https://news.yahoo.co.jp/articles/8da59c5b819ccab0fd4c611cccabb4c670ca03d3 7/31(土) 8:00毎日新聞
メディアプラットフォーム「note」で家庭環境を明かした登威さん。Twitterにも投稿し、多くの人に読まれた(画面の一部を加工しています)
時に暴力的になる父の言動におびえ、いつ何が起こるか分からない緊張感に包まれた家庭だった。父には精神疾患がある。逃れるように、地元から離れた大学に進学した。一人暮らしをしても、つらい記憶にさいなまれ、心が家に縛られたままだった。こうした生い立ちを、ある大学生がSNS(ネット交流サービス)で明かした。なぜ公開したのだろう。その思いを知りたくて、記者は彼に会いに行った。【山田奈緒/デジタル報道センター】
緊急事態宣言が明けた6月下旬、記者と大学2年生の登威(とおい)さん(19)はJR京都駅で待ち合わせた。オンライン取材を経ての初対面。「何でも聞いてください。NGはないんで」。人なつっこい笑顔が印象的な青年だった。
◇周囲の大人に募る不信
幼いころは父が病気という認識はなかった。ぼんやりと、家に薬がたくさんあったような気はする。父は母とのけんかが絶えず、酒が入ると暴力や暴言はエスカレートする。家族に包丁を向けて「殺すぞ」とすごみ、母の首を絞めることもあった。見たくも聞きたくもない騒ぎばかりが起きた。
地元は静岡。登威さんはプロサッカー選手を夢見ていた。小学生のころから強豪チームで活躍した。そんな息子を見ると父は機嫌が良かった。活躍できないと父から暴言を浴びたり、家に帰る道すがらにサッカー用具を投げ捨てられたりしたが、父の衝動的な言動もけんかの絶えない家庭も「これが普通」と疑わなかった。「サッカーが好きで、サッカーがあったから耐えられたのかもしれない」と言う。
だが、成長するにつれ周りの家庭環境が見えてくると、友達の家庭のような「幸せ」が、自分の家にはないように思えた。自身の境遇を恥じ、恨むようになった。母は、父の病気や家計の状況などを説明してくれず、世間体を気にして父がひどく暴れても警察を呼ぼうとしない。周囲の大人が自分勝手に思え、不信や憤りが募った。ため込んだイライラは性格にもサッカーにも影響した。今思えば、中学生のころの自分は、友達への接し方もサッカーのプレーも荒れていた。
◇父にビクビク、気を使う日々
父も母も「外では普通」だった。両親は「子どもを見守る良き父、良き母」であろうとしていた。だからこそ、誰にも家庭の状況や不安を打ち明けられず、父の期待に応えるかのように、サッカーの強豪高校に進学した。
父の精神状態は登威さんのサッカーの活躍と連動しているようで、活躍すれば調子が良く、ケガなどで調子を落とすと荒くれた。つらい時、父から優しい言葉はほとんどなかった。
「父の暴れるスイッチが入らないように、いつもビクビク、気を使っていた感じ」。問わず語りのような父の長話に付き合うなど、なんとか機嫌良くいてもらうことばかり考えていた。
政府が4月に公表した中高生への実態調査の結果からは「親が精神疾患」という構図がヤングケアラーの代表的な類型の一つであることが読み取れる。子どもが親の不安定な言動を長い時間受け止めたり、なだめたり、感情的なケアを担っていることが多い。幼くして家庭の精神的なよりどころになっているケースは珍しくない。
◇共感できる仲間との出会い
登威さんはケガもあり、高校でサッカーをやめた。大阪の大学に進み、家を離れた。「お父さん、お母さんのこと殺していないかな」。夜な夜な嫌な思い出がよみがえった。
心の晴れない日々が続いていたが、昨年末に大きな転機が訪れる。偶然に目にした大学生の女性のTwitter。そのプロフィルに「親が双極性障害」と書いてあった。「同じような人がいる」。驚いて連絡を取り、話し込んだ。
どこに居ても頭を離れない家族への不安、どうせ誰にも分かってもらえない孤独、生きる意味が見えない絶望――。初めて言葉にして伝えた。彼女も同じような思いを抱いた経験をしていた。共感しあえる人との出会いに心が洗われた。
その女性は「子どもや若者が、同じような悩みや痛みを打ち明けられる居場所を作りたい」という構想を持っていた。connection(つながり)やtrust(信頼)などの頭文字をとって「CoCoTELI(ココテリ)」。そう名付けたオンラインのコミュニティー作りに、登威さんも加わった。
登威さんは、心の病のある親を持つ高校生や大学生を支援する組織としてココテリを育てていく決意を込め、メディアプラットフォーム「note」で自身の生い立ちを公開することにした。noteを書き進めると、両親への感謝の思いが自然と湧き出てきた。共感できる仲間との出会いが自分を変えた、と感じる。「父も母も、自慢の息子だと大切に思ってくれているんだと思います。サッカーも大学進学も応援してくれた」。noteに家庭環境などをアップすると、友人たちは驚いたが、ばかにしたり冷やかしたりする反応は一つもなかった。
◇話せないこともある
「病気も、病気の家族も、恥ずかしいことじゃない」。インタビューで前向きな言葉を続けた登威さんだが、「NGはない」としつつ、口にしづらいこともある。中学や高校のころ「親、何してる人?」という何気ない話題が苦痛だったように、今も父の仕事や家庭の経済的な苦労を明かすのにはためらいがある。「話せば父を傷つけるかもしれない。父には父のプライドもあると思うから」
生い立ちを公開したことに悔いはないが、懸念はある。親に批判の目が向くことだ。「ひどい親だ」と言ってもらいたいわけではない。「いろいろあったけど、やっぱり好きな父と母」なのに、悪く言われれば自分も傷つく。問題なのは、精神疾患を隠さなければいけないような社会の雰囲気なのではないか。
ココテリに集う人には、胸の内や体験のすべてを語ってほしいわけではない。すべてを語る必要もないと考える。「家族を憎み抜いているような人も、何も語りたくない人もいるはず。話してくれた分のつらさを、受け止め合う場所にしたい」と話す。
今、ココテリの運営を安定させようと、大学の勉強の傍ら、資金繰りや専門家のサポート態勢の整備に向けて奔走している。子ども支援の実践者や起業家、福祉の専門家らと交流し、勉強を重ねる。「子どものころの楽しい思い出は少ないけれど、今はもう恥ずかしいとは思わない」。こんな気持ちになるなんて、半年前は想像もしなかった。自分の変化と積極性に驚く。
「少しのきっかけで見える世界は変わる。僕も誰かのきっかけになれたら」。夢に向かい、忙しい日々が続く。
<今がんばっている君へ 登威さんのメッセージ>
励ましの言葉は簡単には言えないけれど、もし、誰にも辛さを話せないのなら、無理して話さなくても大丈夫。ただ、スポーツや音楽、友達など、今好きなことを大切にして欲しい。あなたを受け止めてくれる人は必ずいる。だから、希望を捨てないで。
感想;
苦難に耐えることは大変です。
それに押しつぶされてしまうこともあるでしょう。
その苦難を糧に、同じような苦しみを味わっている人の手助けをすることに意味を見いだして活動を行われています。
それが苦難がより意味を持ってくるのでしょう。
そして、自分に向いていた視線が仲間に向くことで自分の気持ちも前向きになっているのだと思います。