日本に移り住んで15年。昭和26年に18歳でスクリーンデビュー。昭和28日「君の名」の“真知子役”や「雪口」など多くの映画に出演した日本映画を代表する女優。24歳 イブ・シャンプと結婚してパリに移住。80歳に7掛けした年齢と思うようにしている。
パリの生活 42年。日本とパリの違い。日本は店屋物取れるなど便利。パリは住んでいたところの近くにスーパーがなかったので不便。荷物用のカートがいっぱいで、車輪が取れ、車輪がセーヌ川に転がって落ちたた経験もある。
フランスは農耕民族。でも、パリはパリ国だと思う。パリの人は文化もプライドもあるが毒を少し持っている。バカとエレガンスは同居できる。1968年五月革命の取材に行く予定が、学生と一緒にスクラム組んで参加した。催涙弾を打たれ、翌日目が見えなかった。イブ・モンタンに取材した時、下手な自分が歌いだしたら 「桜んぼの実る頃」をイブ・モンタンが歌いだしてくれた。イスラエルの首相にもインタビューした。多くの有名人に会った。フランスで女友達にもこっぴどき裏切られた。
怪物のような女優になりたくなかった。どこにいっても君の名の岸恵子とレッテルを貼られていた。イブ・シャンプから「あなたを見ていると日本だけに住んでいるのはもったいない」と言われた。「卵の殻を割らなければオムレツは作れない」「人生には二者択一の時がある」。最初は先生のように思っていた。それは結婚してからもそうだったかもしれない。だんだん好きになった。11歳年上。「勇気ある決断では?(サワコさん)」「私は勇気しかないの」。
24歳で結婚。いつのまにか夫婦の間に亀裂。当時たくさんオファーが来た。妻には傍にいて欲しい。映画に出てはいけないとは言わないけど寂しい顔をしているので断った。
木下恵介監督が空港で待っていてくれて 「風花」に是非出て欲しいと言われ、出演したらその後、日本の仕事が多くなって日本にいることが増えた。夫の傍にいる時間が減った。そうしていたら、夫の浮気が発覚した。ある女性が夫の寂しい心に入ってしまった。夫が「とんでもないことは考えないでね」と言われた。「とんでもないこととは?」と尋ねたら「離婚など考えないで欲しい」言われて離婚という方法があることに気が付いた。そこで離婚を言いだした。娘の親権だけ欲しい。
お金は要らないと言ったら、娘の養育費を払う権利があると夫は言って、学費を2年間払ってくれた。2年経った時に、夫の彼女が「恵子のためにたくさんお金を払っている」と言われ、それ以降は断った。
40代で執筆活動を始めた。書くことで落ち着く。「わりなき恋」は80歳で書いた小説。主人公は私。70歳の女性が年下の男性と恋をする。抱き合う。そういうことを書きたかった。恋の中心は若い人。私なんか廃棄物。恋は若者だけのものじゃない。医者に歳を取って恋などできるのか尋ねたら、「恋など考えないと頭が錆ついて行く。恋がなくなって行く人は頭が錆びついて行く」と言われた。歳をとってもまだ輝いてもよいと思って欲しくて書いた。友達から「化け物みたい」と言われると、私は彼女に「あなたの方こそばけものみたい、そんなに皺を作って」と言い返す。のんびりしているとそうなってくる。端数を切り棄てして7掛けする。オシャレをしなさい。孫が来るとお化粧をする。今でものんびりしていない。
朗読劇「わりなき恋」を行っている。 映画にしたかったけど主人公役の女性がいない。
今心に響く歌。愛について教えてくれる曲。エディット・ピアフ。ピアフがボクサーが大好きになり飛行機で来て欲しいと頼んでその飛行機が墜落してしまった時に歌った曲「愛の讃歌」
すぐ恋をしてしまう。望みが高い。立ち振る舞いがきれいな人が好き。現在いない。
パリの生活 42年。日本とパリの違い。日本は店屋物取れるなど便利。パリは住んでいたところの近くにスーパーがなかったので不便。荷物用のカートがいっぱいで、車輪が取れ、車輪がセーヌ川に転がって落ちたた経験もある。
フランスは農耕民族。でも、パリはパリ国だと思う。パリの人は文化もプライドもあるが毒を少し持っている。バカとエレガンスは同居できる。1968年五月革命の取材に行く予定が、学生と一緒にスクラム組んで参加した。催涙弾を打たれ、翌日目が見えなかった。イブ・モンタンに取材した時、下手な自分が歌いだしたら 「桜んぼの実る頃」をイブ・モンタンが歌いだしてくれた。イスラエルの首相にもインタビューした。多くの有名人に会った。フランスで女友達にもこっぴどき裏切られた。
怪物のような女優になりたくなかった。どこにいっても君の名の岸恵子とレッテルを貼られていた。イブ・シャンプから「あなたを見ていると日本だけに住んでいるのはもったいない」と言われた。「卵の殻を割らなければオムレツは作れない」「人生には二者択一の時がある」。最初は先生のように思っていた。それは結婚してからもそうだったかもしれない。だんだん好きになった。11歳年上。「勇気ある決断では?(サワコさん)」「私は勇気しかないの」。
24歳で結婚。いつのまにか夫婦の間に亀裂。当時たくさんオファーが来た。妻には傍にいて欲しい。映画に出てはいけないとは言わないけど寂しい顔をしているので断った。
木下恵介監督が空港で待っていてくれて 「風花」に是非出て欲しいと言われ、出演したらその後、日本の仕事が多くなって日本にいることが増えた。夫の傍にいる時間が減った。そうしていたら、夫の浮気が発覚した。ある女性が夫の寂しい心に入ってしまった。夫が「とんでもないことは考えないでね」と言われた。「とんでもないこととは?」と尋ねたら「離婚など考えないで欲しい」言われて離婚という方法があることに気が付いた。そこで離婚を言いだした。娘の親権だけ欲しい。
お金は要らないと言ったら、娘の養育費を払う権利があると夫は言って、学費を2年間払ってくれた。2年経った時に、夫の彼女が「恵子のためにたくさんお金を払っている」と言われ、それ以降は断った。
40代で執筆活動を始めた。書くことで落ち着く。「わりなき恋」は80歳で書いた小説。主人公は私。70歳の女性が年下の男性と恋をする。抱き合う。そういうことを書きたかった。恋の中心は若い人。私なんか廃棄物。恋は若者だけのものじゃない。医者に歳を取って恋などできるのか尋ねたら、「恋など考えないと頭が錆ついて行く。恋がなくなって行く人は頭が錆びついて行く」と言われた。歳をとってもまだ輝いてもよいと思って欲しくて書いた。友達から「化け物みたい」と言われると、私は彼女に「あなたの方こそばけものみたい、そんなに皺を作って」と言い返す。のんびりしているとそうなってくる。端数を切り棄てして7掛けする。オシャレをしなさい。孫が来るとお化粧をする。今でものんびりしていない。
朗読劇「わりなき恋」を行っている。 映画にしたかったけど主人公役の女性がいない。
今心に響く歌。愛について教えてくれる曲。エディット・ピアフ。ピアフがボクサーが大好きになり飛行機で来て欲しいと頼んでその飛行機が墜落してしまった時に歌った曲「愛の讃歌」
すぐ恋をしてしまう。望みが高い。立ち振る舞いがきれいな人が好き。現在いない。