ええ・・、連日・・・山の家にこもっているというのは何かがある証拠・・・。
そ、今日は・・・岡山の叔父さんの四十九日法要の日。それだし、私らの仲人さんだったし・・。叔母さんは・・・一昨年だかに亡くなった。相次いで・・お二人は仲良くお浄土にお帰りになった・・・。
で、従兄弟たちと待ち合わせて・・・七時半にさぬき市を出発した・・。高速道路経由で・・・瀬戸中央道の早島まで走る・・・。
高松道から坂出ジャンクションに入って、瀬戸中央道に向かう・・・。
日曜日だというのに、橋の上は静かなもの・・。例のどこまで行っても1000円・・・というのがなくなって・・・車の数がぐんと減ったらしい・・・。
約・・・1時間半ほどで目的地に着いた。まだ・・・九時過ぎだった。
ご法事は10時からだったので、そのあたりを歩いてみた。大安寺高校というのがすぐ裏にあった。そのまんま・・・あったが、周囲はすっかりと変わってしまって、水郷地帯、い草の栽培が盛んだった水田地帯が住宅地になり、新幹線が走る町に変貌していた・・・。
おじさんの集めたお面が一室にずらりと・・・。なんでも集められるもんだね・・。お面の収集家か・・・。
こんなものとか・・・
この部屋に、夜間に入ったら驚くやろうね・・・。こんなものが部屋の四面にずらずらと並んでいるんだもの・・・。
讃岐では、お坊さんのことを・・「おじゅっさん」というが、ここでは、「おしょうにんさん」と呼ぶ。まぁ、ここらは日蓮宗だから・・・そう、呼ぶのかも知れないのだけれど・・。ま、お作法が違うし、お経が違うし・・・、なんかへんてこりんな気分・・・。
30分ほどの読経やらお説教があって、お墓に移動・・・。早々にお墓に納骨して・・読経とお焼香・・・。よその会社の朝礼に参加したみたいな気分か、よその国のお寺にお参りしたみたいな気分か・・・。
その後は、近くの料亭に集合してのおとき。岡山ではどういうのか知らないけれど・・・。会食と言ってしまったら法要らしくはないしね・・・。
ま、普通のお食事会ってことやねぇ。少し前みたいにしおらしく・・・精進料理を食べるという時代は終わったのかも知れない。昭和は遠くなりにけり・・・だね。
それだし・・・、私よりも年上の方がいなくなって・・・若い方達ばかりになってしまうと・・誰が誰やらわからなくなり、誰とも会話することもなくなってしまう・・・。ますます・・昭和は遠くなってしまったことだった・・・。
いとこの運転する車に乗せてもらって、13時には岡山を出て、早島から高速に入り、瀬戸大橋を通って、14時半にはさぬき市に戻ったことだった。
で、明日には・・・讃岐広島に入って、お寺さんほかに、お大師参りの資料をお届けしたいもの・・・。それが終われば・・・水曜あたりには戻るつもり・・・。
じゃぁ、また、明日、会えるといいね。