水泳の池江選手のニュース以来臓器提供や骨髄バンクの大切さがあらためて説かれていますが、華厳経にも菩薩が髓肉や腸・腎臓・肝・肺臓を提供するときの願いを書いている箇所がありました。要するに菩薩は骨髄や臓器を提供するときに「全ての生きとし生けるものが仏と同じ功徳を受け福徳円満しますように」という願いを以て臓器提供する、いいかえれば臓器提供はすべての生きとし生けるものが仏と同じ位に昇るくらい功徳があるということでしょう。また臓器提供を受ける人は仏と同じ境地に立つということもできるかもしれません。そしてこれが大切ですが、臓器提供があったことを知っただけで我々第三者も仏心を起こさねばならぬというのが華厳経の趣旨でしょう。
以下華厳経の関連部分です。
華厳経・金剛幢菩薩回向品二十一ノ四「・・菩薩摩訶薩、有人有りて來りて髓肉を乞う者を見る時、歡喜軟語して謂いて
言く「我身髓肉は隨意に取用せよ」と。・・・菩薩摩訶薩は髓肉を施す時、諸佛の所において尊父の心を生じ、一切衆生をして清淨に安住せしめ、現在諸世界中の一切の佛刹を嚴淨し、大悲現前して衆生を救護し、菩提現前して十力明(①処非処智力・道理を如実に知る力②業異熟智力・正しく三世の因果関係について如実に知る力③静慮解脱等持等至智力・三昧について如実に知る力④根上下智力・衆生の機根について知る力⑤種種勝解智力・世間の知識も如実に知る力⑥種種界智・衆生が有する本質について如実に知る力⑦遍趣行智力・様々な境地への道のりについて如実に知る力⑧宿住随念智力・過去世を知る力⑨死生智力・様々な衆生の死生の時や来世の境遇について如実に知る力⑩漏尽智力・自他の煩悩が尽きたことについて如実に知る力)を以て三世を觀じ、菩薩現前して善根を滿足し、無畏現前して大師子吼し、三世現前して智慧平等に、一切世間現前して盡未來際菩薩の願を修し、無憂現前して無數諸菩薩行を修習す。菩薩摩訶薩は髓肉を施す時に如是の迴向す「以此善根。一切衆生をして金剛藏不可壞身を得さしめ、一切衆生をして微密身を得て疎漏あること無からしめ、一切衆生をして佛の清淨に莊嚴せる如意法身を得しめ、一切衆生をして百福徳身を得て三十二相を自ら莊嚴せしめ、一切衆生をして八十種好妙莊嚴身を得て十力を具足して斷壞すべからざらしめ、一切衆生をして如來常住妙身を逮得して不可測量ならしめ、一切衆生をして最勝身っを得て一切諸魔も不能壞の所ならしめ、一切衆生をして悉く一身を得て三世佛に等しからしめ、一切衆生をして無礙身。を得て微妙清淨にして虚空界に満たしめ、一切衆生をして菩薩藏身を得て悉く能く一切衆生を含受せしめん」と。是はこれ菩薩摩訶薩の髓肉を布施して一切智の境界心をもって善根迴向し、一切衆生をして佛常住の無量法身を得しむるなり。・・・
菩薩摩訶薩。人有りて來りて腸腎肝肺時を乞うものを見る時は、難勝菩薩(慈悲に勝れる菩薩)・滅惡自在王菩薩(普く罪障生滅する)の如し。如是等の無量の菩薩摩訶薩は人ありて乞腸腎肝肺を乞ふものを見ば、見已りて歡喜して愛眼を以て觀じ、菩提愛を起こして彼の樂ねがふところに随ひ其意を満たし、歡喜して施與し心に中悔なし。正念に觀察すらく、「不堅固身を捨てて堅固身を取る,我此穢身は虎狼狐狗衆獸の所食なり。此身は無常にして棄捨すべき物なり」と。菩薩摩訶薩。如是に觀已って敬心に來乞求者を諦視し、復た是念を作す。「我若不施ならば、不堅固の中に堅固を、無常の中に常を、不淨の中に淨を得ざらん」。菩薩摩訶薩は如是に正念し、則ち能く清淨直心を開發し、眞實の法を解し、來乞者において、善知識心を生ずらく、「能く我を教化して不堅固の中に堅固を取らしむ」と。菩薩摩訶薩は是の念を作し已って、此善根を以て衆生に廻向し一切衆生をして内外清淨智慧藏身を得しめ、一切衆生をして智慧藏腹を得て悉く能く一切智願を得て受持せしめ、一切衆生をして清淨身を得て見者を無厭ならしめ、堅固妙香光明を演放して普く十方に薫ぜしめ、一切衆生をして如來腹不現相(八十種好の一。腹の形が欠けることなく円満なこと)を逮得せしめ、身宜相稱・肢節具足せしめ、一切衆生をして法味食を得て智身を長養し佛法愛を具し柔軟充滿ならしめ、一切衆生をして無盡身を得て法身に安住せしめ、一切衆生をして内清淨なる總持藏身を得て一切辯明は普く諸法を照さしめ、一切衆生をして清淨身を得て内外悉淨ならしめ、一切衆生をして如來智を得て行身を修習し普く甘露智慧法雨を雨ふらしめ、一切衆生をして悉く内身清淨・寂靜外身にして能く衆生の為に智慧幢王となることを得て一切を照明せしめん」。是はこれ菩薩摩訶薩の腸腎肝肺を施して善根を衆生に迴向し、一切衆生をして悉く内外清淨の身を得て堅固無障礙智に安住せしむるなり。・
以下華厳経の関連部分です。
華厳経・金剛幢菩薩回向品二十一ノ四「・・菩薩摩訶薩、有人有りて來りて髓肉を乞う者を見る時、歡喜軟語して謂いて
言く「我身髓肉は隨意に取用せよ」と。・・・菩薩摩訶薩は髓肉を施す時、諸佛の所において尊父の心を生じ、一切衆生をして清淨に安住せしめ、現在諸世界中の一切の佛刹を嚴淨し、大悲現前して衆生を救護し、菩提現前して十力明(①処非処智力・道理を如実に知る力②業異熟智力・正しく三世の因果関係について如実に知る力③静慮解脱等持等至智力・三昧について如実に知る力④根上下智力・衆生の機根について知る力⑤種種勝解智力・世間の知識も如実に知る力⑥種種界智・衆生が有する本質について如実に知る力⑦遍趣行智力・様々な境地への道のりについて如実に知る力⑧宿住随念智力・過去世を知る力⑨死生智力・様々な衆生の死生の時や来世の境遇について如実に知る力⑩漏尽智力・自他の煩悩が尽きたことについて如実に知る力)を以て三世を觀じ、菩薩現前して善根を滿足し、無畏現前して大師子吼し、三世現前して智慧平等に、一切世間現前して盡未來際菩薩の願を修し、無憂現前して無數諸菩薩行を修習す。菩薩摩訶薩は髓肉を施す時に如是の迴向す「以此善根。一切衆生をして金剛藏不可壞身を得さしめ、一切衆生をして微密身を得て疎漏あること無からしめ、一切衆生をして佛の清淨に莊嚴せる如意法身を得しめ、一切衆生をして百福徳身を得て三十二相を自ら莊嚴せしめ、一切衆生をして八十種好妙莊嚴身を得て十力を具足して斷壞すべからざらしめ、一切衆生をして如來常住妙身を逮得して不可測量ならしめ、一切衆生をして最勝身っを得て一切諸魔も不能壞の所ならしめ、一切衆生をして悉く一身を得て三世佛に等しからしめ、一切衆生をして無礙身。を得て微妙清淨にして虚空界に満たしめ、一切衆生をして菩薩藏身を得て悉く能く一切衆生を含受せしめん」と。是はこれ菩薩摩訶薩の髓肉を布施して一切智の境界心をもって善根迴向し、一切衆生をして佛常住の無量法身を得しむるなり。・・・
菩薩摩訶薩。人有りて來りて腸腎肝肺時を乞うものを見る時は、難勝菩薩(慈悲に勝れる菩薩)・滅惡自在王菩薩(普く罪障生滅する)の如し。如是等の無量の菩薩摩訶薩は人ありて乞腸腎肝肺を乞ふものを見ば、見已りて歡喜して愛眼を以て觀じ、菩提愛を起こして彼の樂ねがふところに随ひ其意を満たし、歡喜して施與し心に中悔なし。正念に觀察すらく、「不堅固身を捨てて堅固身を取る,我此穢身は虎狼狐狗衆獸の所食なり。此身は無常にして棄捨すべき物なり」と。菩薩摩訶薩。如是に觀已って敬心に來乞求者を諦視し、復た是念を作す。「我若不施ならば、不堅固の中に堅固を、無常の中に常を、不淨の中に淨を得ざらん」。菩薩摩訶薩は如是に正念し、則ち能く清淨直心を開發し、眞實の法を解し、來乞者において、善知識心を生ずらく、「能く我を教化して不堅固の中に堅固を取らしむ」と。菩薩摩訶薩は是の念を作し已って、此善根を以て衆生に廻向し一切衆生をして内外清淨智慧藏身を得しめ、一切衆生をして智慧藏腹を得て悉く能く一切智願を得て受持せしめ、一切衆生をして清淨身を得て見者を無厭ならしめ、堅固妙香光明を演放して普く十方に薫ぜしめ、一切衆生をして如來腹不現相(八十種好の一。腹の形が欠けることなく円満なこと)を逮得せしめ、身宜相稱・肢節具足せしめ、一切衆生をして法味食を得て智身を長養し佛法愛を具し柔軟充滿ならしめ、一切衆生をして無盡身を得て法身に安住せしめ、一切衆生をして内清淨なる總持藏身を得て一切辯明は普く諸法を照さしめ、一切衆生をして清淨身を得て内外悉淨ならしめ、一切衆生をして如來智を得て行身を修習し普く甘露智慧法雨を雨ふらしめ、一切衆生をして悉く内身清淨・寂靜外身にして能く衆生の為に智慧幢王となることを得て一切を照明せしめん」。是はこれ菩薩摩訶薩の腸腎肝肺を施して善根を衆生に迴向し、一切衆生をして悉く内外清淨の身を得て堅固無障礙智に安住せしむるなり。・