Q,神道という言葉はいつからできたのですか?
A,少なくとも仏教と対比されて奈良時代に「神道」という概念が使われはじめたようです。大法輪平成19年5月号とうによると、日本書紀巻第廿一の用明天皇のところで「天皇信佛法尊道」(天皇、仏法を信(う)けたまひ、神道を尊(たふとび)たまふ)とあり、また巻第廿五の孝天皇のところでは「尊佛法、輕道」(仏法を尊び、神道を軽(あなずり)たまふ)とあるので、日 . . . 本文を読む
39、大師御入定・・大師六十二歳、(承和二年、八三五)・・龍光院(和歌山県伊都郡高野町高野山147)大師のご住房といわれ、山内最古の寺院。古くは「中院」といわれ、ここで大師が入定されたといわれます。高野山中興明算上人のときに当寺の池から如意宝珠を抱いた龍が出現したので「龍光院」としたといわれます。
・・・高野山奥の院、大師は承和二年三月二一日に入定され、四九日間諸弟子がお守りし、五十日目夕刻、高弟 . . . 本文を読む
「一生を終えて後に残るものは我々が集めたものではなくて、我々が与えたものである。」(ジェラール・シャンドリー)
我々は生きているうちはともすればいろいろなものを集めたがるものです。財産はその第一です。マスコミでもお金の話ばかりです。知らず知らずのうちに財産を持っている人、収入の多い人が偉くて少ない人は偉くない人という分類をしてしまいそうです。自分自身もお金に対する執着心が年を取るにつれて増大してい . . . 本文を読む
「座禅のときは澄み渡っていた心が日常生活に戻るとぐちゃぐちゃになる。これではだめだと思い、歎異抄で『地獄は一定すみかぞかし』をよみ、中村久子(脱疽で両手両足を失いつつも浄土真宗の信仰に生きた人。ヘレンケラーとあった時、彼女は中村久子の両手両足がないことを触感で知り、その足下に崩れ落ち、彼女を抱きしめ、「私よりもっと偉大な人、真の奇跡の人」と云ったという。)の紹介で甲斐 和里子(京都女子大学の前身、 . . . 本文を読む
小桜姫は鎌倉時代に非業の死を遂げた姫ですが浅野和三郎の妻の守護霊となり、和三郎と交信し、霊界通信を書かせます。その中の一部ですが、姫が霊界で三浦半島の地震を止める働きをする部分です。これを読むと地元の神様も地震を止めてくださる力をお持ちということです。東南海大地震がオリンピックの前にも襲って来ようというとき必死で祈ればお蔭はあるという事が書いてあります。神奈川県三浦市三崎町諸磯にある小桜神社には今も香華が絶えません。 . . . 本文を読む
・門人遺誡・・大師六一歳、承和元年、八三四年、十一月十五日、「吾世を去らんと思うこと、明年三月半ばなり。金剛峰寺草創ありと雖も、未だ功半ばに及ばず。然あるに、われ入定せんと擬す。・・東寺を以て実恵大徳に預く。・・弘福寺をもって真雅僧正に付し、神護寺をもって真済僧正に預けたまふ。・・同二年三月一五日重ねて諸々の弟子達に遺告あり。『天長九年一一月一二日より深く穀味を厭いて専ら坐禅を好む。是、皆令法久住 . . . 本文を読む
Q,寺社に鰐口があったり鈴があったりしますがその意味は?
A,鰐口は魔羯大魚(海中に生息する巨大な魚形の動物)を表わします。打つことにより魔障を退治するという意味があります。主に寺院にあります。鈴は『古語拾遺』には、天照大御神が天石窟戸(あまのいはやと)にお隠になったとき天鈿女命(あめのうずめのみこと)が鈴を付けた矛を持って舞ったことが記されておりこれが起源とされます。主に神社にあります。
鰐口 . . . 本文を読む
今日あることで地元自治体の清掃センターの電話しました。ボランチアをやったあとのごみの始末をたずねたのです。電話口にはぶっきらぼうな中年らしい男性が出ました、わたしがごみ処理の仕方を尋ねると自分の権限を越えていたのか電話口で「少し待ってください」といって,確認の後すぐに電話口に戻ってきてそれはかくかくしてください・・と親切に特別扱いの方法を教えてくれました。声色はぶっきらぼうでガラガラ声でいかにも現 . . . 本文を読む
Ⅰ、シキミ(樒)は密教大辞典によれば『我が国古来此の枝を仏前墓前に供え、密家には葉を六器に盛りて生花に代用し、また護摩の時房花に用ふ。『真俗仏事編』に、鑑真和上その実を天竺より将来し、その形天竺無熱池の青蓮華に似たるより仏前の供物用と為せりと云ふ。・・』とあります。密教ではこれ以外にも灌頂の投華得佛のときにも樒を投げますし、修行の時、柄香炉のかわりに樒の枝を用います。いずれにせよ樒の香気はほんとう . . . 本文を読む
36、甲山落慶・・大師五十八歳、(天長八年、八三一)神呪寺(かんのうじ、兵庫県西宮市甲山町25−1)『元亨釈書』によれば、淳和天皇第四妃真井御前は、如意輪観音様への信仰厚く、大師の指導の下で満3年間、修行を行い、天長7年(830年)に大師は本尊として、山頂の巨大な桜の木を妃の体の等身大に刻んで如意輪観音様を作りをこれを本尊として、天長8年(831年)に神呪寺本堂を落慶した、とされます。 . . . 本文を読む
「おろかなるわれは仏にならずとも 衆生を渡す僧の身なれば」(道元禅師和歌集『傘松道詠』)
おろかなる自分は悟れなくとも人を救わねばならない。僧侶とはそういうものである、という意味でしょうか。
道元禅師は、「正法眼蔵(発菩提心)」で「菩提心をおこすといふは、おのれいまだわたらざるさきに、一切衆生をわたさんと発願し、いとなむなり。衆生を利益すといふは、衆生をして「自未得度先度他」のこころおこさしむる . . . 本文を読む
「癌宣告を受けた時、自分のような不摂生をしてきたものは、癌になっても仕方ないと思った。ショックはなかった。「聖書」「実践理性批判」「プロテスタンチズムの倫理と資本主義の精神」の三冊を持って入院した。「プロテスタンチズムの倫理と資本主義の精神」には「資本主義の最後には精神性のない専門人、心情のない享楽人が登場する」とある。マックスウエーバーは神はあるといったがしかし今後の資本主義は神を無視していくだ . . . 本文を読む
「シュタイナーの死者の書」より
・・・魂の深層には『エーテル体』が存在します。(エーテルはギリシャ語アイテールから派生した語で光または輝きを意味します。この言葉は化学用語としてのエーテルの意味ではなく、霊的な在り方をしている或る人間全体としてのエーテル体の意味で用いられています。)
・・・受胎時もしくは出生時以来成長をとげる身体のなかには入ってこられないで、魂の内部に留まったまま使用されないで . . . 本文を読む
9月24日坂東12番札所慈恩寺を巡拝しました。
朝出る時は小雨が降っていましたが、大宮から東部野田線、岩槻駅に着くと雨も止んでいて、市の平日のみ運行の小型のコミュニティバスに乗りこみ、およそ20分程で慈恩寺前バス停に降りました。すると正面にはすぐに慈恩寺があり、塀のない開放的な境内が広がっていました。かつては広大な境内で古くから栄えた天台宗の大寺という事だそうですが、江戸時代の度重なる火災により大 . . . 本文を読む