そう・・・11日の夜中・・・。正確には・・・12日の朝になるのだが・・。
倉敷から戻って・・・風邪が治らなくなったし、良くもならなかった。退職を前にして、有給休暇はすでに配分していて、休むべき日が決まっているもので、木曜・金曜は・・・苦しくても・・出勤するしかなかった。金曜の夕方まで辛抱したら・・・おやすみに入れると計算もしていた・・・。
ところが・・ここのところの急激な寒さがこたえたものか・・・、11日の夜中には・・・咳が激しくなるし、トイレが激しくなってきた・・・。一時、二時は・・まだ・・大丈夫だったが・・・、三時過ぎには・・動悸が激しくなり・・、四時には・・・限界がきた。
最初は・・・高松の社宅にいた・・・平成17年の雪の日・・・。二度目は・・・平成19年の寒い夜・・・・。三度目が・・・平成21年の雪の夜になった・・・。
血圧計では計測不能になった。何度計っても・・・エラーになってしまう。降圧剤を飲んだが・・・手遅れだった・・・。心臓がものすごい力で圧迫される・・。動悸が激しくなる・・・。呼吸困難になる・・・。体中が大きな風船に押しつぶされるような気分・・・。
家内が・・異常を悟って・・・すぐに・・・119番通報・・。

間もなく・・・救急車のサイレンが・・・我が家の前で止まり、係員が走りこんできた・・・。すぐにストレッチャーが運ばれ、部屋から搬送されて・・救急車内へ確保・・・。酸素マスクや血圧計・心電図計が装着されて・・・そこで・・・ようやくに事情聴取・・・、私は・・一言も声は出せない・・・。
そして・・高松日赤は無理だとして・・・東かがわ市の県立病院に向かうことに・・。

「心筋梗塞の波形、P波検出!」「心房細動の兆候!・・・」聞いたことのない言葉が意識の向こうで流れていく・・・「心不全や・・・て、言うてくれ・・・、けいこばぁ・・」と・・私は思うのだが・・・言葉にも何もならない・・。
けいこばぁ・・は・・またも・・・わけのわからぬことばかりを並べている・・。
「ていびょうでおせわになっていて・・」
「ていびょう・・って、奥さん、それ、なんですか?」と救急隊員。高松逓信病院なんて、数十年前になくなった・・・。若い隊員が・・・逓信病院なんて聞いたことはないのは当たり前・・。家内が手にしているのは「NTT高松診療所」という薬袋・・・。私の生年月日と、自分の生年月日がわからなくなって混乱しているし、どうにこうにも・・・話のつじつまが合わなくなってしまっている・・・。
うつろ・・・になっていく感覚を感じながら・・・「人は・・・こうして・・死んでいくのかなぁ・・・・」などと・・ぼんやりと考えていた。
救急車には固定されているんだろうけれど・・・ゆらゆらとしていて、まるで・・・宇宙の空間の中にでもいるような不安定感・・・。上下・・・左右にゆらりゆらゆら・・・みたいな。魂が肉体から遊離して・・・浮遊しているような感覚・・・。
「奥さん・・、右手が・・こんなに冷たくなっていますでしょ・・・」
「呼吸も落ちてきているでしょ・・・」
「おとうさん! もっと・・もっと・・大きな息をして・・・!」と家内が叫んでも・・・、肺に溜まった水分が・・・心臓をぐいぐいと圧迫するから・・・呼吸は困難になるばかり・・・。私の意識の奥にまではとどかない・・。ただ・・聞こえているのは事実・・・。声として聞こえているけれど・・・その意味が理解できなくなっている・・・・。
私の意識もかすれ始めたころ・・・
「到着です!」救急車が・・・ようやくに・・・病院に着いた・・・。いきなり・・現実に引き戻される・・・。戻されても・・・身体が動くわけでも声が出るわけでもない・・・。眼が見えるわけでもない・・・。
今度は・・・ものすごい速さで・・・ストッレッチャーが引き回される・・・。非常口を入り、救急室へ向かって走る・・・。
そこで・・・応急用のベッドに移送され、病院の大型心電図形、自動血圧計などがセットされて・・・新たな酸素マスクが接続され・・・点滴が開始される・・・。救急隊員は帰って行った・・・。

「ふーむ。なんだろ・・・」内科の担当医が数値を前に目を白黒させているらしい・・・。
やがて・・・朝の5時・・・。そのうちに・・・点滴が効力を発揮してきたものか・・・血圧が急速に低下。それに伴って・・・呼吸も正常値近くまで戻った・・・・。
みんなの顔が見える・・・・。地獄からの生還だ・・・。
「病棟に電話して、病床準備・・」「病棟から迎えに来るように・・」
再び・・・ストレッチャーに移し替えられ・・・ガラガラ・・・と朝まだ暗い病院内を右に左に走り・・エレベーターに乗せられ・・病室に向かう・・・。
「あ・・・火葬場に向かう途中って、こんな雰囲気なんやろうなぁ・・・」と思うほどに・・・天井が流れ去り・・・鉄の扉がガシーンと閉じられ・・・、また、開いては天井が流れ・・・、ドアが開いて・・・病室だった。
病室でゆったりとしたのは・・・六時前・・・。夜が明けて・・・けいこばぁが帰ってしまうと・・トイレにも困ってしまうが・・そこは・・看護師を払いのけて・・・自分で・・・点滴台を掴んでトイレを済ませられるようにもなった。まだ・・七時過ぎだというのに・・・。看護師もあっけにとられ・・・。
こうして・・・永い・・・病院生活が始まった・・・。
この日、12日は成人の日ということで・・・ドクターがお休みとなり・・・、治療はないらしく・・・ただ・・静養のみ。点滴ばかりを延々と続けるばかり・・。
ただ・・・眠るしかない・・・一日。
弟や・・・娘家族らもお見舞いに駆けつけてくれたけれど、そのころには・・もう、普通の私に戻っていた・・・。ただ・・やたらと・・咳が多くて連続して・・・・。やがてには・・・熱が・・・37度、38度、39度と上がり・・・今度は高熱で意識がもうろうとなっていく・・・。咳が激しくなり・・・ベッド上でのたうちまわるようになる・・。
そこで・・・抗生物質らしき点滴が追加され、何種類かの注射液も・・・点滴とともに体内に送り込まれる・・・・。
平安に戻ろうとした矢先・・・、「インフルエンザでは・・??」という声で・・・、私は個室に移転することに。202号の4人部屋(実際には二人だけやった)から・・208号室の一人部屋に・・。

この時期に・・・病院内を院内感染をさせてはいけない・・・ということで、個室に隔離状態の缶詰め状態。外出禁止。トイレ、洗面は室内のものを使用・・・・。一歩も部屋から出てはいけない。面会謝絶・・・という状態に・・・。
なんという・・・おやすみの幕開けなんだろうか・・・。

これが・・この日の夕食・・・・。私の・・地獄からの生還を祝しての・・「お赤飯」かと思えば・・・・今日が・・・「成人の日」のお祝いなんだそうだ。
いつもは・・・赤飯は食べない私だったが・・・私の「生還祝賀」ということで・・・無理やり・・・食べてしまった。
ま、本音を言えば・・・この日は・・これしか食べるものはなかったのだけれど。
じゃぁ、また。
倉敷から戻って・・・風邪が治らなくなったし、良くもならなかった。退職を前にして、有給休暇はすでに配分していて、休むべき日が決まっているもので、木曜・金曜は・・・苦しくても・・出勤するしかなかった。金曜の夕方まで辛抱したら・・・おやすみに入れると計算もしていた・・・。
ところが・・ここのところの急激な寒さがこたえたものか・・・、11日の夜中には・・・咳が激しくなるし、トイレが激しくなってきた・・・。一時、二時は・・まだ・・大丈夫だったが・・・、三時過ぎには・・動悸が激しくなり・・、四時には・・・限界がきた。
最初は・・・高松の社宅にいた・・・平成17年の雪の日・・・。二度目は・・・平成19年の寒い夜・・・・。三度目が・・・平成21年の雪の夜になった・・・。
血圧計では計測不能になった。何度計っても・・・エラーになってしまう。降圧剤を飲んだが・・・手遅れだった・・・。心臓がものすごい力で圧迫される・・。動悸が激しくなる・・・。呼吸困難になる・・・。体中が大きな風船に押しつぶされるような気分・・・。
家内が・・異常を悟って・・・すぐに・・・119番通報・・。

間もなく・・・救急車のサイレンが・・・我が家の前で止まり、係員が走りこんできた・・・。すぐにストレッチャーが運ばれ、部屋から搬送されて・・救急車内へ確保・・・。酸素マスクや血圧計・心電図計が装着されて・・・そこで・・・ようやくに事情聴取・・・、私は・・一言も声は出せない・・・。
そして・・高松日赤は無理だとして・・・東かがわ市の県立病院に向かうことに・・。

「心筋梗塞の波形、P波検出!」「心房細動の兆候!・・・」聞いたことのない言葉が意識の向こうで流れていく・・・「心不全や・・・て、言うてくれ・・・、けいこばぁ・・」と・・私は思うのだが・・・言葉にも何もならない・・。
けいこばぁ・・は・・またも・・・わけのわからぬことばかりを並べている・・。
「ていびょうでおせわになっていて・・」
「ていびょう・・って、奥さん、それ、なんですか?」と救急隊員。高松逓信病院なんて、数十年前になくなった・・・。若い隊員が・・・逓信病院なんて聞いたことはないのは当たり前・・。家内が手にしているのは「NTT高松診療所」という薬袋・・・。私の生年月日と、自分の生年月日がわからなくなって混乱しているし、どうにこうにも・・・話のつじつまが合わなくなってしまっている・・・。
うつろ・・・になっていく感覚を感じながら・・・「人は・・・こうして・・死んでいくのかなぁ・・・・」などと・・ぼんやりと考えていた。
救急車には固定されているんだろうけれど・・・ゆらゆらとしていて、まるで・・・宇宙の空間の中にでもいるような不安定感・・・。上下・・・左右にゆらりゆらゆら・・・みたいな。魂が肉体から遊離して・・・浮遊しているような感覚・・・。
「奥さん・・、右手が・・こんなに冷たくなっていますでしょ・・・」
「呼吸も落ちてきているでしょ・・・」
「おとうさん! もっと・・もっと・・大きな息をして・・・!」と家内が叫んでも・・・、肺に溜まった水分が・・・心臓をぐいぐいと圧迫するから・・・呼吸は困難になるばかり・・・。私の意識の奥にまではとどかない・・。ただ・・聞こえているのは事実・・・。声として聞こえているけれど・・・その意味が理解できなくなっている・・・・。
私の意識もかすれ始めたころ・・・
「到着です!」救急車が・・・ようやくに・・・病院に着いた・・・。いきなり・・現実に引き戻される・・・。戻されても・・・身体が動くわけでも声が出るわけでもない・・・。眼が見えるわけでもない・・・。
今度は・・・ものすごい速さで・・・ストッレッチャーが引き回される・・・。非常口を入り、救急室へ向かって走る・・・。
そこで・・・応急用のベッドに移送され、病院の大型心電図形、自動血圧計などがセットされて・・・新たな酸素マスクが接続され・・・点滴が開始される・・・。救急隊員は帰って行った・・・。

「ふーむ。なんだろ・・・」内科の担当医が数値を前に目を白黒させているらしい・・・。
やがて・・・朝の5時・・・。そのうちに・・・点滴が効力を発揮してきたものか・・・血圧が急速に低下。それに伴って・・・呼吸も正常値近くまで戻った・・・・。
みんなの顔が見える・・・・。地獄からの生還だ・・・。
「病棟に電話して、病床準備・・」「病棟から迎えに来るように・・」
再び・・・ストレッチャーに移し替えられ・・・ガラガラ・・・と朝まだ暗い病院内を右に左に走り・・エレベーターに乗せられ・・病室に向かう・・・。
「あ・・・火葬場に向かう途中って、こんな雰囲気なんやろうなぁ・・・」と思うほどに・・・天井が流れ去り・・・鉄の扉がガシーンと閉じられ・・・、また、開いては天井が流れ・・・、ドアが開いて・・・病室だった。
病室でゆったりとしたのは・・・六時前・・・。夜が明けて・・・けいこばぁが帰ってしまうと・・トイレにも困ってしまうが・・そこは・・看護師を払いのけて・・・自分で・・・点滴台を掴んでトイレを済ませられるようにもなった。まだ・・七時過ぎだというのに・・・。看護師もあっけにとられ・・・。
こうして・・・永い・・・病院生活が始まった・・・。
この日、12日は成人の日ということで・・・ドクターがお休みとなり・・・、治療はないらしく・・・ただ・・静養のみ。点滴ばかりを延々と続けるばかり・・。
ただ・・・眠るしかない・・・一日。
弟や・・・娘家族らもお見舞いに駆けつけてくれたけれど、そのころには・・もう、普通の私に戻っていた・・・。ただ・・やたらと・・咳が多くて連続して・・・・。やがてには・・・熱が・・・37度、38度、39度と上がり・・・今度は高熱で意識がもうろうとなっていく・・・。咳が激しくなり・・・ベッド上でのたうちまわるようになる・・。
そこで・・・抗生物質らしき点滴が追加され、何種類かの注射液も・・・点滴とともに体内に送り込まれる・・・・。
平安に戻ろうとした矢先・・・、「インフルエンザでは・・??」という声で・・・、私は個室に移転することに。202号の4人部屋(実際には二人だけやった)から・・208号室の一人部屋に・・。

この時期に・・・病院内を院内感染をさせてはいけない・・・ということで、個室に隔離状態の缶詰め状態。外出禁止。トイレ、洗面は室内のものを使用・・・・。一歩も部屋から出てはいけない。面会謝絶・・・という状態に・・・。
なんという・・・おやすみの幕開けなんだろうか・・・。

これが・・この日の夕食・・・・。私の・・地獄からの生還を祝しての・・「お赤飯」かと思えば・・・・今日が・・・「成人の日」のお祝いなんだそうだ。
いつもは・・・赤飯は食べない私だったが・・・私の「生還祝賀」ということで・・・無理やり・・・食べてしまった。
ま、本音を言えば・・・この日は・・これしか食べるものはなかったのだけれど。
じゃぁ、また。