幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

阿川佐和子さん 「サワコの朝 野村萬斎さん」 “親しみやすい狂言を“

2015-06-06 08:25:18 | 生き方/考え方
49歳 300回/年公演。父、祖父とも人間国宝。 TV「あぐり」 映画「のぼう城」にも出演。
記憶の中で今も 小学生の時に聞いていた曲「My Sharona」 音が気持ちを発散させるようだった。
稽古しても父に感謝されないことが続いた。 姉3人の4人姉弟で男一人だった。
稽古が終わるまで稽古が終わらない。稽古を止めると親子の関係がなくなるような気がしていた。
学校から帰って父の靴があるとどーんと重い気持ちになった。狂言やっても女子にモテないなと思っていた。
17歳の時演じた。「三番叟」を演じてから気持ちが変わった。どういうのがやればモテるか。
「三番叟」の写真を見て黒澤監督の映画にもでて、監督から「狂言のまま演じて欲しい。」と言われた。
有名な評論家が父(祖父)を世界に通じる一人に上げてくれていた。これらの体験から、狂言は世界に通じることを知った。
それまで内側に向いていた気持ちが外に向かった。そこから自分から狂言に取り組むようになった。

狂言はショートコント?大陸から伝わった人を楽しませる芸の中にモノマネ芸がありそれが狂言になった。
最初から庶民的、お能は悲劇、虚言は笑い。お能は平家物語や源氏の話を素材にしているので、よってきれいな衣装を身に付ける。
狂言は「このあたりのものでござる」で始まるのでお化粧もしない。
三歳のお猿さんの役から始まる、狂言の方が重要なのが型。所作の連続。「ぶす」とい猛毒、実は砂糖の演目がある。
そこの泣く型(両手を広げて目の前に持って来て、しおる 涙を受けている)を紹介した。 スイッチング 泣くのと笑いを瞬時に切り替えることができる。

大きく見せる時は手も足も広くする(実際に表現して)。舞台は下からお客さんが見ている。できればローアングルで撮って欲しい。
31歳で「あぐり」に出て注目を浴びた。萬屋錦之助さんと共演することがあり演技を盗むように見ていた。「心で演技なさい」と言われた。
NHK「にほんごであそぼ」 日本語を伝える番組。身体を使って日本語を伝えて欲しい。“ややこしやややこしや”。 息子が真似ていた。それでそれを紹介した。

息子は15歳で厳しく教えている。小学校低学年の時に、「なぜ狂言を習わないといけないのか?」と尋ねられた。
「俺にもわからない」と答えたら、むすこが、「ずるいな」と。自分にはわからない。強制的に狂言と言うチップを植え付けられた。
そのチップを使って表現するしかない。それが自分の生きることになる。“自分でやろう”と思うやる気がないと難しい。芸は許さないから。

これから狂言でやってみたいこと。
現代下劇 敦 山月記名人伝 父も出演 演出は自分。
二つ目の記憶に残る曲は、アナと雪の「レット・イット・ゴー」。
狂言とはよくわからないもの。それがお姉さんの氷の中に閉じこもっていたのが、解放されるところがが号泣もの。
「振り切っているつもりがまだ背負っているのかもしれない」。 手を広げて手をさすと、その手先から広がって行くようにしていきたい。

感想;
親から強制的与えられたもの(チップ)を自分からやろうと思うようにならないとできない。それは何事にも通じることだと思いました。
ロゴセラピーでは与えられた境遇で、自分がそこでどんな価値を見出すか。
「人生が自分に問いかけてくる。それにYesと言って生きるかどうか」と尋ねられていると考えます。
一流になるにはやはり時間とエネルギーをかける必要があることをあらためて思いました。
時間をかける前に「自分はできない、才能がない」と思っていると。