【現代思想とジャーナリスト精神】

価値判断の基軸は自らが判断し思考し実践することの主体であるか否かであると考えております。

ジャニーズ事務所問題と望月衣塑子さん・松尾潔さん

2023-07-06 21:28:36 | 言論と政治
1⃣ 望月衣塑子さんの問題意識

今日15時〜の文化放送の大竹まことのゴールデンラジオの紳士交友録で、音楽プロデューサーの松尾潔さんが、ジャニー喜多川氏の性加害問題に言及し、ジャニーズ事務所やジュリー社長の対応を批判したことなどを理由に、所属するスマイルカンパニーを契約解除になった問題について話します
http://radiko.jp/#QRR

今日発売の日刊ゲンダイで松尾さんが、解除にいたる経緯や理由について書いているようです
山下達郎さんも竹内まりやさんも解除に合意。小杉周水社長は「松尾氏の話は正論だが、山下家、小杉家、藤島家の付き合いは、ビジネスでなく『義理人情』だから」と解除の理由を伝えたそう
膨大な数の元Jr.の被害者の告発を前にしてスマイルカンパニーの小杉社長か解任の理由をこのように説明し、それに山下さんや竹内さんが同意しているというののなら、あまりにショックです
山下さんや竹内さんが今回声を上げている、被害者たちの声をどう受け止め、ジャニーズ事務所がどう変わっていくべきと考えているのか。スマイルカンパニーの姿勢と共に、きちんと説明してほしいと思います

2⃣松尾潔氏の見解 日刊ゲンダイ記事


松尾潔のメロウな木曜日
「スマイルカンパニー契約解除の全真相」弁護士を通じて山下達郎・竹内まりや夫妻の“賛成事実”を確認
公開日:2023/07/06 15:00 更新日:2023/07/06 20:43
憧れと、尊敬と、信頼と(C)日刊ゲンダイ

 おだやかな時間をこよなく愛して生きてきた。そんな自分が、55歳にもなって週刊誌記者に初直撃されようとは。ちっともメロウじゃないなぁ。短い、でもそこそこ長い人生には、時として想像もつかぬ場面が待っていることを思い知った。

 きっかけは、先週土曜(1日)のツイートだ。

「15年間在籍したスマイルカンパニーとのマネージメント契約が中途で終了になりました。私がメディアでジャニーズ事務所と藤島ジュリー景子社長に言及したのが理由です。私をスマイルに誘ってくださった山下達郎さんも会社方針に賛成とのこと、残念です。今までのサポートに感謝します。バイバイ!」


 これがバズった。3日間で表示は何と2800万回を超えた。関心の矛先が向けられたのはまず、スマイルカンパニー(以下、SC)とジャニーズ事務所(以下、J)の関係だったようだ。次が達郎さんだろうか。

 ツイートから24時間以内に、ぼくのもとには10社を超えるメディアから取材依頼が届いた。なかにはアポなしで仕事場を訪ねる記者も出てきたというわけである。彼らには一様に、丁重に断りを入れた。次のコメントは「メロウな木曜日」で出すと決めていますから、と言い添えて。

 ☆ ☆ ☆

■2009年から業務提携

 1978年に山下達郎のマネージメント会社として始まったSCは、大所帯ではなく、強い営業力を誇るわけでもないが、たいへん居心地のよい事務所だった。ブラックミュージック愛好家同士で10年にわたる交流があった達郎さんに誘われて、ぼくの個人事務所は2009年に業務提携を結んだ。


 ぼくは41歳になったばかりだったが、プロデューサー、作詞家、作曲家として、日本レコード大賞や年間最多セールス等は経験済み。だからSCに育ててもらったという感覚はない。むしろ、高まるリタイア願望を持てあましていた時期に、活力を得る場としてSCに合流したというのが実情だ。達郎さんは、いい音楽とおいしいワイン、そして往年の優れた日本映画を教えてくれる最高の先輩だった。時にはそれぞれの配偶者をまじえて多くの夜を一緒にくぐり抜けたことは、人生のうつくしい記憶としてこの先も色褪せないだろう。

 もちろん一緒に仕事もした。アルバム制作のお手伝い。何回ものラジオ共演。達郎さんが序文を寄せたぼくの音楽エッセイ本を、彼の番組でリスナーにプレゼントしたこともあった。出版パーティーでのスピーチも忘れられないなぁ。社長(当時)の小杉理宇造さんのキャリアは寡聞にしてよく知らなかったが、達郎さんがビジネスパートナーとして絶大な信頼を寄せていたのが、そのままぼくが小杉さんを信頼する理由にもなった。はしかのようなリタイア願望は自然と治まった。
小杉さんはJの関連会社の社長も兼務していたから、洋楽畑出身で邦楽事情に明るくないぼくでも、SCがJと近い関係にあることは知っていた。80年代からJのアイドルに作品提供を続けてきた達郎さんも、ジャニー喜多川氏を尊敬していることをメディアで公言していたし。「ジャニー喜多川ってヤバいんでしょ?」とゴシップ趣味で質問をぶつけてくる知人には、たまにJのグループに作品提供したり、番組で共演するくらいの関係のぼくにわかるはずないと答えていた。

 実際よくわからなかったし、そもそも喜多川氏にはさして興味もなかった。そんなことより、SCの旗艦アーティストが山下夫妻という事実がぼくには何より重要だった。ふたりがこの国屈指の高い音楽的イメージと好感度を兼ね備えた夫婦であることは疑いようがない。憧れと、尊敬と、信頼と。それゆえぼくも、当初1回かぎりの予定だったSCとの年間契約を、その後14回も更新したのである。
 蒙を啓かれたのは今年3月。喜多川氏の性加害疑惑の実態を暴く英BBCのドキュメンタリーを観たぼくは、したたかに打ちのめされた。これまで自分は一体どこに立って何を見てきたのだろう。いや、何を見逃してきたのだろう。はげしい悔恨の念に襲われた。だが、過ちては改むるに憚ることなかれ。まずは注視、そして気になるところがあれば声をあげればいい。変えていけばいい。そう自分に言い聞かせた。

 ジャニーズ性加害問題に向きあうとき、自分につよく律しているのは、被害者の古傷をえぐり出すような物言いは絶対にしないこと。それよりは建設的な提言をしたい。なぜならぼくの主目的のひとつはタレントを守ることであり、特定の誰かを攻撃あるいは断罪することではないからだ。
SCで過ごした15年のなかで、Jが魅力的な才能の宝庫であることを痛感してたし、個人的に連絡をとるタレントもいる。彼らの活動をサポートしたいという強い気持ちがある。だからこそ、つとめて理性的で品格を失わない話し方を心がけてきた。

 BBCの番組放映後、元J所属タレントの性被害告発が度重なり、それを受けて藤島ジュリー景子社長が動画と文書で公式見解を発表した。5月14日夜のことだ。たまたま翌15日の朝に福岡RKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』に生出演を予定していたぼくは、スタッフの求めに応じて番組内で見解を述べた。社長は記者会見を開きましょう、第三者委員会を設置しましょう等々。今もネットでその書き起こし記事を読むことができるが、突飛なことは何ひとつ言っていない。終盤のくだりを原文のまま引用する。

「今回の疑惑を放置することは、ジャニーズ事務所だけの問題じゃないと思っています。一番の弊害は、今回の報道やマスコミの有り様を見た子供たちが、もし性犯罪・性暴力の被害者になったとき『声を上げても無駄だ』という諦めの気持ちになるかもしれないことです。疑惑を放置することで、社会全体が諦めの気持ちを子供たちに植え付けかねないのではと怖れを感じています。メディア、広告業界、芸能界だけでなく、みんながこの問題を直視しない限り、性加害や性暴力は、この先もなくならないでしょう。音楽業界に身を置く私も正直つらいです。ましてや、こういう世界に憧れたことがある、あるいは憧れている家族がいる、といった人たちも胸を痛めているはずです。私たち一人一人が、この国が抱える問題として当事者意識を持ち、みんなで膿を出すというところに、舵を切るべきじゃないでしょうか」

 読めば瞭然、これは批判ではなく提言だった。
(ここに入らないので以下の残りは
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/325603/3

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
3⃣ 私見

 望月さんが訴えていることと、松尾氏が力点を置いていることがずれている。
松尾氏は自らの音楽業界でレコード大賞をとるなど、みずからの足跡と音楽業界での人間関係に軸足を置く立場から随想風に述べている。望月さんは、音楽業界が年端もいかない少年たちをプロダクションのトップが少年愛として自分の欲望の対象としつつ、音楽業界でのセールスを著しく伸ばす「商品」として利用している。
 私は2人の考えかたの違いは、報道で事実を追及してきたジャーナリストと、音楽をプロとしてトップセールスを競う業界人の音楽作品・音楽家・歌手や演奏家たちとの長年の付き合いを大事に思う価値観とのずれだ。
 かつてジャニーズ事務所は、ビッグヒットを放った歌手たちの爆弾発言ー人権宣言を体験している。フォーリーブズのメインだった北公次さん、光GENZIのメインボーカル、そして現在勇気ある告発をおこなった方がた。
 最もジャニー喜多川氏の被害を受けた人々の側から少年愛的被害を受けた未成年の子どもの側にたつ望月衣塑子記者と、そのような事実を認識皆無だったとは思わないが、みずからの属する職業の現場で音楽制作に携わってきた松尾潔氏。
 ただこれだけは言えよう。今後に同種の問題が音楽業界・芸能界で起こった時に、「ジャニーズ問題告発体験」を知らなかったとはもはや言えないだろう。芸能界をめざす夢みる少年少女に残酷なフラッシュバック経験を想起させることは、重大な人権蹂躙と人格破壊の犯罪であることを。<了>