音楽評論家梅津時比古の「音と言葉とソナタ」を読んでいる。冒頭はピアニストリヒテルの話。リヒテルが79歳の時日本に来て、グリーグの曲を演奏した。そのリヒテルの音は「白い音」だったと言う。
「それは、色を求めずして、色に満ちていた。雪にさらされたように白いのに、その雪が日差しを浴びたり、影になって、限りなく色や形を変えていく。そして、雪の中から芽をのぞかせる緑や、やがて咲く花の色をも、雪の面に映し出していく。」
「人生の初めのころ、時に、見知らぬ世界にわくわくして夢見心地になることがる。人生の終わりに近づけば、全てを知ってその鼓動は無くなるもの、と思っていた。だが、79歳のリヒテルはぐリーグが生涯のほぼ全ての時期にわたって日記のように書き綴った《叙情小曲集》で別の人生をもう一度生きているようだった。<妖精の踊り>では初めて森に入ったときのような鼓動と驚きに、音が躍動する。もう一つの人生を閉じる、終曲の<余韻>は、人の世を静かに包む雪の夜のよう。その底の、白い音だけが残った。」
私にも、もう一度人生の鼓動を聞くことが出来るであろうか。