なげきこる やまぢはひとも しらなくに わがこころのみ つねにゆくらむ
なげきこる 山路は人も 知らなくに わが心のみ つねに行くらむ
「嘆き」という「木」を切るための山路は誰も知らないのに、どうして私の心だけはいつも「嘆き」を有してしまうのだろうか。
この歌は拾遺和歌集(巻第十五「恋五」 第970番)に入集していますが、そちらでは作者は藤原有時(ふじわら の ありとき)とされています。この藤原有時という人、ネット検索してもヒットせず、どのような人物なのかはわかりませんでした。
なげきこる やまぢはひとも しらなくに わがこころのみ つねにゆくらむ
なげきこる 山路は人も 知らなくに わが心のみ つねに行くらむ
「嘆き」という「木」を切るための山路は誰も知らないのに、どうして私の心だけはいつも「嘆き」を有してしまうのだろうか。
この歌は拾遺和歌集(巻第十五「恋五」 第970番)に入集していますが、そちらでは作者は藤原有時(ふじわら の ありとき)とされています。この藤原有時という人、ネット検索してもヒットせず、どのような人物なのかはわかりませんでした。