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こんにちは~♪
今日は 鳥取県鹿野町の
「鹿野まち歩き」です。
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鹿野町は鳥取市の西側に位置し
司馬遼太郎が ” 街道を行く” の著書に「人通りはない。通りは水の底のように静かで
ときどき京格子の町屋や白壁に腰板といった苗字帯刀身分の屋敷などが残っている。
全体に、えもいえぬ気品をもった集落なのである。」と,記した町。
鹿野城跡と城下町の風情の残る町です。
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鹿野往来交流館「童里夢」ドリーム
ここの駐車場に車を置いて まち歩き。
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この施設には地域の特産品などの土産物販売コーナーや
喫茶・食事コーナーなどがありました。
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建物奥の一部高い天井下は
食事コーナーですが,この日はお休み日でした。
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サルスベリの枝先に残る花はまだピンク色が綺麗でした。
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ハロウィンのディスプレー
鹿野へは 国道9号線から稲田の広がる田舎道を入って行くと
蒜山高原と同じ様にパラパラと蕎麦畑が目につきます。
地元鹿野町産の十割そばを使い
食事処の「鹿野そば道場」や「鹿野そば処」などでは
鳥取地鶏や旬の地採野菜とコラボさせたメニューが 色々とありました。
↓ 地図の上部が日陰で見えにくいですが。。。
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この時期の晴れた日は 日向と日陰がはっきりと分かれ
写真が撮りずらいですね。
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町中に残っている古い建物は,江戸末期から明治時代のものが殆どで
建物には「京風千本格子」が多く残り,釘を使用しない「木組み」で建てられ
その宮大工の子孫は今でも「山城屋」という屋号だそうです。
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数年前に来た時には,古民家の中をお店にしていましたが
今はひっそりと,その面影は感じられませんでした。
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古民家には どの家も格子戸が嵌められていて
京都から伝わった京風千本格子。
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疑問に思っていても,また聞き忘れてしまった
格子戸に飾られたこの風車。
数年前に来た時もありましたが,ただの飾りなのか
それとも何か意味があるのかしら~~?
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どの家の格子戸にも飾り付けられています。
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四百年流れつづけている水路
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鹿野城主の亀井茲矩により造られた水路で
町の中を縦横無尽に 今なお 当時のまま流れ続けています。
鹿野町と言えば
まず 浮かぶのは 「 山中鹿介 」
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幸盛寺と山中鹿介の墓
幸盛寺は鹿野城主 亀井茲矩の義理の父で
非業の死をとげた山中鹿介の菩提寺。
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山中鹿介(本名:幸盛)は
尼子氏に仕えて毛利氏と戦い、主君の降服後も尼子十勇士とともに主家再興に奔走。
織田信長を頼り、豊臣秀吉に従って中国征伐に出陣したが、毛利軍に捕らえられ
主君尼子氏の再興を果たしえず,非業の死を遂げた戦国時代の武士。
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境内にある樹齢400年以上の大イチョウ
枝先をバッサリとカットされたのか
スリムな樹形の大イチョウでした。
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高さは34m,幹の周りは6m
鹿野城跡(王舎城)の城跡公園
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山陰にある戦国の城では珍しい
内堀,外堀,石垣などが今でも当時の面影を留めています。
鹿野城は現在は天守などの建物はなく,石垣などの遺構が残されていて
戦国時代の山城です。
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人の姿を見つけ,まっしぐらにやって来る一羽の白鳥
パンを持ち合わせていなくて ごめんね。。。
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春には,約500本のソメイヨシノの花が
辺りを桜色に染め,水面にも映し出されます。
あれ! 橋の右側の欄干上に何かあるよ!
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どなたかが 置いたのか
欄干上にあったのは ヒガンバナと小さなヒョウタンや柿
ここにも ハロウィン 🎃ディスプレイ
ちょっと ほっこり気分になったね。
2時間ほどの滞在で,ぷらぷらと歩いても5000歩ほど。
我が家の暇つぶしドライブ散策は 至って省エネ。
お弁当・ドリンク持参で,基本的にお土産は買いません。
無料駐車場を利用して かかるのはるガソリン代だけ。
なので,毎日がサンデーの年金生活高齢者でも
週に何回でもドライブ散策に行けちゃうよ!!
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以上は2020年10月6日撮影
ちょうど昨年の今日の時のもので
更新できる状態にしたままに残っていた記録簿。
帰りに 三朝温泉へ寄って風情ある温泉街の町並みを散策しました。
その時の写真は 機会があればアップしてもと。。。