漢検一級 かけだしリピーターの四方山話

漢検のリピート受検はお休みしていますが、日本語を愛し、奥深い言葉の世界をさまよっています。

古今和歌集 0604

2021-06-25 19:26:22 | 古今和歌集

つのくにの なにはのあしの めもはるに しげきわがこひ ひとしるらめや

津の国の 難波の葦の めもはるに 繁きわが恋 人知るらめや

 

紀貫之

 

 津の国の難波に広々と張っている葦の芽のように思いが募ってならない私の恋心を、あの人は知っているのだろうか。いや、知らないであろう。

 「津の国」は摂津国で、今の大阪府と兵庫県にまたがる地域。当時、葦が群生していたのでしょう。「めもはる」は「芽も張る」と「目も遥(か)」の掛詞になっています。最後の「や」は反語ですね。

 


古今和歌集 0603

2021-06-24 19:58:21 | 古今和歌集

こひしなば たがなはたたじ よのなかの つねなきものと いひはなすとも

恋ひ死なば たが名は立たじ 世の中の 常なきものと 言ひはなすとも

 

清原深養父

 

 私が恋死にをしたならば、私たちのことが噂にならないなどということがあるでしょうか。たとえその死が、世の中が無常であることの現れだと言いつくろってみたとしても。

 なかなかに難解な歌です。「たが名は立たじ」は、言葉通りでは「誰の噂が立たないことがあろうか」の意ですが、ここでの「誰」は、歌全体から解釈すれば作者とその恋人のことでしょう。人の死は世の常といくら言いつくろってみても、私が死んだらそれは恋ゆえの死であると噂されるに違いありませんよ、というわけですね。

 

 


古今和歌集 0602

2021-06-23 19:59:25 | 古今和歌集

つきかげに わがみをかふる ものならば つれなきひとも あはれとやみむ

月影に わが身をかふる ものならば つれなき人も あはれとや見む

 

壬生忠岑

 

 わたしのこの身を月の光に変えることができるならば、つれないあの人もしみじみとした思いで見てくれるであろうか。

 月に照らされた美しい幻想的な情景が目に浮かびますが、愛しい人が実際には自分のことを見てはくれないという悲しい歌でもありますね。

 


古今和歌集 0601

2021-06-22 19:02:19 | 古今和歌集

かぜふけば みねにわかるる しらくもの たえてつれなき きみがこころか

風吹けば 峰にわかるる 白雲の たえてつれなき 君が心か

 

壬生忠岑

 

 風が吹くと峰から離れていく白雲のように、すっかり私から離れてしまったつれないあなたの心よ。

 峰にかかっている白雲が、風に吹かれて峰から離れていく情景に準えて、愛しい人が自分から離れていってしまう嘆きを詠んでいます。この歌単独で鑑賞しても間違いなく名歌と言えると思いますが、後世、藤原定家がこの歌を本歌取りし、新古今和歌集を代表する名歌とまで言われる歌を詠んだことにより、一層この歌も輝きを増すことになりました。

 

はるのよの ゆめのうきはし とだえして みねにわかるる よこぐものそら

春の夜の 夢の浮橋 とだえして 峰に別るる 横雲の空

 

藤原定家

(新古今和歌集 巻第一「春歌上」 第38番)

 

 0587 で、本歌取りと派生歌の違いが自分にはまだ良くわからないということを書きましたが、本歌取りの代表作とも言うべきこの両歌を繰り返し味わっていると、少しそのあたりのことがわかって来るような気がします。


古今和歌集 0600

2021-06-21 19:53:07 | 古今和歌集

なつむしを なにかいひけむ こころから われもおもひに もえぬべらなり

夏虫を なにか言ひけむ 心から われも思ひに 燃えぬべらなり

 

凡河内躬恒

 

 自ら火に飛び込む夏虫のことを、どうしてはかないものなどと言ったのだろうか。私自身も思いの火に燃え尽きてしまいそうだ。

 恋の思いに焼かれる自身を、自ら火に飛び込んでいく夏虫に準えての詠歌。同じく夏虫の儚い運命をモチーフとした 05440561 も改めて味わいたいですね。

 

 一日一首の古今和歌集、600番まで辿り着きました。ご来訪いただける皆さんに改めて感謝申し上げます。どうぞ引き続きおつきあいください。