ひとりして ものをおもへば あきのよの いなばのそよと いふひとのなき
一人して ものを思へば 秋の夜の いなばのそよと いふ人のなき
凡河内躬恒
一人でもの思いをしていると、秋の夜の稲葉がそよそよと風に吹かれて音をたてているのが聞こえる。けれど、「そうそう」と私のことを思い出してくれる人はいないのであるなあ。
「そよ」が、静かに風の吹く音を表す副詞(そよそよと、の意)と、何かをふと思い出したときに発する感動詞(そうそう、それそれ、など)との掛詞になっています。百人一首(第58番)にも採録された著名な歌でも、同じ使われ方をしていますね。
ありまやま いなのささはら かぜふけば いでそよひとを わすれやはする
有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする
大弐三位
(後拾遺和歌集 巻第十二「恋二」 第709番)