こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

絵手紙

2015年04月23日 01時32分11秒 | 絵手紙
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食事つくりは、いや大変だ!

2015年04月23日 00時06分29秒 | 文芸
食事つくりは、いや大変だ! 

春先からわが家の食事作りを担当するはめに。レシピ本屋クッキングサイトを覗いて、和洋中いろいろな料理に挑戦と心意気は充分だったが、いざ調理で思惑違いの連続。
「ボク食べるひと」の時は考えもしなかった、食費の限界値。現実は厳しかった。妻がいかに苦労していたかを、やっと理解。
 本やネットのレシピ通りの食材調達など、まず無理。自家栽培の野菜中心にならざるを得ない。調味料もわが家の家計ではひと揃えなんて絶対に無理である。
 試行錯誤の繰り返しを経て、ようやくわが家なりの調理法がつかめたのは、なんと半年後。
 食材や調味料の買い出しはチラシと睨めっこで安いものをチェック。それから業務スーパーや安売りスーパーの特売目玉商品を買いに走る。おかげで結構ものの値段を覚えた。
メーカーものより値段。これがわが家の買い物に関する絶対条件だった。
 安い食材を使い、より旨い料理を作る。言うは易し行うは難し。しかし家族への思いやりを忘れなければ、かなり旨いものが出来上がる。そして家族の笑顔が生まれる。その瞬間、「ヤッターッ!」と快哉を上げる。
 考えてみれば、妻や女性の手に委ねがちだった家事・料理が、男の手に移っても別におかしくはない。誰が担うにせよ、家族への愛を根底に置くよう心がければ充分だと思う。
(朝日・2012年10月12日掲載)
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詩・旧友の電話

2015年04月22日 13時29分25秒 | 文芸
級友の電話  

「元気か?」

友人の
声が
耳に響く
ここちよく
30年…前
そのままに

ひょいと
鏡をのぞく
白い髪…シワ…
年を経た
顔が
そこにある

40年―
友情だけが
年を
食わない
それが
不思議だ
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息子のごっそ

2015年04月22日 09時35分50秒 | 文芸
息子のごっそ

「この幕の内がええわ」
「野菜の煮物が多いのにせな」
「卵焼きも好物なんでしょ」
 例年母の火が近づくと、カタログを前に夫婦そろって喧々諤々し頭をひねる。数年前までは服や履物が中心のプレゼントだったが、ここ数年、ちょっと張り込んだ高級な幕の内弁当に替わった。
 母親は八十半ば、足腰の衰えは隠しようもない。最近はめったに外出もしなくなった。しかも三年ほど前に大手術を受け長期の入院を余儀なくされた。現在は回復しているが、もう食べることと家族の会話ぐらいしか楽しみはなくなっている。若い頃から美味しいものに目がない健啖ぶりは、年齢ぐらいでは止まないようだ。
 そこで母の日の贈り物は『特性幕の内弁当』がお定まりとなった。実はわたしの仕事先は弁当仕出し会社の製造調理部。すべてにわたって好都合である。といってもそれだけじゃない。
「お前が作ってくれたごっそ(ご馳走)は、世界でいっちゃん(一番)美味いわ。ほんまに美味しいわ」
 喜色満面で喜んだ母のひと言が決定的だった。以来、息子の(?)特製幕の内弁当は、母の日の出番をいまや遅しと待つようになった。
 さあ今年も腕を振るうぞ!
(平成16年2月23日)
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絵手紙

2015年04月22日 01時42分45秒 | 絵手紙
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どうする?親おや

2015年04月22日 00時23分44秒 | 文芸
どうする?親おや

 小学校に勤めている知人との雑談で〈なるほど、これが最近の風潮なのか〉と、半信半疑ながら考えさせられた。
 先ごろ、自分の受け持つ児童が学校に忘れ物をしているのに気づき、たぶん困っているだろうと電話をいれてみた。電話口に出た母親は恐縮するでもなく感謝するでもなく、それがどうしたの?って調子で、いともアッサリと答えた。
「ああ、学校にあったんですか。うちの子が忘れて来たと訴えるんで、すぐに買ってあげましたの。だから、もうそれは捨てといてください」
 知人はあぜんとなり、二の句が継げなかったらしい。そして思い知った。使い捨て時代のの悪弊が子供に及ぶのは、やはり親の姿勢にあると。
 確かに豊かさが満ち溢れた現在の社会では、しごく簡単にお金でけりをつけてしまうのが常識化しつつある。
 それが子どもの世界に影響を与え、物事を価値判断する能力すら鈍らせてしまい、最近目立っている少年が仕出かす凶悪犯罪。その多発という社会現象を呼んでいる。
 子どもの影響度からいえば、親に匹敵するものはまずない。だからこそ、親はしっかりと子どもに向き合い社会の常識を教え導かなければならない。それも慎重に配慮した対応が必要になる。
 いま一度、わが身を振り返って、子どもの前に大人の醜い姿をさらさぬように気を付けるべきだろう。将来を担うべき子どもの健全な成長を図るためにも。
(神戸・昭和63年7月31日掲載)
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詩・田ごしらえ

2015年04月21日 15時38分48秒 | 文芸
田ごしらえ

バルルーン!
勢いよく
雑草を
刈りはねる

汗が
じっとりと
だけど
心地よい

新たな季節が
すぐそこに
ある

この努力を
決して
見逃さぬだろう

あすには
溝に
水がほとばしる

緑覆う
田圃が
鮮やかに
目に浮かぶ

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癒されるオーケストラ

2015年04月21日 09時43分07秒 | 文芸
癒されるオーケストラにて 

中学の時、音楽の先生に「声楽家もんやね」と言わしめた歌唱力!それが五十年経ったいま、音楽とは無縁の日々を送っている。
 そんなわたしに、唯一音楽に関した楽しみを与えてくれているのが、高校生の末娘。6歳から倣い続けているヴァイオリンで音楽家に進んだ。
 彼女が毎日練習する楽器の旋律の響きを、ひと部屋隔てたところで楽しんでいる。近くで臨場感に浸りながら聴きたいが、薄眼が嫌がるから仕方がない。
 ただ娘の演奏は、他の何よりも間違いなくわたしを癒してくれる。
 先日、高校のオーケストラ定期演奏会に出向いた。舞台が遠くて、娘の位置が掴めない大きな会場だった。ワクワクしながら会場の雰囲気を自分のものにした。。
 演奏が始まる。演奏者のアンサンブルが奏でるクラシック音楽。このメロディ、耳に馴染みがある。あの壁を隔てて耳にした娘の演奏。それがいま目の前にあった。とてつもなく胸が熱くなる。うち震えた。娘が情熱的に演奏する姿が幻想となってわたしを包む。
 時間は瞬く間に過ぎた。我を忘れて(ブラボーッ!)と胸のうちで喚呼し、強く手を叩き続けた。
 これからは、娘抜きのクラシック鑑賞を考えられないだろう。
(2012年10月3日気流掲載)
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絵手紙

2015年04月21日 01時32分36秒 | 絵手紙
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格差友達は、いま

2015年04月21日 00時32分17秒 | 文芸
格差友達は、いま

 小学校時代。学校帰りにいつも一緒の友達がいた。住所が近くで、自然とそうなった。
 帰り道、いつも友達は私の話に耳を傾けた。図書室の虫みたいに本好きな私。その場で即興の話をつくる。友達は家に帰り着くまで四十分以上、私の物語を聞いてくれた。
「お前の物語、面白いわ。また明日な」
 友達はいつも別れ際にそういった。のちに東大へ進学するほど優秀だった彼と、程ほどの成績しか取れなかった私。二人の意外な接点は、私が思いつくままに語る物語だった。
 高校から以降、二人の接点は皆無になった。当時の国鉄で順調に出世した彼と、最後はスーパーのパートで終えた私との格差は歴然だった。たぶん話も合わなかったろう。
 先日、村の寄り合いで彼に会った。引退して帰郷したのだ。彼はすぐに私を見つけた。
「お前の話ほんまに面白かったんや」
 白髪と皺が目立つ友達。お互い歳を食ったなあと、あの頃が思い出されて、目が潤んだ。
 
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