【現代思想とジャーナリスト精神】

価値判断の基軸は自らが判断し思考し実践することの主体であるか否かであると考えております。

9月15日中央公聴会、奥田愛基さん意見陳述全文

2015-09-15 20:52:27 | 転載
色平哲郎氏紹介転載

9月15日中央公聴会、奥田愛基さん意見陳述全文
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/264668


 「ご紹介に預かりました、大学生の奥田愛基といいます。
 『SEALDs』という学生団体で活動しております。
 すみません、こんなことを言うのは非常に申し訳ないのですが、先ほどから寝ている
方が沢山おられるので、もしよろしければお話を聞いていただければと思います。僕も
二日間くらい緊張して寝られなかったので、僕も帰って早く寝たいと思っているので、
よろしくお願いします。

 初めに『SEALDs』とは、”Students Emergency Action for Liberal Democracy-s”
。日本語で言うと、自由と民主主義のための学生緊急行動です。
 私たちは特定の支持政党を持っていません。無党派の集まりで、保守、革新、改憲、
護憲の垣根を超えて繋がっています。最初はたった数十人で立憲主義の危機や民主主義
の問題を真剣に考え、5月に活動を開始しました。
 その後、デモや勉強会、街宣活動などの行動を通じて、私たちが考える国のあるべき
姿や未来について、日本社会に問いかけてきたつもりです。

 こうした活動を通して、今日、貴重な機会をいただきました。今日、私が話したいこ
とは3つあります。1つは、今、全国各地でどのようなことが起こっているか。人々がこ
の安保法制に対してどのように声を上げているか。
 2つ目はこの安保法制に関して現在の国会はまともな議論の運営をしているとは言い
がたく、あまりにも説明不足だということです。端的に言って、このままでは私たちは
この法案に関して、到底納得することができません。
 3つ目は政治家の方々への、私からのお願いです。
 まず第一にお伝えしたいのは、私たち国民が感じている、安保法制に関する大きな危
機感です。この安保法制に対する疑問や反対の声は、現在でも日本中で止みません。つ
い先日も国会前では10万人を超える人が、集まりました。
 しかし、この行動はなにも東京の、しかも国会前(だけ)で行われているわけではあ
りません。


 私たちが独自にインターネットや新聞などで調査した結果、日本全国2000ヶ所以上、
数千回を超える抗議が行わわれています。累計して130万人以上の人が路上に出て声を
上げています。
 この私たちが調査したものやメディアに流れているもの以外にも、沢山の集会があの
町でもこの町でも行われています。まさに、全国各地で声があがり人々が立ち上がって
いるのです。
 また、声を上げずとも、疑問に思っている人はその数十倍もいるでしょう。
 強調しておきたいことがあります。それは、私たちを含め、これまで、政治的無関心
と言われてきた若い世代が動き始めているということです。これは誰かに言われたから
とか、どこかの政治団体に所属しているからとか、いわゆる動員的な発想ではありませ
ん。
 私たちはこの国の在り方について、この国の未来について、主体的に一人ひとり、個
人として考え、立ち上がっているのです。
 SEALDsとして活動を始めてから、誹謗中傷に近いものを含む、さまざまな批判の言葉
を投げかけられました。
 例えば『騒ぎたいだけだ』とか、『若気の至り』だとか、そういった声があります。
他にも『一般市民のくせにして、何を一生懸命になっているのか』というものもありま
す。つまり、『お前は専門家でもなく学生なのに、もしくは主婦なのに、お前はサラリ
ーマンなのに、フリーターなのに、なぜ声を上げるのか』ということです。
 しかし、先ほどもご説明させていただきましたように、私たちは一人一人、個人とし
て声をあげています。不断の努力なくして、この国の憲法や民主主義、それらが機能し
ないことを自覚しているからです。
 『政治のことは選挙で選ばれた政治家に任せておけばいい』。この国にはどこか、そ
ういう空気感があったように思います。
 それに対し私、私たちこそがこの国の当事者、つまり主権者であること、私たちが政
治について考え、声を上げることは当たり前なんだということ、そう考えています。
 その当たり前のことを当たり前にするために、これまでも声を上げてきました。そし
て2015年9月現在、今やデモなんてものは珍しいものではありません。路上に出た人々
がこの社会の空気を変えていったのです。
 デモや至るところで行われた集会こそが『不断の努力』です。そうした行動の積み重
ねが基本的人権の尊重、平和主義、国民主権といった、この国の憲法の理念を体現する
ものだと私は信じています。
 私は、私たち一人ひとりが思考し、何が正しいのかを判断し、声を上げることは、間
違っていないと確信しています。また、それこそが民主主義だと考えています。
 安保法制に賛成している議員の方々も含め、戦争を好んでしたい人など誰もいないは
ずです。
 私は先日、予科練で特攻隊の通信兵だった方と会ってきました。70年前の夏、あの終
戦の日、20歳だった方々は、今では90歳です。ちょうど今の私やSEALDsのメンバーの年
齢で戦争を経験し、そして、その後の混乱を生きてきた方々です。
 そうした世代の方々も、この安保法制に対し、強い危惧を抱かれています。私はその
声をしっかりと受け止めたいと思います。そして議員の方々も、どうかそうした危惧や
不安をしっかり受け止めてほしいと思います。
 今、これだけ不安や反対の声が広がり、説明不足が叫ばれる中での採決は、そうした
思いを軽んじるものではないでしょうか。70年の不戦の誓いを裏切るものではないでし
ょうか。
 今の反対のうねりは、世代を超えたものです。70年間、この国の平和主義の歩みを、
先の大戦で犠牲になった方々の思いを引き継ぎ、守りたい。その思いが私たちを繋げて
います。
 私は今日、そのうちのたった一人として、ここで話をしています。つまり、国会前の
巨大な群像の中の一人として、国会にきています。
 第二に、この法案の審議に関してです。
 各世論調査の平均値を見たとき、初めから過半数近い人々は反対していました。そし
て、月を追うごと、反対世論は拡大しています。『理解してもらうためにきちんと説明
していく』と現政府の方はおっしゃられておりました。
 しかし説明した結果、内閣支持率は落ち、反対世論は盛り上がり、この法案への賛成
の意見は減りました。
 選挙の時に集団的自衛権に関してすでに説明した、とおっしゃる方々もいます。しか
しながら自民党が出している重要政策集では、アベノミクスに関しては26ページ中8ペ
ージ近く説明されていましたが、それに対して、安全保障関連法案に関してはたった数
行でしか書かれていません。
 昨年の選挙でも、菅官房長官は『集団的自衛権は争点ではない』と言っています。さ
らに言えば、選挙の時に国民投票もせず、解釈で改憲するような違憲で法的安定性もな
い、そして国会の答弁をきちんとできないような法案を作るなど、私たちは聞かされて
いません。
 私には、政府は法的安定性の説明することを途中から放棄してしまったようにも思え
ます。憲法とは国民の権利であり、それを無視することは国民を無視するのと同義です

 また、本当に与党の方々は、この法律が通ったらどんなことが起こるのか、理解して
いるのでしょうか、想定しているのでしょうか。先日言っていた答弁とはまったく違う
説明を翌日に平然とし、野党からの質問に対しても国会の審議は何度も何度も速記が止
まるような状況です。
 このような状況で一体、どうやって国民は納得したらいいのでしょうか。
 SEALDsは確かに注目を集めていますが、現在の安保法制に対して、その国民的な世論
を私たちが作り出したのではありません。もし、そう考えていられるのでしたら、それ
は残念ながら過大評価だと思います。
 私の考えでは、この状況を作っているのは紛れもなく、現在の与党のみなさんです。
つまり、安保法制に関する国会答弁を見て、首相のテレビでの理解し難い例え話を見て
、不安を感じた人が国会前に足を運び、また、全国各地で声を上げ始めたのです。
 ある金沢の主婦の方がFacebookに書いた国会答弁の文字起こしは、瞬く間に1万人も
の人にシェアされました。ただの国会答弁です。普段なら見ないようなその書き起こし
を、みんなが読みたがりました。
 なぜなら、不安だったからです。
 今年の夏までに武力行使の拡大や集団的自衛権の行使の容認を、なぜしなければなら
なかったのか。それは、人の生き死にに関わる法案でこれまで70年間、日本が行ってこ
なかったことでもあります。
 一体なぜ、11個の法案を2つにまとめて審議したか、その理由もよく分かりません。
一つひとつ審議しては駄目だったのでしょうか。まったく納得が行きません。
 結局、説明をした結果、しかも国会の審議としては異例の9月末まで延ばした結果、
国民の理解を得られなかったのですから、もう、この議論の結論は出ています。
 今国会での可決は無理です。廃案にするしかありません。
 私は毎週、国会前に立ち、この安保法制に対して抗議活動を行ってきました。そして
沢山の人々に出会ってきました。その中には自分のおじいちゃんやおばあちゃん世代の
人や、親世代の人、そして最近では自分の妹や弟のような人たちもいます。
 確かに若者は政治的に無関心だといわれています。しかしながら、現在の政治状況に
対して、どうやって彼らが希望を持つことができるというのでしょうか。関心が持てる
というのでしょうか。
 私は彼らがこれから生きていく世界は、相対的貧困が5人に1人といわれる、超格差社
会です。親の世代のような経済成長も、これからは期待できないでしょう。今こそ、政
治の力が必要なのです。
 どうかこれ以上、政治に対して絶望をしてしまうような仕方で議会を運営するのはや
めてください。
 何も賛成からすべて反対に回れと言うのではありません。私たちも安全保障上の議論
は非常に大切なことを理解しています。その点について異論はありません。しかし、指
摘されたこともまともに答えることができないその態度に、強い不信感を抱いているの
です。
 政治生命をかけた争いだとおっしゃいますが、政治生命と国民一人ひとりの生命を比
べてはなりません。与野党の皆さん、どうか若者に希望を与える政治家でいてください
。国民の声に耳を傾けてください。まさに、『義を見てせざるは勇なきなり』です。
 政治のことをまともに考えることが馬鹿らしいことだと思わせないでください。現在
の国会の状況を冷静に把握し、今国会での成立を断念することはできないのでしょうか

 世論の過半数を超える意見は、明確にこの法案に対し、今国会中の成立に反対してい
るのです。自由と民主主義のためにこの国の未来のために、どうかもう一度考えなおし
てはいただけないでしょうか。
 私は単なる学生であり、政治家の先生方に比べ、このようなところで話すような立派
な人間ではありません。もっと言えば、この場でスピーチすることも、昨日から寝られ
ないくらい緊張してきました。政治家の先生方は毎回このようなプレッシャーに立ち向
かっているのだと思うと、本当に頭が下がる思いです。
 一票一票から国民の思いを受け、それを代表し、この国会という場所で毎回答弁をし
、最後には投票により法案を審議する。本当に本当に、大事なことであり、誰にでもで
きることではありません。それは貴方たちにしかできないことなのです。
 では、なぜ私はここで話しているのか。どうしても勇気をふり絞り、ここにこなくて
はならないと思ったのか。それには理由があります。
 参考人としてここにきてもいい人材なのか分かりませんが、参考にしてほしいことが
あります。
 ひとつ、仮にこの法案が強行に採決されるようなことがあれば、全国各地でこれまで
以上に声が上がるでしょう。連日、国会前は人で溢れかえるでしょう。次の選挙にも、
もちろん影響を与えるでしょう。
 当然、この法案に関する野党の方々の態度も見ています。本当にできることはすべて
やったのでしょうか。私たちは決して、今の政治家の方の発言や態度を忘れません。
 『三連休を挟めば忘れる』だなんて、国民を馬鹿にしないでください。むしろ、そこ
からまた始まっていくのです。新しい時代はもう始まっています。もう止まらない。す
でに私たちの日常の一部になっているのです。
 私たちは学び、働き、食べて、寝て、そしてまた路上で声を上げます。できる範囲で
、できることを、日常の中で。
 私にとって政治のことを考えるのは仕事ではありません。この国に生きる個人として
の不断の、そして当たり前の努力です。私は困難なこの4ヶ月の中でそのことを実感す
ることができました。それが私にとっての希望です。
 最後に、私からのお願いです。SEALDsの一員ではなく、個人としての、一人の人間と
してのお願いです。

 どうか、どうか政治家の先生たちも、個人でいてください。政治家である前に、派閥
に属する前に、グループに属する前に、たった一人の『個』であってください。自分の
信じる正しさに向かい、勇気を持って孤独に思考し、判断し、行動してください。
 みなさんには一人ひとり考える力があります。権利があります。政治家になった動機
は人それぞれ様々あるでしょうが、どうか、政治家とはどうあるべきなのかを考え、こ
の国の民の意見を聞いてください。


 勇気を振り絞り、ある種、賭けかもしれない、あなたにしかできないその尊い行動を
取ってください。日本国憲法はそれを保障し、何より日本国に生きる民、一人ひとり、
そして私はそのことを支持します。
 困難な時代にこそ希望があることを信じて、私は自由で民主的な社会を望み、この安
全保障関連法案に反対します。



 2015年9月15日、奥田愛基。ありがとうございました」

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