お宝写真
桃李(とうり)もの言わざれども下(した)自(おのずか)ら蹊(みち)を成す「桃李不言 下自成蹊」
自分の名前の由来、それが書いてある書の前での写真。
父からそういう人物になるような期待を込めて名付けてくれたとのこと。
《「史記」李将軍伝賛から》桃やすももは何も言わないが、花や実を慕って人が多く集まるので、その下には自然に道ができる。徳望のある人のもとへは人が自然に集まることのたとえ。(デジタル大辞泉より)
10周年。手がとてもきれい。爪が大きい。
1988年生まれ。今年最優秀助演男優賞。
「梅ちゃん先生」「わろてんか」で二度夫役。
樹木希林さんが応援してくれていた。本当に孫のように接してくれた。
何故皆から愛されるか、その秘密をサワコが迫る。
1曲目、MONGOL800「小さな恋」、中学時代の初恋の曲。すごく明るい人で元気だった。
思いがつのり、友だちのマンションの下で告白した。ザワザワする気持ちを初めて味わった。
高校行く前にお別れになってしまった。
姉と妹に囲まれたと。ちゃんと人間なんだよを叩きこまれた。お付き合いしていた女の子と一緒に帰っていたのを姉に見られて「あのことはやめた方がよい」とハッキリ言われた。母もはっきりしていた。口数が多かった。父は「そうだね。うんうん」と。父から「女には決して闘うな」と言われた。
それがこの10年に出てきている。常に譲る。
将来何になりたいかはなかった。流されて流されて。「オレンジデイズ」を見て、こんな大学ライフを送りたいと思った。経営学部に入り、サラリーマンになるんだろうなと思った。
戦隊ものにオーディジョンを事務所の勧めで受けたら受かった。
スタートはモデルだった。そんなに仕事もなく、大学通いながらモデルができた。オーデイションに受かるとは思わなかった。「侍戦隊シンケンジャー」
学芸会でやったことがなく、ずっと叱られていた。現場に台本など持ってくるな! テープの立ち位置で間違って叱られた。なんて厳しい現場何だと思った。プロフェッショナルの人たちが集まって作品ができているのだということを身をもって知った。
「梅ちゃん先生」で世間に知られるようになった。両親にも「これで周りにうちの息子が何をやっているかを言えるようになった」と言われた。つい戦隊物の癖が出てしまうことが多い。イケメン男優が戦隊もの出身者が多くなった。菅田が主演男優賞を取って、羨ましいところもあるが、彼の背中を見ている。多彩な人。事務所の忘年会で話すことがある。「来年はどうするつもり」とか。連絡先を交換している。しかし、一回も連絡を取り合ったことがない。現場で会って話をするとか。お互いのプライベートには立ち入らないような関係。
第42回最優秀賞助演男優賞受賞。二宮さんが取るものを思っていた。名前を呼ばれて「えっ」と驚いた。すごく嬉しかった。今までにない役に挑戦するので、ぜひやりたいと言った。役所広司と組む役立った。やったことのない役に向き合いたいと思った。自分のハードルが低いままになるのではないかと思った。これまでのままだと30歳を過ぎてから役ができないのでないかと思った。
映画「ツナグ」で樹木希林さんの孫役。怒られたらどうしよう。帰られたらどうしようと不安だった。一人暮らしと聞かれたのか、お弁当を持ってきてくれていた。バラエティ番組に出るときにも樹木希林さんが一緒に出て下さった。番組に出るときに「立ち位置を明確にした方が良い」と教えてくれた。受賞したときに一緒だと何か言ってくださっていたと思う。「『えー、あー』とか言わないの」と
2曲目、加藤登紀子さん「時には昔の話を」 ジブリの映画のエンディングに流れていた。すごくいい曲だと思いそれで調べたら、加藤登紀子さんだった。それで加藤登紀子さんの曲を聴いた。
加藤登紀子さんに会ったことはない。会ってみたい。
「居眠り磐音」映画で時代劇物を初めて。
感想;
やったことのない役。できるだろうかとの不安。
でもそれにチャレンジすることで自分の可能性を拡げていく。
年を取るにつれ新しいことへのチャレンジのハードルが高くなるようです。
それは新人であり、知らないことばかり、それにチャレンジするのも若さのエネルギーなのかもしれません。
それを持ち続けたいと思いました。
桃李(とうり)もの言わざれども下(した)自(おのずか)ら蹊(みち)を成す「桃李不言 下自成蹊」
自分の名前の由来、それが書いてある書の前での写真。
父からそういう人物になるような期待を込めて名付けてくれたとのこと。
《「史記」李将軍伝賛から》桃やすももは何も言わないが、花や実を慕って人が多く集まるので、その下には自然に道ができる。徳望のある人のもとへは人が自然に集まることのたとえ。(デジタル大辞泉より)
10周年。手がとてもきれい。爪が大きい。
1988年生まれ。今年最優秀助演男優賞。
「梅ちゃん先生」「わろてんか」で二度夫役。
樹木希林さんが応援してくれていた。本当に孫のように接してくれた。
何故皆から愛されるか、その秘密をサワコが迫る。
1曲目、MONGOL800「小さな恋」、中学時代の初恋の曲。すごく明るい人で元気だった。
思いがつのり、友だちのマンションの下で告白した。ザワザワする気持ちを初めて味わった。
高校行く前にお別れになってしまった。
姉と妹に囲まれたと。ちゃんと人間なんだよを叩きこまれた。お付き合いしていた女の子と一緒に帰っていたのを姉に見られて「あのことはやめた方がよい」とハッキリ言われた。母もはっきりしていた。口数が多かった。父は「そうだね。うんうん」と。父から「女には決して闘うな」と言われた。
それがこの10年に出てきている。常に譲る。
将来何になりたいかはなかった。流されて流されて。「オレンジデイズ」を見て、こんな大学ライフを送りたいと思った。経営学部に入り、サラリーマンになるんだろうなと思った。
戦隊ものにオーディジョンを事務所の勧めで受けたら受かった。
スタートはモデルだった。そんなに仕事もなく、大学通いながらモデルができた。オーデイションに受かるとは思わなかった。「侍戦隊シンケンジャー」
学芸会でやったことがなく、ずっと叱られていた。現場に台本など持ってくるな! テープの立ち位置で間違って叱られた。なんて厳しい現場何だと思った。プロフェッショナルの人たちが集まって作品ができているのだということを身をもって知った。
「梅ちゃん先生」で世間に知られるようになった。両親にも「これで周りにうちの息子が何をやっているかを言えるようになった」と言われた。つい戦隊物の癖が出てしまうことが多い。イケメン男優が戦隊もの出身者が多くなった。菅田が主演男優賞を取って、羨ましいところもあるが、彼の背中を見ている。多彩な人。事務所の忘年会で話すことがある。「来年はどうするつもり」とか。連絡先を交換している。しかし、一回も連絡を取り合ったことがない。現場で会って話をするとか。お互いのプライベートには立ち入らないような関係。
第42回最優秀賞助演男優賞受賞。二宮さんが取るものを思っていた。名前を呼ばれて「えっ」と驚いた。すごく嬉しかった。今までにない役に挑戦するので、ぜひやりたいと言った。役所広司と組む役立った。やったことのない役に向き合いたいと思った。自分のハードルが低いままになるのではないかと思った。これまでのままだと30歳を過ぎてから役ができないのでないかと思った。
映画「ツナグ」で樹木希林さんの孫役。怒られたらどうしよう。帰られたらどうしようと不安だった。一人暮らしと聞かれたのか、お弁当を持ってきてくれていた。バラエティ番組に出るときにも樹木希林さんが一緒に出て下さった。番組に出るときに「立ち位置を明確にした方が良い」と教えてくれた。受賞したときに一緒だと何か言ってくださっていたと思う。「『えー、あー』とか言わないの」と
2曲目、加藤登紀子さん「時には昔の話を」 ジブリの映画のエンディングに流れていた。すごくいい曲だと思いそれで調べたら、加藤登紀子さんだった。それで加藤登紀子さんの曲を聴いた。
加藤登紀子さんに会ったことはない。会ってみたい。
「居眠り磐音」映画で時代劇物を初めて。
感想;
やったことのない役。できるだろうかとの不安。
でもそれにチャレンジすることで自分の可能性を拡げていく。
年を取るにつれ新しいことへのチャレンジのハードルが高くなるようです。
それは新人であり、知らないことばかり、それにチャレンジするのも若さのエネルギーなのかもしれません。
それを持ち続けたいと思いました。