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落とし物:7万円戻る 感激ミャンマー人「日本を手本に」

2016年04月08日 07時04分28秒 | ニュース
 ミャンマーから新聞奨学生として来日したミュジャさん(21)が都内で紛失した現金約7万円入りの封筒が、匿名の拾得者を介して無事に戻ってきた。ミュジャさんは「日本人は拾った物を必ず届けると聞いていたが、これほど高額でも戻ってくるとは。本当に驚いた」と、感謝の念を深めている。【加藤隆寛】

 エンジニアになる夢をかなえるため、ミュジャさんが来日したのは3月22日。同26日午後、東京都新宿区大久保の施設で研修を終え、配属先の毎日新聞駒沢販売所(世田谷区)に到着した後、リュックの中にあるはずの封筒がないことに気づいた。

 「ありえないこと。パニックになってしまった」。封筒に入っていたのは6万2000円と95ドル(約1万円)の紙幣。カチン州で農業を営む父が、田んぼを半分売って工面してくれた当面の生活費だった。日本の紙幣に合うサイズの財布をまだ持っておらず、全財産を封筒に入れて持ち歩いていた。

 「父に申し訳ない。家族の幸せのため、大事な田んぼを売ってくれたのに……」。祖国では両親のほか、27〜12歳の6人の姉妹が待つ。経済的理由や内戦事情により、夢をあきらめた姉もいる。「少しでも家族の暮らしを楽にできれば−−」。思い描いた夢に踏み出そうとした矢先の試練に、打ちのめされそうになった。

 研修から同行していた同販売所の堀将一所長(38)は、相談を受け「駅の切符売り場で電子マネーの入金をした時に落としたのでは」と思い当たった。地下鉄副都心線・西早稲田駅に電話したところ、届けられていることが判明。拾得者は駅員に名乗らず、遺失物法で認められた報労金(謝礼)の請求権も放棄すると伝えていたという。

 ミュジャさんは拾得者について「とても『心の白い』人。他人の心を理解できる、優しい人だと思う。私もあなたを手本にして精いっぱい生きていきたい」と話す。奨学生として2年間、日本語学校に通いながら新聞配達に励んだ後、日本の大学に進学するつもりだ。「拾ってくれた人だけでなく、所長や駅員の皆さん、日本国民の全員にもお礼を言いたい。夢のためにしっかりと頑張ることで恩返しできれば」と決意を新たにしている。

矢沢永吉のBIGな伝説 35億円の詐欺被害も全額返済!

2016年04月08日 06時56分41秒 | TV番組
矢沢永吉といえばあらゆる伝説がある。その中でも特に知られているのが35億円の借金完済だ。


■ 部下に騙された矢沢永吉 35億円の借金背負う

矢沢はオーストラリアのゴールドコーストに強く惹かれ、そこに音楽学校やスタジオを作れないか?と考えるようになる。このプロジェクトにあたって、信頼できる二人の部下に任せるようにしたそう。一人は英語が話せて現地との交渉事をスムーズにできる男。もう一人は不動産や金融関係の経験が豊富な年長者。最適な組み合わせであったはずだった。

だが、1998年に衝撃の事実が発覚する。現地の部下二人は矢沢の会社で別のビジネスを行っており、矢沢への報告はすべて虚偽だったことが判明。詐欺・横領などによって矢沢が受けた被害総額は35億円。その全ての借金を矢沢が背負うこととなってしまう。これはオーストラリア犯罪史上二番目に大きい被害金額であった。


■ 借金を全額返済した矢沢永吉

信頼していた部下に裏切られた矢沢は、当初打ちのめされて毎日酒を飲んでいたそうだが、借金完済を決意。そこから矢沢は今まで以上に精力的に活動をする。ライブはもちろん、CMや映画などにも出演してお茶の間への露出も増やしていった。
このような努力が実り、数年をかけて全額返済したそうだ。返済は一度も遅れることなく行われ、銀行の担当者に「返済の優等生」と言われたという。

借金完済後に矢沢は都内にスタジオを兼ねたビルを建設している。35億もの借金を完済した上に、都内にビルまで建築した矢沢は以下のように語る.

「僕は皆さんにも言いたいね。リストラされたって、借金を背負ったってそれは役だと思え。苦しいけど死んだら終わりだから、本気でその役を生き切れ。つまり視点を変えれば、気持ちが切り変わるってことなんだ」

実際に億単位の借金を背負った場合、ここまでの決意をしても全額返済できるかと頭をよぎるが、矢沢もそう思ったことだろう。しかしそれをおくびに出さずに完済をしてしまった。矢沢永吉がBIGだと言われる理由の一つを垣間見れるエピソードだ。
(篁五郎)