![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/d8/922499270a613af74f5f3d7ded1df8af.jpg)
有島武郎の代表作『或る女』が日本の近代文学を代表する長編小説であると同時に、札幌農学校(現在の北大)で教壇に立った彼が「北海道文学」の精神的な創立者でありバックボーンであることは、いうまでもあるまい。『生れ出る悩み』は、後志管内岩内町の画家木田金次郎をモデルにした名作であり、『カインの末裔』は北海道の開拓農家を舞台に野性そのままの男を描き、厳しい北の風土と人間像を作品化した。理想主義や開拓者精神といった語にまとめられる北海道文学の性格は(そのようにまとめること自体に対しての疑義は別にして)、おそらく有島のこれらの作品が源流になっているといって差し支えないだろう。ほかにも、北海道とは直接関係ないが、短編「小さき者へ」、評論『惜しみなく愛は奪う』、童話『一房の葡萄』など、1世紀ほどたった今も読みつがれている作品は少なくない。
晩年に書かれた長編『星座』は、それらの名作にくらべると、新潮や角川は文庫化していないし、岩波文庫も戦後の一時期出たものの、ほどなくして品切れになってしまい、多くの読者を得て代表作として定着したとはいいがたい。一口でいって、有島の作品の中ではマイナーなのだ。
そのような事情から、筆者は
「あまりおもしろくないのでは?」
と邪推していて、道立文学館がテーマに取り上げたことを疑問に感じていた。
ところが、読み始めてみると、これがなかなか興味深い小説なのだ。それほど読まれていないのがもったいないし、また有島の早すぎる死によって未完に終わったことが残念でならない。
とりあえず、筆者が感じた『星座』のおもしろさというのは、つぎの3点にまとめられよう。
1. 現実社会をえぐるリアリズム
2. 章ごとに視点人物を変える実験的な構成
3. 19世紀末、まだ人口4万の小都会だったころの札幌を舞台にした、一種の都市小説でもあること
※人口を2万→4万に訂正しました。2018年2月20日
1点目については、この作品の専売特許ではない。
しかし、プロレタリア文学よりも以前に、貧富の差などをしっかり書き込んだ文学がそれほど多くあるわけでもない。
筆者がもっとも心を痛めたのは、主要な登場人物で、その面影が作者本人に近いと思われる星野の妹おせいが、兄が進学した代わりに小樽で女中奉公に出され、あまつさえ高利貸しと結婚させられそうになっていることだ。登場人物たちの多くは苦学生だが、そのまわりにはもっと悲惨な境遇の人物がいる。
有島武郎は良家の出身で、学習院では皇族の友人に指定されるほど恵まれた環境に育っているが、ボランティアで教える遠友夜学校の校長を務めるなどの体験を通して貧しい人々の暮らしを知るようになっていたのだろう。
2点目は、この小説の最大の特徴であり、1920年代初頭に日本語で書かれた小説としては、非常に実験的で先進的な取り組みといえる。
現在残されている部分は18の章からなるが、それぞれ視点となる人物が異なる。三人称ではあるが、章によって、星野の視点だったり、彼らの下宿「白官舎」の賄いの老女だったり、星野の友人の園(男性)だったり、ばらばらなのだ。最初は「なんだかめまぐるしくて、落ち着かないなあ」と感じたが、その後、有島の筆が乗ってきて、章が長めになると、気にならなくなってきた。とりわけ、xviはヒロインおぬいの、xviiは「ガンベ」こと渡瀬の視点で同一の場面を書きつづっていて、女と男ではおなじシーンでも、こうも受け取り方、感じ方が異なるのかと驚かされる。
こんなおもしろいことができるんだから、有島は死に急ぐことなかったのになあ、とさえ思うのだ。
3点目については、図録で谷口孝男副館長が、小説の舞台となった明治期の札幌の地図を引きつつ、とくに北側の農学校や道庁のある「光」の部分と遊郭や貧民街のある南側の「影」の部分とを対比させて詳しく論じている。
『星座』の舞台となったのは1899年の札幌。いまやビルの谷間に沈んでいるように見える時計台が、全市を見渡せる、市内随一の高層建築だった時代だ。
これよりも古い時代の札幌は、たとえば船山馨の『お登勢』や、国木田独歩の日記「欺かざるの記」などにも登場するが、いずれも断片的な描写にとどまり、全編にわたって札幌の地理が重要な役割を果たす小説では最も古い時代を扱っているといえるだろう。
書かれたのは、全体の構想のうちおそらく半分にも達しないであろう。
繰り返しになるが、漱石の『明暗』、多喜二の『転形期の人々』などと並んで、未完の惜しまれる作品である。
長くなったので、別項に続く。
2018年2月3日(土)~3月25日(日)午前9時半~午後5時(入場~4時半)、月曜休み(2月12日は開館し翌日休み)
道立文学館(札幌市中央区中島公園)
□青空文庫「星座」 http://www.aozora.gr.jp/cards/000025/files/216_20490.html
過去の関連記事
有島武郎と木田金次郎の初のパネル展、チ・カ・ホで(2017)
有島記念館に行ってきた (2008)
札幌・菊水(4) 有島武郎邸の跡 (2008)
・地下鉄南北線「中島公園駅」3番出口から約410メートル、徒歩6分
・地下鉄南北線「幌平橋駅」から約480メートル、徒歩7分
・市電「中島公園通」から約550メートル、徒歩7分
・中央バス「中島公園入口」から約200メートル、徒歩3分
晩年に書かれた長編『星座』は、それらの名作にくらべると、新潮や角川は文庫化していないし、岩波文庫も戦後の一時期出たものの、ほどなくして品切れになってしまい、多くの読者を得て代表作として定着したとはいいがたい。一口でいって、有島の作品の中ではマイナーなのだ。
そのような事情から、筆者は
「あまりおもしろくないのでは?」
と邪推していて、道立文学館がテーマに取り上げたことを疑問に感じていた。
ところが、読み始めてみると、これがなかなか興味深い小説なのだ。それほど読まれていないのがもったいないし、また有島の早すぎる死によって未完に終わったことが残念でならない。
とりあえず、筆者が感じた『星座』のおもしろさというのは、つぎの3点にまとめられよう。
1. 現実社会をえぐるリアリズム
2. 章ごとに視点人物を変える実験的な構成
3. 19世紀末、まだ人口4万の小都会だったころの札幌を舞台にした、一種の都市小説でもあること
※人口を2万→4万に訂正しました。2018年2月20日
1点目については、この作品の専売特許ではない。
しかし、プロレタリア文学よりも以前に、貧富の差などをしっかり書き込んだ文学がそれほど多くあるわけでもない。
筆者がもっとも心を痛めたのは、主要な登場人物で、その面影が作者本人に近いと思われる星野の妹おせいが、兄が進学した代わりに小樽で女中奉公に出され、あまつさえ高利貸しと結婚させられそうになっていることだ。登場人物たちの多くは苦学生だが、そのまわりにはもっと悲惨な境遇の人物がいる。
有島武郎は良家の出身で、学習院では皇族の友人に指定されるほど恵まれた環境に育っているが、ボランティアで教える遠友夜学校の校長を務めるなどの体験を通して貧しい人々の暮らしを知るようになっていたのだろう。
2点目は、この小説の最大の特徴であり、1920年代初頭に日本語で書かれた小説としては、非常に実験的で先進的な取り組みといえる。
現在残されている部分は18の章からなるが、それぞれ視点となる人物が異なる。三人称ではあるが、章によって、星野の視点だったり、彼らの下宿「白官舎」の賄いの老女だったり、星野の友人の園(男性)だったり、ばらばらなのだ。最初は「なんだかめまぐるしくて、落ち着かないなあ」と感じたが、その後、有島の筆が乗ってきて、章が長めになると、気にならなくなってきた。とりわけ、xviはヒロインおぬいの、xviiは「ガンベ」こと渡瀬の視点で同一の場面を書きつづっていて、女と男ではおなじシーンでも、こうも受け取り方、感じ方が異なるのかと驚かされる。
こんなおもしろいことができるんだから、有島は死に急ぐことなかったのになあ、とさえ思うのだ。
3点目については、図録で谷口孝男副館長が、小説の舞台となった明治期の札幌の地図を引きつつ、とくに北側の農学校や道庁のある「光」の部分と遊郭や貧民街のある南側の「影」の部分とを対比させて詳しく論じている。
『星座』の舞台となったのは1899年の札幌。いまやビルの谷間に沈んでいるように見える時計台が、全市を見渡せる、市内随一の高層建築だった時代だ。
これよりも古い時代の札幌は、たとえば船山馨の『お登勢』や、国木田独歩の日記「欺かざるの記」などにも登場するが、いずれも断片的な描写にとどまり、全編にわたって札幌の地理が重要な役割を果たす小説では最も古い時代を扱っているといえるだろう。
書かれたのは、全体の構想のうちおそらく半分にも達しないであろう。
繰り返しになるが、漱石の『明暗』、多喜二の『転形期の人々』などと並んで、未完の惜しまれる作品である。
長くなったので、別項に続く。
2018年2月3日(土)~3月25日(日)午前9時半~午後5時(入場~4時半)、月曜休み(2月12日は開館し翌日休み)
道立文学館(札幌市中央区中島公園)
□青空文庫「星座」 http://www.aozora.gr.jp/cards/000025/files/216_20490.html
過去の関連記事
有島武郎と木田金次郎の初のパネル展、チ・カ・ホで(2017)
有島記念館に行ってきた (2008)
札幌・菊水(4) 有島武郎邸の跡 (2008)
・地下鉄南北線「中島公園駅」3番出口から約410メートル、徒歩6分
・地下鉄南北線「幌平橋駅」から約480メートル、徒歩7分
・市電「中島公園通」から約550メートル、徒歩7分
・中央バス「中島公園入口」から約200メートル、徒歩3分
いま事情があって手元に本がないのですが、園に有島が投影されているのは確かだと記憶しています。