北の風に吹かれて~独り漫遊記~

町歩きを中心に、日々の出来事を綴ります。 
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坂の町シリーズ その16

2015-07-25 20:35:32 | 函館



春先から続けてきた西部地区の坂巡り、ようやく最後まで辿り着きました。
最後は「魚見坂」という坂です。





場所は、市電の起終点である「函館どっく前」のすぐ側です。





すぐ近くに公園が一つ。
「入舟児童公園」という公園ですが、どういう公園かと言うと・・・、





箱館戦争で壮烈な戦死を遂げた新撰組の副長、土方歳三の最後の地は、観光スポットになっていてガイドブックにも載っているけれど、こういう場所があることは・・・どうなんだろう、知られてるのかな・・・。








先の石碑にも書かれている「弁天台場」とは、この先にある「函館どっく」の敷地を含むこの付近一帯にあったとされており、五稜郭を手掛けた武田斐三郎の設計により、不等辺六角形の軍事要塞として、江戸幕府が、1856年から約8年をかけて築造したとされています。
箱館戦争時は旧幕府軍が陣取っていましたが、碑文にもあるとおり、新政府軍の攻撃で1869年(明治2年)年5月15日(土方の戦死から四日後)に降伏したとのことです。





さて、坂に戻ります。





左側に車が沢山停まっています。
これは、この先に幾つかある墓地へのお参りのためのお花屋さんが沿道にあるためで、ちょうどここを歩いた時が、函館のお盆(普通お盆は8月だけど、函館は7月なのです)時期だったこともあり、車が長蛇の列をなしていたようです。





左には学校が。
と言っても、現在児童は通っていません。
函館市立西小学校と言って、近くにある弥生小学校と統合されて、現在は校舎だけが残されています。





再び坂の光景。
実はこの写真、終点から下に向けて取っています。
と言うのも、実は、坂自体はこれからまだ上へ続いていくのですが、「魚海坂」という名の坂は、途中のこの地点で最後なのです。
ということで、西部地区の坂道紹介の最後なのに、記事のタイトルが「坂の町シリーズ 最終章」若しくは「最終回」となっていないことを不思議に思われた方のために、この続きは、また次回ということで。
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分かり易い説明

2015-07-24 21:42:00 | 日々のもろもろ
北海道新聞の夕刊の連載マンガに、興味深いストーリーが描かれていた。
母親と一緒に公園を散歩していた男の子が、公園内で、茶色いので「チョコ」という名の犬、黒いので「クロ」という名の猫、トラ柄なので「トラ」という名の猫、そして、白いので「シロ」という名の犬という、非常に分かり易い名前のペットを見て感心していたところ、最後の一コマで、そこに現れた「ポチ」という名の犬を見て、男の子が母親に「何で『ポチ』というの?」と問いかけ、母親が答えに詰まるという内容だった。

これを見て思った。そう言えば「ポチ」ってどういう意味がある名前なんだろうと。

調べてみたところ、諸説あるようだが、その諸説が色々と書かれていて非常に分かり易いサイトを見つけたので、リンクさせておきます。

そうか、外国語由来という説と、「これっぽち」という表現と同義だとする説があるんですね。
それに、「ポチ」と聞けば多くの人が思い出すであろう「花咲か爺さん」に登場する犬にもそんな裏話があったとか。

でも、これを冒頭のマンガに当てはめてみると、大人同士の会話で説明するならまだしも、大人が子供にわかりやすく説明するというのは、かなり至難の業のような気がする。
よく職場なんかでも、分かり易い説明技法として「子供でも理解できるような比喩」なんてことが言われるけれど、これを子供に上手に説明することができるような人は、きっと職場でも、「説明の分かり易さには定評がある」とか言われて、それを買われて出世したりとかするんだろうなあ。
だとすると、私なんぞは到底及びそうもないレベルということか・・・、なんてこと言ってないで、今からでも遅くないから、上手に説明できるような訓練と言うか努力が必要になってくるんだろうけどね。
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ジメジメ・・・

2015-07-22 21:37:11 | 日々のもろもろ
暑い~。

と言っても、天候はではなくなのだけど、とにかく蒸し暑いのなんのって。
余り声に出し過ぎると、道外の人達に、そのくらいで暑い暑いなんて言うなと言われそうだが、不快なものは不快。
昨夜は暑くて(「熱くて」と書いた方が適切かも?)あまり眠れず、今日の勤務時間は、いざという時に備えて常備しておいた「メガシャキ」を飲んだのだが、確かに即効性はあるものの、一時間ぐらいしたら、また眠気が復活してきた。
なので、もう一本常備してあるのがなくなったら、今度は、「眠眠打破」か「強強打破」に挑戦しようと考えているのだけど、果たしてどうなることか・・・。
その前に、今夜はグッスリ眠りたいなあ・・・。

昨日は、出勤時は曇りだったのだけど、雨の予報だったので、自転車ではなく徒歩で通勤したら、ものの見事に予報が外れ、夜は、雨どころか星が見えるほどだった。
出勤途中、自転車に乗っている人を見て、「おいおい、今日は雨の予報だよ、大丈夫か~」なんて心の中で言っていたのに、帰宅時には、自転車に乗っている人が、まあ恨めしく思えたこと。
で、往復一時間歩いてかなり汗だくになっちゃったので、自転車で風を切ったら少しは違うのかなあと思ったら、行きはまだしも、帰りは、昨日と変わらないくらい汗ばんでしまった。
加えて今日は、職場に献血車が来ていて、献血をした際にボックスティッシュと紙パックのお茶をもらったので、行きよりも荷物が重くなってしまい、それもまた、汗ばむのに拍車をかけてしまった感あり。
気温は多少高くてもいいから、せめてカラッとした暑さであってほしいのだけど・・・。

ということで、「ニュースウォッチ9」のお天気コーナーも終わったことだし、今日もそろそろ眠りにつくとしますか。
献血の時に血圧測定をしたら、上が98と、相変わらずの低血圧だったのだけど、そういや、たまに、立ち上がった時一瞬くらっときちゃうことがあるので、気を付けなきゃ。
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歴史散歩

2015-07-20 21:02:32 | 本&CD
三連休最終日。
今日は晴れたけど、昨日一昨日は天候が今一つだったし、晴れた今日も、蒸し暑さが尋常じゃなかったので、遠出はせず、結局、三日とも図書館で過ごしちゃいました。

なんかもう、最近、図書館で函館の歴史や、街の様子を題材にした本を読むのが楽しくて仕方なくなってしまった。
今日もまた、新しい本に一つ手を付けたのだけど、図書館で読むだけでなく、面白いと思う本は借りてきて読んでいる。
先日も一つ紹介したけど、その中で、「もう一つお気に入りの本があり、それは残念ながら貸出し中で今日は読めなかったので、次に行った時に戻ってきたら借りてきて紹介する」と書いていました。
今日は、その本をご紹介。





1982年に初版が刊行された「はこだて歴史散歩」という本。
ガイドブックにもあるような名所旧跡は勿論のこと、知る人ぞ知るというような隠れたスポットに至るまで数多くのスポットが紹介されていて、何度も何度も繰り返し読んでしまうくらい面白い。
さすがに三十年以上経っているので、なくなってしまったり、大きく様変わりしてしまっている場所もあるが、そういうことを踏まえつつ読むのもまた楽しい。
私も、ここ最近の記事は、この本を参考にしている物も多いけど、観光関連サイトとこの本を見比べてみると、もしかしてこの本を参考に書いているのではと思える部分もあるほど。
返却期限は次の日曜日なんだけど、可能であれば(多分可能だと思うけど)、一旦返却した後でもう一回借り直したいとさえ思っている。
ただ、それは面倒な部分もあるので、古書店に置いてないかなあと思いながら探しているのだけど、残念ながら、未だ見つけられず。
まあ、根気よく探しますけどね。
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一回目の21歳

2015-07-19 22:52:50 | 懐かしの思い出
先日42歳になってしまったが、友人から頂いたお祝いのメッセージに、こんなことが書かれていた。

「21歳の二倍」

「21歳の時に感じた21年より、この21年の方が短かったのではないですか?」

全くもってそのとおり。
先日、勤続二十周年を迎えた人の表彰というのがあったのだけど、今年表彰を受けた人は私より一年早く入った人なので、順調にいけば、来年は私が表彰を受ける番。
職場に配属になり、緊張感いっぱいで席に着いたのが、大袈裟でも何でもなく、つい昨日のことのように思えてなりませんから。

では、そんな短かった二十一年を振り返る・・・と、余りにも長くなりそうなので、一回目の21歳(笑)だった1994年をちょこっと振り返ってみた。

この年は、大学二年から三年になった年。
一年から二年、三年から四年になる時は全員が自動的に進級できるのだけど、二年から三年は留年があるので、よもやそんなことはないだろうと思いつつも、発表の日はかなりドキドキしていたのを覚えている。

無事に三年生になり、初めてゼミというものに所属したが、この年を振り返る上での大きなトピックスの一つが、ゼミのリーダー、ゼミ長に指名されたこと。
指名された理由は、ゼミ生全体の名簿上私が一番最初に来ていたという、ただそれだけのことなのだけど、正直、こういうのはあまり好きではないので、当初は乗り気じゃなかったのだが、6月(確か)にあった、ゼミ対抗ソフトボール大会の頃から少しずつ面白くなってきて、ゼミ仲間達も結構協力的だったこともあって、いつの間にか、楽しんでやれるようになっていた。
今でも、これはいい経験になっていると思います。

※ 三年生がJ組からN組までの五クラスがあり、私はそのうちのJ組、つまり一番最初のクラスで、加えて、J組からは、私ともう一人女性が参加していたのだけど、私の方が学生番号が若かった(五十音順で先)ということ。因みに、副ゼミ長が二名いたのだが、一人は同級生の女性で、もう一人は、名簿順で三番目の人・・・ではなく、彼女と同姓という理由で指名された男だった。この二人に支えられたおかげで、何とかやれたと思っています。

プライベートなトピックスで言えば、この年は、何と言っても、当時大ファンだったCoCoの解散、これに尽きると思う。
当時、ニッポン放送で平日深夜に放送されていたラジオを毎日聴いていたのだが、何月何日だったか忘れたけど、春先に、「重大発表」みたいな触れ込みがされたことがあり、半ば覚悟を決めていたところ、案の定というやつだった。
解散は9月末だったのだけど、7月に最後のシングルがリリースされた時は、一刻でも早く手に入れようと、大学が五限まである日だったにも関わらず、途中抜け出して、スタンプカードを持っていた、札幌の某大手CD店へ自転車を走らせたのを覚えている。
あれから二十一年、一時期、忘れたも同然になっていたこともあったのだけど、この記事がきっかけで色々と思い出し、その一ヶ月後にこういう記事を書いたおかげで色々と思い出し、今でも、ウォークマンやカーステで時々聴いたり、元メンバー達のブログを時々読んだりして、当時の気持ちをそのまま保ち続けている。
これ以降も、色々なアイドルや女優さんのファンになってきたけれど、やっぱりFCに入っていたこともあって、思い入れという点では、未だに一番であり続けている、そんな気がしています。

後はそうだなあ・・・、94年って何があったかな・・・?
まだ学生だったこともあって、国内旅行はしていなかったけど、日帰りで、道内の普通列車の旅に何回か出たように記憶している。
JR北海道にこんな切符があって、これを利用して日帰りの旅に出たのだけど、そのうちの一回は、二年後に新社会人として最初の配属地となる滝川で、まさかそうなるとはつゆほども思わず、職場や寮の近くにまで、知らず知らずのうちに行っていたことに、二年後になって気付かされたなんてことも。

そんなところかな今思い出せるのは。
一回目の21歳は、今から思えば充実していたので、二回目(?)の今年も、良い形で終われるよう、残り半年しっかりやっていこうと思います。
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