幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

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「なぜ世界は存在しないのか」マルクス・ガブリエル著 ”意味は無限に存在する世界”

2023-09-13 11:30:22 | 本の紹介
・新しい哲学の原則を示してみせたいと思っています。この哲学の出発点となる基本思想は、ごく単純なものです。すなわち、世界は存在しない、ということです。・・・私の主張によれば、あらゆるものが存在することになる-ただし世界は別である。
 第二の基本思想は、新しい実在論です。

・ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』
①世界とは、成立していることがらの総体である。
②世界は事実の総体であって、物の総体ではない。

・わたしたちは、いったい自分が何を知らずにいるのかを、まるで知らずにいることも多い。

・重要な五つの結果
①宇宙は物理学の対象領域である。
②対象領域は数多く存在している。
③宇宙は、数多くある対象領域のひとつにすぎず(大きささの点で最も印象的なのが対象領域であるとしても)、したがって存在論的な限定領域にほかならない。
④多くの対象領域は、話の領域である、さらにいくつかの対象領域は、話の領域でしかない。
⑤世界は、対象ないし物の総体でもなければ、事実の総体でもない。世界とは、全ての領域にほかならない。

・新しい実在論は、次の二つのテーマからなっています。
第一に、わたしたちは物および事実それ自体を認識できるということ
第二に、物および事実それ自体は唯一の対象領域にだけ属するわけではないということです。存在しているのは、物質的な対象ばかりではありません。たとえば、論理法則や、人間による認識も存在しています。わたしたちは、そのようなものも物質的対象とまった同じように認識することができるからです。ここでわたし自身が主張したい新しい実在論は、意味の場の存在論にほかなりません。すなわち、わたしたちが認識するいっさいのものは、それぞれ何らかの意味の場に現象するという主張です。

・19世紀初頭にドイツ観念論の思想家たちは、意味-ここで言う「意味」とは「理解される」ということにほかなりません-を精神と呼びました。


・人間とは、自分が何なのか・誰なのかを知ろうとする存在です。

・人間とは自身が何なのか知りません。だから探求を始めるのです。人間であるとは、人間とは何なのかを探求しているというこにほかなりません。

・宗教の源となるのは、いかにしてこの世界に意味が存在しうるのか-それも、わたしたちが好き勝手に捏造することなく理解できる意味が存在しうるのか-を理解したい、という要求です。こう考えてみれば、宗教とは意味の探求の一形態であると言って間違いありません。

・よく人間は、さまざまな自己不信や不安に襲われます。しかし、だからこそ自信をもつこともできるし、思い上がることさえできる。人間の心のスペクトルは、いわゆる感情よりもずっと豊かなものです。深い自己不信にせよ、固い自己確信にせよ、たんに怒りや喜びなどの感情に尽きるものではなく、精神の表現にほかなりません。精神が病むこともありえます。つまり、たんなる感情的な障害には尽きない精神病というものがあるわけです。少なからぬ精神病にたいする治療が、自身にたいするみずからの態度を患者が初めて自覚していくことで行われます。この自らの態度のもとでこそ、無意識のうちに患者は苦しんでいるからです。それを自覚するなかで目指されているのは、感情的にも安らぎをもたらしうる新たな自己関係を築き上げることにほかなりません。

・キルケゴールによれば、精神とは自己にたいする関係です。であれば、わたしたちが自らを観察する仕方、およそ自らを見る仕方が、わたしたちの精神を示してくれるわけです。わたしたちの実存とは、わたしたちがいつでも意識しているわけではない、わたしたち自身の事故関係のあり方にほかなりません。精神とは、何らかの自己関係が確立され、維持されている状態のことです。そのさい、わたしたちの自己関係は、つねに他人にたいするわたしたちの関係の一部でもあります。他人にたいして開かれていることが可能であるのも、それ以前に、まずわたしたち自身が自らにとっても他者だからです。

・芸術の意味は、わたしたちを意味に直面させることにあります。

・芸術と同じように、ユーモアもまた「思考の自由にゆる快」として、わたしたちが自己制御のために自らに課している思考の束縛から、わたしたちを解放してくれます。ユーモアは、対象にたいして距離をとらせ、対象の意味を示してくれる。いわば、わたしたちの顔面に鏡を差し出し、私たち自身姿を見せてくれる。

・ライプニッツ
 同じ街が、異なった側面から観られるとまったく違って見え、いわば見方によって多様化されているのと同じように、単純実体の無限な多様性によって、同じく無限に多くの宇宙があることになる。とはいえ、それらの宇宙は、個々のモナドの様々な視点から観られた、ひとつの宇宙のさまざまな見え方にほかならない。

・わたしたちは、無限なもののなかに道を切り拓いて進んでいます。わたしたちが認識するものは、どれも無限なものから切り取った断片にほかなりません。しかし無限なものそれ自体は、ひとうの全体でもなければ、超対象として存在しているものでもありません。むしろ存在しているのは、果てしない意味の炸裂です。わたしたち自身、この果てしない意味の炸裂に参与している。

・存在するいっさいのものが、無限に数多くの意味の場のなかに同時に現象しうるからにほかなりません。わたしたちが知覚しているとおりの在り方しかしていないものなど存在しない。むしろ無限に数多くの在り方でした、何ものも存在しない。これは、ずいぶんと励みになる考えではないでしょうか。

・人生の意味の問いにたいする答えは、意味それ自体のなかにあります。わたしたちが認識したり変化させたりすることのできる意味が、尽きることなく存在している-このこと自体が、すでに意味にはかなりません。ポイントをはっきりさせて言えば、人生の意味とは、生きることということにはかなりません。つまり、尽きることのない意味に取り組み続けるということです。幸いなことに、尽きることのない意味に参与することが、わたしたちに許されています。そのさい、わたしたちが必ずしもつねに幸福に恵まれているわけではないことは、おのずからわかります。必要のない苦しみや不幸が存在することも事実です。しかし、そのようなことは、人間という存在を新たに考え直し、わたしたち自身を倫理的に向上させていくきっかけとすべきものなのだろうと思います。こうしたことを背景として大切なのは、わたしたちの存在論的状況を明らかにすることです。人間は、この現実の基本構造にたいする自らの考えに関しても、つねに変化し続けるからです。これに続くべき次の一歩は、すべてを包摂する基本構造なるものを断念すること、その代わりに、現に見られる数多くの構造をもっとよく、もっと先入観なく、もっと創造的に理解するべく共同で取り組むことです。わたしたちは何を維持すべきで、何を変えるべきなのかを、いっそうよく判断できるようにならなければなりません、あらゆるものが存在しているからといって、あらゆるものがよいということにはならないからです。わたしたちは、皆でともに途方もない、探検のさなかにいる-どこでもない場所からここに到達し、ともに無限なものへとさらに歩みを進めているさなかにいるのです。

今、世界中で注目される哲学者マルクス・ガブリエル。その名を一躍有名にしたベストセラー、待望の邦訳!

20世紀後半に一世を風靡した「ポストモダン」と呼ばれる潮流以降、思想界には多くの人の注目を浴びるような動きは長らく不在だったと言わざるをえません。
そんな中、21世紀の哲学として俄然注目されているのが、新たな実在論の潮流です。中でもカンタン・メイヤスーは「思弁的実在論」を主張し、思想界をリードする存在になっています。それは「人間が不在であっても実在する世界」という問いを投げかけ、多くの議論を巻き起こしましたが、その背景にはグローバル化が進んで国家や個人の意味が失われつつある一方で、人工知能の劇的な発展を受けて「人間」の意味そのものが問われつつある状況があるでしょう。
こうした新たな問いを多くの人に知らしめたのが、本書にほかなりません。「新しい実在論」を説く著者ガブリエルは1980年生まれ。2009年に史上最年少でボン大学教授に就任したことも話題になりましたが、2013年に発表された本書がベストセラーになったことで、一躍、世界的スターになりました。
本書のタイトルにもなっている「なぜ世界は存在しないのか」という挑発的な問いを前にしたとき、何を思うでしょうか。世界が存在するのは当たり前? でも、そのとき言われる「世界」とは何を指しているのでしょう? 「構築主義」を標的に据えて展開される本書は、日常的な出来事、テレビ番組や映画の話など、豊富な具体例をまじえながら、一般の人に向けて書かれたものです。先行きが不安な現在だからこそ、少し足を止めて「世界」について考えてみることには、とても大きな意味があることでしょう。
「です、ます」調の親しみやすい日本語になった今注目の書を、ぜひ手にしてみてください!

【目次】
哲学を新たに考える
I これはそもそも何なのか、この世界とは?
II 存在するとはどのようなことか
III なぜ世界は存在しないのか
IV 自然科学の世界像
V 宗教の意味
VI 芸術の意味
VII エンドロール──テレビジョン

感想
 哲学書は難しくわかり難いです。
ただ、著者が主張しているのは①意味を見出せる世界がある。
②その意味は無限にあると理解しました。

ヨハネ福音書
「はじめに言(ことば)があった。 言は神と共ともにあった。言は神であった」
言葉はギリシャ語で、”意味”でもあります。
世界は意味が神とともにあったことになります。

一人ひとりの意味は無限にあるとのことです。
生きる意味は、”生きること”だと。
きっと意味の探求が生きる意味なのかもしれません。

五木寛之さんも人生の目的はさがすことと言われていました。
そのためにまずは何があっても生き続けることであると。
『人生の目的』講談社BOOK具楽部より
人生の目的は、「自分の人生の目的」をさがすことである。自分ひとりの目的、世界中の誰ともちがう自分だけの「生きる意味」を見出すことである。

ロゴセラピーは人生から「さあどうしますか?」と問われと考えます。
その状況での意味を考え続け実践することで価値を見出すと考えます。