どうして私は、まず動物たちとの生活のいやな面から筆をおこすのだろう? それはこのいやな面をどれくらい我慢できるかによって、その人がどれくらい動物を好いているかが、わかるからなのだ。
・アクアリウム(水槽)のせまい空間の中では、大きなゲンゴロウの幼虫が2、3匹いると、ほぼ半センチ以上の大きな動物を2.3日足らずで食べつくしてしまう。それからは? もっぱら共食いだ。
・いよいよその時期(産卵後)になったとき、私はメスを交換した。・・・。(宝石魚オス・ナンバー2は、交換されたメス・ナンバー1の妻をただちに受け入れた。オス・ナンバー1とその小魚たちからメス・ナンバー1をとりさって、交換にメス・ナンバー2を入れてやったほうのアクアリウムでは、事態はまったく別だった。何の邪念もないメスの無防備な横原めがけて猛然とおそいかかる始末であった。私はあわてて手を出して、メスを救ってやらねばならなかった。
・私の14羽のコクマルガラスには、危険を知らせてくれるものがだれもいなかった。警告してくれる親鳥がいないので、若鳥はネコがそおっと忍びよってきても平気でいた。獰猛な野良イヌが鼻先をつきつけてきても一向にこわがる様子はなく、自分を育ててくれた人間とおなじく安全で親しいものだと思いこんでいるらしかった。
・この事件(コクマガラスのオスが王位を奪う)で異様なのは、順位の転覆そのものより、それまで大多数の仲間からつれなくあしらわれていたその小さなメスが今日からは「大統領夫人」であって、だれももう白い目でにらんではならぬということが、群れじゅうにさっと伝わったそのはやさである。なおふしぎなのは、彼女自身がそれを知っているということだ。
・1929年の秋、150羽から200羽ちかいコクマルガラスとミヤマガラスの大群が、渡りの途中でわれわれの家のちかくの野原に露営したことがあった。すると私のコクマガラスの1年生と2年生たちは、みなこの大群にまぎれこんでしまい、どこにいるかもわからなくなった。家にはわずかに数羽の年長の鳥が残っているにすぎなかった。私はこれはとんでもないことがおこったと思った。この2年間の研究はもはや水の泡になったかと思った。若いコクマガラスたちにとって、渡りの群れがどれほど強い魅惑であるかもわかっていた。そしてもしこのときゲルブグリューンとブラウゲルブがいなかったら、私の2年間の研究は、ほんとに無に帰していたことであろう。彼らは何度も安堵も家から野原に飛んでいき、そこでちょっと信じられないようなことをなしとげた。2羽のオスたちは入り乱れた大群の中から「われわれの」コクマガラスを1羽1羽さがしだした。「糸を引くように」家へ連れて帰った。たくさんの若鳥たちのうちで失われたのは、結局のところ2羽にすぎなかった。
・ソロモンの指輪
旧約聖書のノベルところにしたがえば、ソロモン王はけものや鳥や魚や地を這うものどもと語ったという。そんなことは私にだってできる。ただ古代の王様のゆおに、ありとあらゆる動物と語るわけにはいかないだけだ。その点では私はソロモンにはかなわない。けれど私は、自分のよく知っている動物となら、魔法の指輪などなくても話ができる。この点では私のほうがソロモンより一枚うわてである。
ソロモンは指輪なしでは彼にもっとも親しい動物のことばする理解できなかった。そして彼が指輪を失ったとき、動物の世界にたいする彼の心は閉ざされてしまった。彼の999人のお妃の一人が若い男を愛していると、1羽のナイチンゲールがこっそり彼に告げたとき、彼は怒りのあまり指輪を投げ捨ててしまったのだ。
・メスイヌのシュタジーがなにか悪いものを食べて、そのため夜中に「外へ用足しに」ゆく必要が生じたことがあった。その日私はひどく疲れていたので、ぐっすり寝込んでいた。シュタジーは私を起こそうとしていつもの合図をくりかえしたが、さっぱりききめはない。彼女がいつものとおり鼻で私を打ち、クンクン鳴いても、私は深く毛布に潜り込んでしまうばかり。ついに彼女は意を決して、私のベッドにとびあがり、前足で私を毛布から掘りだして、あっさりベッドからほうりだした。当面の目的に応じてこのように手段を変えるという柔軟性は、鳥類の表現運動や信号声にはまったくみられないものである。
・動物生理学者フリッシェ教授は時間を切ってこのインコ(オオガミドリインコ)を部屋に放すことにしていた。つまり、インコが糞をしたのをみとどけてから10分だけ、というわけで、それなら立派な家具が汚される心配がなかったからである。このへんのものごとのつながりを、インコはたちまちにして覚えてしまった。彼は籠から出してもらいたくてたまらない。そこでフリッシュ教授が籠に近よるたびに、ウンウン力んで、これみよがしにチョロリと糞をするのであった。ところが当然出してもらえると思ったのに、さっぱりそうならない。彼はわけがわからなくなった。彼は今にも死にそうなほど苦しみだした。こうなったらしかたがない。そばへゆくたびに放してやるほかはなかった。
・いつのまにか、この見張りという役目(サーベルタイガーや洞ぐまなどという当時の巨大猛獣が近づいたら、すさまじい声でわめきだしてくれる)に狩りの手伝いという役目が加わった。それまでの、おこぼれをあてにして狩人たちについてきたジャッカルの群れは、いつのまにか、狩人の後ではなくて前を走るようになり、えものの足跡をつけて、えものを狩りだすようになったのである。人間の手をかりず自力ではとうてい狩りとれない大きなえものをおこぼれを食べるのが習慣になった。
・マガモのヒナについて実験していた。人工孵卵でかえしたマガモのヒナはおなじようにしてかえしたハイイロガンのヒナとまるでちがい、まるきり人に慣れず、きわめて臆病である。どうしてなのか? そのわけを知るのがこの実験の目的だった。ハイイロガンのヒナは、彼らが卵からかえって最初に目にした生きものである人間を何一つ疑うk十なく自分たちの母親として受け入れてしまう。そして人間のあとについては知ってゆく。これにたいしてマガモのヒナは、私になんの関心もしめそうとしない。かえったばかりのヒナを孵卵器からどりだすと、彼らはまだ何にも知らないはずなのに私をこわがるそしてわっと司法へ逃げ散って、いちばん近い暗いすみっこにうずくまってしまうのである。なぜ二つの種類でこんなにもちがうのだろう? 私はふと思い当たった。以前私は1羽のトルコガモにマガモの卵をかえさせたことがある。そのときマガモのヒナたちは、この育て親から逃げていった。・・・。一方ではまた、1羽の大きな白いアヒルに、やはりマガモの卵を抱かせてみたことがある。このときは話が逆で、マガモのヒナたちはまるでほんとうの母親にたいするように、満足げにアヒルのうしろからついて歩いた。秘密はどうも先に立って歩く鳥の叫び声にあるらしい。外見からいえばマガモの母親に似ているのはむしろトルコガモのほうである。真っ白い大きなアヒルは、マガモとはずいぶんちがっている。アヒルとマガモに共通なのは鳴き声だ。マガモはアヒルの先祖である。・・・
マガモのヒナたちをついてこさせるには、私が母親ガモそっくりの鳴き声を出せばよいのかもしれない。・・・。ヒナたちがかえって体がかわくとすぐ、私はできるだけ上手なマガモ語でヒナたちをよんでみた。数時間後、いやまる半日それをつづけた。首尾は上々であった。子ガモたちは信頼しきったように私を見上げ、私をおそれる気色などさらになかった。私がたえずゲッゲッゲッ・・・といいならがゆっくり歩きだすと、彼らもすなおに歩きだし、ちょうど母親についてゆくときとおあんじようににんなくっつきあって、私のあとからチョコチョコついてくるのだった。私の仮説はみごとに実証された。
感想;
動物をよく知るには一緒に生活してよく観察することのようです。
動物には遺伝子に情報が入っているのがあるのでしょう。
それと生まれてから学ぶこともあります。
一緒の時間が増えることが仲良くなる秘訣のようです。
そこには相手のことを思う気持ちが大切なのでしょう。
ロゴセラピーでは、”バイザイン”という言葉があります。
その人の傍らにいることです。
自分のことを思ってくれて一緒にいてくれる人がいる。
特に辛いときそれが大きいのでしょう。
-ロゴセラピー(ヴィクトール・フランクル「夜と霧」)-
ある話を思い出しました。
「神様、これまでの足跡を振り返ると、神様は私と一緒に歩いてくださっていました。でも私が一番苦しいとき、足跡が1つでした。なぜ一番苦しいとき、私を一人にされたのですか?」
「あなたが一番苦しいとき、私はあなたを背負って歩いていました」
もう一つ、神田うのさんのCM
「皆、うののことを悪く言う」
「うのちゃんは悪くないよ」
「そう言ってくれるのはしんちゃんだけだよ」
「ぼくはうのちゃんの味方だよ。たとえ世界を敵に回しても」
https://www.youtube.com/watch?v=HqD3ufT6Op4
一人でも世界が敵に回っても信じてくれて傍らにいてくれる人がいることはとても心強いです。
そういう人がいると自分が信じる道を歩む勇気を持つことができるのでしょう。
・アクアリウム(水槽)のせまい空間の中では、大きなゲンゴロウの幼虫が2、3匹いると、ほぼ半センチ以上の大きな動物を2.3日足らずで食べつくしてしまう。それからは? もっぱら共食いだ。
・いよいよその時期(産卵後)になったとき、私はメスを交換した。・・・。(宝石魚オス・ナンバー2は、交換されたメス・ナンバー1の妻をただちに受け入れた。オス・ナンバー1とその小魚たちからメス・ナンバー1をとりさって、交換にメス・ナンバー2を入れてやったほうのアクアリウムでは、事態はまったく別だった。何の邪念もないメスの無防備な横原めがけて猛然とおそいかかる始末であった。私はあわてて手を出して、メスを救ってやらねばならなかった。
・私の14羽のコクマルガラスには、危険を知らせてくれるものがだれもいなかった。警告してくれる親鳥がいないので、若鳥はネコがそおっと忍びよってきても平気でいた。獰猛な野良イヌが鼻先をつきつけてきても一向にこわがる様子はなく、自分を育ててくれた人間とおなじく安全で親しいものだと思いこんでいるらしかった。
・この事件(コクマガラスのオスが王位を奪う)で異様なのは、順位の転覆そのものより、それまで大多数の仲間からつれなくあしらわれていたその小さなメスが今日からは「大統領夫人」であって、だれももう白い目でにらんではならぬということが、群れじゅうにさっと伝わったそのはやさである。なおふしぎなのは、彼女自身がそれを知っているということだ。
・1929年の秋、150羽から200羽ちかいコクマルガラスとミヤマガラスの大群が、渡りの途中でわれわれの家のちかくの野原に露営したことがあった。すると私のコクマガラスの1年生と2年生たちは、みなこの大群にまぎれこんでしまい、どこにいるかもわからなくなった。家にはわずかに数羽の年長の鳥が残っているにすぎなかった。私はこれはとんでもないことがおこったと思った。この2年間の研究はもはや水の泡になったかと思った。若いコクマガラスたちにとって、渡りの群れがどれほど強い魅惑であるかもわかっていた。そしてもしこのときゲルブグリューンとブラウゲルブがいなかったら、私の2年間の研究は、ほんとに無に帰していたことであろう。彼らは何度も安堵も家から野原に飛んでいき、そこでちょっと信じられないようなことをなしとげた。2羽のオスたちは入り乱れた大群の中から「われわれの」コクマガラスを1羽1羽さがしだした。「糸を引くように」家へ連れて帰った。たくさんの若鳥たちのうちで失われたのは、結局のところ2羽にすぎなかった。
・ソロモンの指輪
旧約聖書のノベルところにしたがえば、ソロモン王はけものや鳥や魚や地を這うものどもと語ったという。そんなことは私にだってできる。ただ古代の王様のゆおに、ありとあらゆる動物と語るわけにはいかないだけだ。その点では私はソロモンにはかなわない。けれど私は、自分のよく知っている動物となら、魔法の指輪などなくても話ができる。この点では私のほうがソロモンより一枚うわてである。
ソロモンは指輪なしでは彼にもっとも親しい動物のことばする理解できなかった。そして彼が指輪を失ったとき、動物の世界にたいする彼の心は閉ざされてしまった。彼の999人のお妃の一人が若い男を愛していると、1羽のナイチンゲールがこっそり彼に告げたとき、彼は怒りのあまり指輪を投げ捨ててしまったのだ。
・メスイヌのシュタジーがなにか悪いものを食べて、そのため夜中に「外へ用足しに」ゆく必要が生じたことがあった。その日私はひどく疲れていたので、ぐっすり寝込んでいた。シュタジーは私を起こそうとしていつもの合図をくりかえしたが、さっぱりききめはない。彼女がいつものとおり鼻で私を打ち、クンクン鳴いても、私は深く毛布に潜り込んでしまうばかり。ついに彼女は意を決して、私のベッドにとびあがり、前足で私を毛布から掘りだして、あっさりベッドからほうりだした。当面の目的に応じてこのように手段を変えるという柔軟性は、鳥類の表現運動や信号声にはまったくみられないものである。
・動物生理学者フリッシェ教授は時間を切ってこのインコ(オオガミドリインコ)を部屋に放すことにしていた。つまり、インコが糞をしたのをみとどけてから10分だけ、というわけで、それなら立派な家具が汚される心配がなかったからである。このへんのものごとのつながりを、インコはたちまちにして覚えてしまった。彼は籠から出してもらいたくてたまらない。そこでフリッシュ教授が籠に近よるたびに、ウンウン力んで、これみよがしにチョロリと糞をするのであった。ところが当然出してもらえると思ったのに、さっぱりそうならない。彼はわけがわからなくなった。彼は今にも死にそうなほど苦しみだした。こうなったらしかたがない。そばへゆくたびに放してやるほかはなかった。
・いつのまにか、この見張りという役目(サーベルタイガーや洞ぐまなどという当時の巨大猛獣が近づいたら、すさまじい声でわめきだしてくれる)に狩りの手伝いという役目が加わった。それまでの、おこぼれをあてにして狩人たちについてきたジャッカルの群れは、いつのまにか、狩人の後ではなくて前を走るようになり、えものの足跡をつけて、えものを狩りだすようになったのである。人間の手をかりず自力ではとうてい狩りとれない大きなえものをおこぼれを食べるのが習慣になった。
・マガモのヒナについて実験していた。人工孵卵でかえしたマガモのヒナはおなじようにしてかえしたハイイロガンのヒナとまるでちがい、まるきり人に慣れず、きわめて臆病である。どうしてなのか? そのわけを知るのがこの実験の目的だった。ハイイロガンのヒナは、彼らが卵からかえって最初に目にした生きものである人間を何一つ疑うk十なく自分たちの母親として受け入れてしまう。そして人間のあとについては知ってゆく。これにたいしてマガモのヒナは、私になんの関心もしめそうとしない。かえったばかりのヒナを孵卵器からどりだすと、彼らはまだ何にも知らないはずなのに私をこわがるそしてわっと司法へ逃げ散って、いちばん近い暗いすみっこにうずくまってしまうのである。なぜ二つの種類でこんなにもちがうのだろう? 私はふと思い当たった。以前私は1羽のトルコガモにマガモの卵をかえさせたことがある。そのときマガモのヒナたちは、この育て親から逃げていった。・・・。一方ではまた、1羽の大きな白いアヒルに、やはりマガモの卵を抱かせてみたことがある。このときは話が逆で、マガモのヒナたちはまるでほんとうの母親にたいするように、満足げにアヒルのうしろからついて歩いた。秘密はどうも先に立って歩く鳥の叫び声にあるらしい。外見からいえばマガモの母親に似ているのはむしろトルコガモのほうである。真っ白い大きなアヒルは、マガモとはずいぶんちがっている。アヒルとマガモに共通なのは鳴き声だ。マガモはアヒルの先祖である。・・・
マガモのヒナたちをついてこさせるには、私が母親ガモそっくりの鳴き声を出せばよいのかもしれない。・・・。ヒナたちがかえって体がかわくとすぐ、私はできるだけ上手なマガモ語でヒナたちをよんでみた。数時間後、いやまる半日それをつづけた。首尾は上々であった。子ガモたちは信頼しきったように私を見上げ、私をおそれる気色などさらになかった。私がたえずゲッゲッゲッ・・・といいならがゆっくり歩きだすと、彼らもすなおに歩きだし、ちょうど母親についてゆくときとおあんじようににんなくっつきあって、私のあとからチョコチョコついてくるのだった。私の仮説はみごとに実証された。
感想;
動物をよく知るには一緒に生活してよく観察することのようです。
動物には遺伝子に情報が入っているのがあるのでしょう。
それと生まれてから学ぶこともあります。
一緒の時間が増えることが仲良くなる秘訣のようです。
そこには相手のことを思う気持ちが大切なのでしょう。
ロゴセラピーでは、”バイザイン”という言葉があります。
その人の傍らにいることです。
自分のことを思ってくれて一緒にいてくれる人がいる。
特に辛いときそれが大きいのでしょう。
-ロゴセラピー(ヴィクトール・フランクル「夜と霧」)-
ある話を思い出しました。
「神様、これまでの足跡を振り返ると、神様は私と一緒に歩いてくださっていました。でも私が一番苦しいとき、足跡が1つでした。なぜ一番苦しいとき、私を一人にされたのですか?」
「あなたが一番苦しいとき、私はあなたを背負って歩いていました」
もう一つ、神田うのさんのCM
「皆、うののことを悪く言う」
「うのちゃんは悪くないよ」
「そう言ってくれるのはしんちゃんだけだよ」
「ぼくはうのちゃんの味方だよ。たとえ世界を敵に回しても」
https://www.youtube.com/watch?v=HqD3ufT6Op4
一人でも世界が敵に回っても信じてくれて傍らにいてくれる人がいることはとても心強いです。
そういう人がいると自分が信じる道を歩む勇気を持つことができるのでしょう。
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