制限区域内の「最も汚染された」地域で防御施設やざんごうを構築していたという。エネルゴアトムは「占領者(ロシア軍)は相当量の被ばくをしていた。反乱や脱走の動きも出ていた」と指摘。ウクライナのウクルインフォルム通信によると、放射線の急性症状が出て、パニックに陥ったロシア兵もいるという。


 チェルノブイリ原発は旧ソ連時代の1986年4月に、試験運転中の4号機が暴走して爆発し、大量の放射性物質が飛散した。数百万人が被ばくしたとされ、事故の深刻さを示す国際評価尺度(INES)は最悪の「レベル7」。36年たった現在も廃炉作業は続いており、4号機はコンクリート製の「石棺」で覆われ、その後にアーチ形シェルターをかぶせ、放射性物質のさらなる飛散を防いでいる。

 しかし周辺では、いまだに放射性物質に汚染された場所が残っている。

東京工業大の奈良林直特任教授=東京都目黒区で2019年2月18日、袴田貴行撮影
 これまでに2回チェルノブイリ原発を現地調査している、東京工業大の奈良林直特任教授(原子炉工学)によると、原発の西に広がる森林に、大量の放射性物質が降り注いだ。放射性物質を取り込んだマツの木が枯れて赤茶色になったことから、こうした地域は「赤い森」と呼ばれている。今でも世界で最も汚染された地域の一つとされ、立ち入り制限区域となっている。


 奈良林さんによると、事故後は森の木を伐採したり、土をはぎとったりして除染をしたが、伐採した木材は1・5~2メートルの深さに掘った溝に埋めて処分した。このため、いまでも現地に大量の放射性物質が残っており、かえって地下水が汚染される結果にもなったという。

 今回、ロシア兵はこうした汚染の激しい場所で、適切な指示や十分な知識もないまま、防護服やマスクなどの対策をすることなく、ざんごうを掘るなどしていた可能性がある。奈良林さんは「大量の放射性廃棄物を含んだ砂をスコップで掘り返しているのに等しい。危険な行為で論外だ」と絶句する。


ウクライナ・チェルノブイリ原子力発電所敷地内に停車するロシア軍の戦車とされる映像。EYEPRESSの動画をロイター通信が配信した=2022年2月24日拡大
ウクライナ・チェルノブイリ原子力発電所敷地内に停車するロシア軍の戦車とされる映像。EYEPRESSの動画をロイター通信が配信した=2022年2月24日
 チェルノブイリ原発事故では、プルトニウムやストロンチウムなどの放射性物質も放出された。放射性物質は時間とともに減っていく。量が半分になるまでの期間を「半減期」と言うが、これらの放射性物質は半減期が長く、「ストロンチウム90」は29年、「プルトニウム239」は2万4000年もある。事故から36年がたっても、それほど量は減っていないとみられる。

 これらの放射性物質で問題になるのは、体内に取り込んでしまう内部被ばくだ。

 プルトニウムはアルファ線、ストロンチウムはベータ線という放射線を出す。透過力が低いため紙や薄い金属板などで遮蔽(しゃへい)できるが、人体への影響はエックス線やガンマ線といった他の放射線よりも大きい。もしこうした物質を吸い込んだりのみ込んだりしてしまえば、強い放射線が直接人体にダメージを与え続けるため、外部被ばくよりも深刻な影響を及ぼす。



大阪大学放射線科学基盤機構の中島裕夫准教授=本人提供
 事故の影響などについて2005年までベラルーシの研究者と共同研究し、現地へも4回訪問した大阪大の中島裕夫准教授(放射線基礎医学)は「アルファ線を放出するプルトニウムなどが肺に沈着すれば、細胞の発がんや細胞死などへの影響力は、同じ線量のエックス線やガンマ線の10倍以上ある」と指摘する。

 一度に大量の放射線を浴びれば、吐き気や下痢などの急性症状も引き起こす。奈良林さんは「作業時にこれらの放射性物質を含んだ泥をかぶったり、砂などを吸い込んだりして内部被ばくをしたのではないか。少なくとも数百ミリシーベルトの被ばくをした可能性もある」とみる。

 中島さんは「同じ作業をした兵士の7~8割に同じような症状が出ていれば、被ばくによる影響と見ていいだろう」と話し、「兵士が作業に当たった時間や場所、病院で検出された放射性物質などに注目している」という。

 奈良林さんは「ロシア兵が撤退しても、原発で作業に従事してきた人たちの健康への影響も心配だ」と話す。


1986年に爆発事故を起こしたチェルノブイリ原発=ウクライナで2016年、真野森作撮影
 ロイター通信は、ロシア軍の車両が「赤い森」で放射線防護をせずに汚染された地域を走行したと報じた。さらに、チェルノブイリ原発近辺では森林火災も起きている。こうした影響で、土の中に沈着していた放射性物質が巻き上げられ、汚染が広がってしまう可能性があるという。

 奈良林さんは「この地域は空気が乾燥していると砂ぼこりが起きる。12年に私が調査へ行った時も風向きによって線量が上がった」と指摘する。「ロシア軍が占拠する前の管理状態まで持っていかなければならない」と強調した。