2015年10月28日午後、日比谷野外音楽堂で、より劣悪になろうとしている生活保護政策に反対する集会が行われた。今回は、多様な4000名の人々が集まったこの集会と、集会後に行われた厚労省への申し入れの様子をレポートする。
多様な4000人が「生活保護」のために集まった午後
2015年10月28日木曜日の午後、日比谷野外音楽堂において、「人間らしく生きたい。」というスローガンのもと「10.28 生活保護アクションin日比谷 25条大集会(以下、25条大集会)」が開催された。
「午後より小雨」という天気予報に反し、晴れ渡る秋空の下、日比谷野外音楽堂には約4000人の参加者が集まった。13時30分~15時30分にかけて開催された「25条大集会」の終了後、日比谷公園から銀座方面へのパレードが開催され、参加者のほとんどがパレードにも参加した。またパレードと並行して、16時より、「25条大集会」実行委員の法律家・作家・支援者・研究者および生活保護利用者たち合計約15名によって、厚生労働省への申し入れが行われた。
「25条大集会」は、弁護士の尾藤廣喜氏(当連載「政策ウォッチ編」第36回参照)による実行委員会を代表しての開会挨拶で開始された。20代のころ、厚生官僚として生活保護制度を「健康で文化的な生活」のために運用する努力を重ねていた尾藤氏は、格差の拡大と貧困の深刻さが進行し続ける日本の現状に対し、雇用・年金・医療・障害福祉・教育・住生活、もちろん生活保護そのものに対し、幅広く本質的な対策を行う必要性を訴えた。さらに労働社会福祉中央協議会事務局長の大塚敏夫氏が壇上に立ち、
「国民の最後のセーフティネットをボロボロにして、政府は何をしようとしているのでしょうか? 安倍首相は『一億総活躍社会』というけれど、セーフティネットがボロボロなら死しかありません。貧困対策は政府の役割です」
と述べた。
「飢えず凍えず」で充分なら奴隷と一緒和田秀樹氏の「右翼」としての主張
ついで、「25条大集会」呼びかけ人代表として挨拶した精神科医の和田秀樹氏は、自らを「右翼」と自己紹介し、「右翼の立場からも生活保護の引き下げは許せない」「同胞が1人でも死んでいくことは許せない」と述べた。さらに、消費が冷え込んで景気が悪化している日本の現状に対し、景気対策としても生活保護を改悪すべきでないことを指摘した上、精神科医として、生活保護を利用している精神疾患の患者が「生活保護だから」と差別や疎外の対象となりがちなことに対して、
「屋根があってご飯があればいいというのは奴隷と一緒」
と述べ、 「この国が文化的で、先進国でありつづけることが、右翼としての私の願いです」
と発言を結んだ。
呼びかけ人の一人である経済学者の金子勝氏は、おそらく思想信条においては和田秀樹氏と真逆であろうと思われるが、発言を安保法制やTPPに対する批判から始めた後、
「高齢者・障害者・失業者などが国民の半数近くになっているのに、生活保護の切り下げなどあり得ません。一方で、企業は史上最高益を上げています。ある種の詐欺です」
と述べ、
「多くの人が参加して、自立して社会に関われる仕組み作りが、本当の、一億総活躍社会ではないでしょうか? そのために闘わなければならないのが今の社会ですが、連帯して闘っていきましょう」
と結んだ。多様な「呼びかけ人」全員のリストは、「25条大集会」サイト内にある。
壇上で発言やアピールを行った人々は、生活保護利用者や支援者にとどまらず、障害者・年金受給者・非正規労働者・法律家・研究者・政治家など極めて多様だった。訴えた内容は、生活保護制度そのものはもちろんのこと、年金制度・非正規労働・最低賃金・教育・高齢者や障害者に対する福祉サービスの提供など多岐にわたった。私は、生活保護をメインテーマとする集会に、これほど多様な人々が集まった風景を、過去に見たことがない。
国会議員による挨拶は「先着順」で行われ、発言順は小池晃氏(共産党)・山本太郎氏(生活の党と山本太郎となかまたち)・川田龍平氏(維新の党)・吉川元氏(社民党)・山井和則氏(民主党)であった。私は、
「なぜ、自民党と公明党からは一人も参加していないんだろう?」
と思った。自民党議員の一人一人に個人モードで話を聞いてみると、「社会保障に対する『タダ乗り』は良くないと思う」は概ね共通しているものの、「生活保護しかなくなる人を減らすために、雇用も税制も年金も医療も少しずつでも改革し、働けて稼げて納税できる状況を数多くの人々に拡大し、社会状況全般を『生きやすい』ものに変えていくことが必要だ」と考える人は少なくない。「25条大集会」で挨拶した国会議員の中には、日本という国の存続と将来・雇用の低迷と景気の関連について触れた人もいた。もし自民党・公明党の議員が来場して発言したならば、「生活保護などなくし、貧乏人は勝手に死んでもらおう」といった暴言の類でない限り、受け入れられ歓迎された上、「自民党も公明党も捨てたものではない」という認識を持つ有権者を少しは増やせたかもしれない。
「25条大集会」は最後、「貧困は、お金だけの問題ではない」ではじまり「誰一人、貧困に殺されない社会。そんな当たり前のために、私たちは声を上げ続ける」で終わる集会アピールを採択して終了し、15時30分過ぎ、参加者のほとんどが銀座方面へのデモへと出発した。デモの様子は、朝日新聞などの記事(「いのちを守れ」生活保護費の削減反対訴え 銀座でデモ)で紹介されている。
なお「25条大集会」では、2回にわたって、来場者に対するカンパの依頼が行われた。笑いを交えた「なるべく、軽いお金(紙幣)でお願いします」という依頼に応じて集まったカンパは、総額73万251円であった。生活保護利用者など貧困状態にある人々多数による、「このカンパの代わりに何を削ろうか?」と考えながらのカンパに硬貨が交じることは、致し方ないであろう。
以下、本記事では、現在のところほとんど報道されていない、パレードと並行して行われた厚労省への申し入れについて述べる。
生活保護利用者たちの涙の訴えを厚労官僚たちはどう受け止めたか?
「25条大集会」当日、16時より行われた厚労省への申し入れに対応した厚生労働省側の人々は、社会・援護局保護課の鈴木建一氏・保護課長補佐・保護課基準係長の3名の管理職に加え、保護課基準係員の4名であった。
実行委員会が挨拶したあと、2名の生活保護利用者がそれぞれ、厚生労働省への要望書(全文)および大会アピールを音読し、保護課長の鈴木氏に手渡した。
厚生労働省への要望書を音読したのは、病気のため働けない状況にある稼働年齢層の男性であった。要望の中心は、生活保護基準を2013年の引き下げ以前に戻すことである。
「健康で文化的な生活」の最低ラインは物議をかもしがちであるが、その内容や必要な費用は、数多くの研究者が研究してきている。2012年時点の生活保護基準は、稼働年齢層の単身者の場合で、それらの研究結果から1万円~1.5万円程度不足していた。その不足分は、たとえば回復しつつある傷病者が、就労への復帰訓練を兼ねた短時間のアルバイトで、大きな無理をせずに埋められる金額であった。生活保護基準の引き下げは、就労で「健康で文化的な生活」を送ることも困難にしている。
大会アピールを音読したのは、精神障害を持つ夫と暮らす、自身も精神障害者である女性であった。女性は「25条大集会」で、福祉事務所のケースワーカーに就労を求められ、ハローワークで就労の努力を重ねたものの、「精神障害だから」「生活保護だから」と断られた悔しさを語っていた。その悔しさが込み上げてきたのか、厚労官僚の前で大会アピールを音読しながら、女性はむせび泣いた。
引き続き、生活保護利用者の男性2名・女性1名が、
「生活保護費が全く足りないため、まず食費を削っています。電気ストーブしか使えない住まいに住んでおり、電気代が冬季には6万円かかります。電気代のため、食事ができないこともあります」
「生活保護費がまったく足りない状況を何とかしようと、また将来は脱却しようと、アルバイトをしています。しかし収入認定される金額が大きく、働けるだけ働いても、せいぜい2万円程度しか手元に残りません」
「生活保護費が削減されたため、まず近所付き合いをやめ、町内会費がかかるので町内会からも退会しました。ついで食費を減らしました」
「生活保護費を減らすことで、国は私たちをどうしたいのでしょうか? 単なる弱い者イジメに見えてしかたがありません」
「生活保護の暮らしを見た上で、政策を決めてください」
「今、生活保護基準引き下げに対する訴訟に原告として加わっていますが、厚労省さん側は、『資料は次回に出します』といって、いつも出してくれません。『物価は下がった(だから、生活保護費を引き下げた)』とおっしゃいますが、物価は下がっていません」
と、実情を口々に訴えた。
また実行委員会の人々は、厚労省の再三の通達にもかかわらず現在も行われている「水際作戦(生活保護の申請妨害)」、2013年以後の生活保護基準引き下げによる一年間の生活費の減額が既に10万円前後に達していること、一般就労できない障害者の10%が生活保護を利用していること、福祉労働への悪影響が懸念されることなどを訴えた。
保護課長の鈴木氏は、以上の訴えを受けて、
「生活実態の貴重な話に感謝します。重く受け止めていきたいと思います。生活保護基準は、審議会の議論を経て、十分、慎重に議論して決めてきました。これまでもそうでした。これからも慎重な議論をしながら検討したいです。でも全体の消費の実態なり、そういうことも踏まえていく必要があります。そういう中で、いかにして全体の制度を作っていくかということです。今日いただいたご意見、要望書、アピールは、検討させていただきます。生活保護基準の議論はデータにもとづいて、進めていきたいと思います」
と述べた。
申し入れの最後に、「25条大集会」実行委員会の弁護士・尾藤廣喜氏が、
「生活保護基準が、審議会(社保審・生活保護基準部会)を受けて決まっているという話は、裁判で私たちが主張している点です。でも、部会と違った形で引き下げされたという事実があります」
「生活実態と生活保護基準が合わないために当事者が苦しんでいることは、(厚生労働省の)事務当局として実態を調べて、実態に合わせて対応してもらわなくちゃいけません。基準係は、そのためにあるんですから」
と苦言を呈し、
「財務省の圧力は、今の状況の中では、強いと思います。でも、国民生活を考えて検討し、必要ならば厚労省の立場で国民の生活権利を守ることこそが、厚労省の役割です。保護課長と基準係の役割は、重大です。厚労省をあげて考えて、取り組んでほしいです。今日(25条大集会に)これだけ多くの人が集まったという思いを、真剣に受け止め、いい制度にするために努力してください」
と、元厚生官僚ならではの意見を述べた。
この後、厚生労働記者会で行われた記者会見には、私を含めて6名の報道関係者が参加した。生活保護利用者たち・実行委員会関係者たちは、より具体的に言葉を尽くして、現在の状況と生活実態を語った。
記者会見の最後、直前の厚労省への申し入れを受けて、尾藤氏は、
「日本は、貧困化が進んでおり、生活保護が唯一の砦です。でも、(政府は)崩そうとしています。何がこの国の地盤を支えるのでしょうか? 崩壊しかかっている状況です」
「社会保障全体の底上げをはかることこそが、今の日本に求められていることです。当事者は、それを自覚しています。しかし政府には、自覚がありません」
「今日(の申し入れ)も、課長さんと基準係の方がいらっしゃいました。私は『財政当局は、いろんな圧力をかけてくるかもしれませんが、厚労省は生活を守ることが役割です、生活を底上げするべきではないでしょうか』と言いました。でも(厚労省職員には)真剣な眼差し、真剣な気持ちが認められませんでした」
と述べた。
数多くの子どもが、育ちと学びの機会を得て力ある大人となり、大人になった後は「自分の力を使って、働いて貢献を認められ、稼いで、納得できる納税をしたい」と考え、実際に実行できること、それを支えることこそが、政府の役割であろう。
厚労省に足繁く出入りし、顔見知りの職員が多数いて言葉を交わす機会も多い私は、厚労省職員に対して「真剣でない」と言う気にはなれない。しかし、自分たちの行う政策の結果が何をもたらしているのかには、もう少し関心を抱いていただけないかとは思う。帳簿上の数字の問題ではなく、場合によっては人の生き死にを左右する問題であるという実感を持った上で、政策を決定していただくことはできないものだろうか?
なお、記者会見終了後、記者たちは実行委員や生活保護利用者たちに対し、熱心に直接の取材を行っていた。取材の結果が、遠からず記事として多くの方々に読まれることを願う。
次回は、生活保護利用者に対する就労促進の「今」についてレポートしたい。2013年の生活保護法改正と生活困窮者自立支援法は、どのように就労促進を進めているのだろうか? 期待された成果は、実際に挙がっているのだろうか?
多様な4000人が「生活保護」のために集まった午後
2015年10月28日木曜日の午後、日比谷野外音楽堂において、「人間らしく生きたい。」というスローガンのもと「10.28 生活保護アクションin日比谷 25条大集会(以下、25条大集会)」が開催された。
「午後より小雨」という天気予報に反し、晴れ渡る秋空の下、日比谷野外音楽堂には約4000人の参加者が集まった。13時30分~15時30分にかけて開催された「25条大集会」の終了後、日比谷公園から銀座方面へのパレードが開催され、参加者のほとんどがパレードにも参加した。またパレードと並行して、16時より、「25条大集会」実行委員の法律家・作家・支援者・研究者および生活保護利用者たち合計約15名によって、厚生労働省への申し入れが行われた。
「25条大集会」は、弁護士の尾藤廣喜氏(当連載「政策ウォッチ編」第36回参照)による実行委員会を代表しての開会挨拶で開始された。20代のころ、厚生官僚として生活保護制度を「健康で文化的な生活」のために運用する努力を重ねていた尾藤氏は、格差の拡大と貧困の深刻さが進行し続ける日本の現状に対し、雇用・年金・医療・障害福祉・教育・住生活、もちろん生活保護そのものに対し、幅広く本質的な対策を行う必要性を訴えた。さらに労働社会福祉中央協議会事務局長の大塚敏夫氏が壇上に立ち、
「国民の最後のセーフティネットをボロボロにして、政府は何をしようとしているのでしょうか? 安倍首相は『一億総活躍社会』というけれど、セーフティネットがボロボロなら死しかありません。貧困対策は政府の役割です」
と述べた。
「飢えず凍えず」で充分なら奴隷と一緒和田秀樹氏の「右翼」としての主張
ついで、「25条大集会」呼びかけ人代表として挨拶した精神科医の和田秀樹氏は、自らを「右翼」と自己紹介し、「右翼の立場からも生活保護の引き下げは許せない」「同胞が1人でも死んでいくことは許せない」と述べた。さらに、消費が冷え込んで景気が悪化している日本の現状に対し、景気対策としても生活保護を改悪すべきでないことを指摘した上、精神科医として、生活保護を利用している精神疾患の患者が「生活保護だから」と差別や疎外の対象となりがちなことに対して、
「屋根があってご飯があればいいというのは奴隷と一緒」
と述べ、 「この国が文化的で、先進国でありつづけることが、右翼としての私の願いです」
と発言を結んだ。
呼びかけ人の一人である経済学者の金子勝氏は、おそらく思想信条においては和田秀樹氏と真逆であろうと思われるが、発言を安保法制やTPPに対する批判から始めた後、
「高齢者・障害者・失業者などが国民の半数近くになっているのに、生活保護の切り下げなどあり得ません。一方で、企業は史上最高益を上げています。ある種の詐欺です」
と述べ、
「多くの人が参加して、自立して社会に関われる仕組み作りが、本当の、一億総活躍社会ではないでしょうか? そのために闘わなければならないのが今の社会ですが、連帯して闘っていきましょう」
と結んだ。多様な「呼びかけ人」全員のリストは、「25条大集会」サイト内にある。
壇上で発言やアピールを行った人々は、生活保護利用者や支援者にとどまらず、障害者・年金受給者・非正規労働者・法律家・研究者・政治家など極めて多様だった。訴えた内容は、生活保護制度そのものはもちろんのこと、年金制度・非正規労働・最低賃金・教育・高齢者や障害者に対する福祉サービスの提供など多岐にわたった。私は、生活保護をメインテーマとする集会に、これほど多様な人々が集まった風景を、過去に見たことがない。
国会議員による挨拶は「先着順」で行われ、発言順は小池晃氏(共産党)・山本太郎氏(生活の党と山本太郎となかまたち)・川田龍平氏(維新の党)・吉川元氏(社民党)・山井和則氏(民主党)であった。私は、
「なぜ、自民党と公明党からは一人も参加していないんだろう?」
と思った。自民党議員の一人一人に個人モードで話を聞いてみると、「社会保障に対する『タダ乗り』は良くないと思う」は概ね共通しているものの、「生活保護しかなくなる人を減らすために、雇用も税制も年金も医療も少しずつでも改革し、働けて稼げて納税できる状況を数多くの人々に拡大し、社会状況全般を『生きやすい』ものに変えていくことが必要だ」と考える人は少なくない。「25条大集会」で挨拶した国会議員の中には、日本という国の存続と将来・雇用の低迷と景気の関連について触れた人もいた。もし自民党・公明党の議員が来場して発言したならば、「生活保護などなくし、貧乏人は勝手に死んでもらおう」といった暴言の類でない限り、受け入れられ歓迎された上、「自民党も公明党も捨てたものではない」という認識を持つ有権者を少しは増やせたかもしれない。
「25条大集会」は最後、「貧困は、お金だけの問題ではない」ではじまり「誰一人、貧困に殺されない社会。そんな当たり前のために、私たちは声を上げ続ける」で終わる集会アピールを採択して終了し、15時30分過ぎ、参加者のほとんどが銀座方面へのデモへと出発した。デモの様子は、朝日新聞などの記事(「いのちを守れ」生活保護費の削減反対訴え 銀座でデモ)で紹介されている。
なお「25条大集会」では、2回にわたって、来場者に対するカンパの依頼が行われた。笑いを交えた「なるべく、軽いお金(紙幣)でお願いします」という依頼に応じて集まったカンパは、総額73万251円であった。生活保護利用者など貧困状態にある人々多数による、「このカンパの代わりに何を削ろうか?」と考えながらのカンパに硬貨が交じることは、致し方ないであろう。
以下、本記事では、現在のところほとんど報道されていない、パレードと並行して行われた厚労省への申し入れについて述べる。
生活保護利用者たちの涙の訴えを厚労官僚たちはどう受け止めたか?
「25条大集会」当日、16時より行われた厚労省への申し入れに対応した厚生労働省側の人々は、社会・援護局保護課の鈴木建一氏・保護課長補佐・保護課基準係長の3名の管理職に加え、保護課基準係員の4名であった。
実行委員会が挨拶したあと、2名の生活保護利用者がそれぞれ、厚生労働省への要望書(全文)および大会アピールを音読し、保護課長の鈴木氏に手渡した。
厚生労働省への要望書を音読したのは、病気のため働けない状況にある稼働年齢層の男性であった。要望の中心は、生活保護基準を2013年の引き下げ以前に戻すことである。
「健康で文化的な生活」の最低ラインは物議をかもしがちであるが、その内容や必要な費用は、数多くの研究者が研究してきている。2012年時点の生活保護基準は、稼働年齢層の単身者の場合で、それらの研究結果から1万円~1.5万円程度不足していた。その不足分は、たとえば回復しつつある傷病者が、就労への復帰訓練を兼ねた短時間のアルバイトで、大きな無理をせずに埋められる金額であった。生活保護基準の引き下げは、就労で「健康で文化的な生活」を送ることも困難にしている。
大会アピールを音読したのは、精神障害を持つ夫と暮らす、自身も精神障害者である女性であった。女性は「25条大集会」で、福祉事務所のケースワーカーに就労を求められ、ハローワークで就労の努力を重ねたものの、「精神障害だから」「生活保護だから」と断られた悔しさを語っていた。その悔しさが込み上げてきたのか、厚労官僚の前で大会アピールを音読しながら、女性はむせび泣いた。
引き続き、生活保護利用者の男性2名・女性1名が、
「生活保護費が全く足りないため、まず食費を削っています。電気ストーブしか使えない住まいに住んでおり、電気代が冬季には6万円かかります。電気代のため、食事ができないこともあります」
「生活保護費がまったく足りない状況を何とかしようと、また将来は脱却しようと、アルバイトをしています。しかし収入認定される金額が大きく、働けるだけ働いても、せいぜい2万円程度しか手元に残りません」
「生活保護費が削減されたため、まず近所付き合いをやめ、町内会費がかかるので町内会からも退会しました。ついで食費を減らしました」
「生活保護費を減らすことで、国は私たちをどうしたいのでしょうか? 単なる弱い者イジメに見えてしかたがありません」
「生活保護の暮らしを見た上で、政策を決めてください」
「今、生活保護基準引き下げに対する訴訟に原告として加わっていますが、厚労省さん側は、『資料は次回に出します』といって、いつも出してくれません。『物価は下がった(だから、生活保護費を引き下げた)』とおっしゃいますが、物価は下がっていません」
と、実情を口々に訴えた。
また実行委員会の人々は、厚労省の再三の通達にもかかわらず現在も行われている「水際作戦(生活保護の申請妨害)」、2013年以後の生活保護基準引き下げによる一年間の生活費の減額が既に10万円前後に達していること、一般就労できない障害者の10%が生活保護を利用していること、福祉労働への悪影響が懸念されることなどを訴えた。
保護課長の鈴木氏は、以上の訴えを受けて、
「生活実態の貴重な話に感謝します。重く受け止めていきたいと思います。生活保護基準は、審議会の議論を経て、十分、慎重に議論して決めてきました。これまでもそうでした。これからも慎重な議論をしながら検討したいです。でも全体の消費の実態なり、そういうことも踏まえていく必要があります。そういう中で、いかにして全体の制度を作っていくかということです。今日いただいたご意見、要望書、アピールは、検討させていただきます。生活保護基準の議論はデータにもとづいて、進めていきたいと思います」
と述べた。
申し入れの最後に、「25条大集会」実行委員会の弁護士・尾藤廣喜氏が、
「生活保護基準が、審議会(社保審・生活保護基準部会)を受けて決まっているという話は、裁判で私たちが主張している点です。でも、部会と違った形で引き下げされたという事実があります」
「生活実態と生活保護基準が合わないために当事者が苦しんでいることは、(厚生労働省の)事務当局として実態を調べて、実態に合わせて対応してもらわなくちゃいけません。基準係は、そのためにあるんですから」
と苦言を呈し、
「財務省の圧力は、今の状況の中では、強いと思います。でも、国民生活を考えて検討し、必要ならば厚労省の立場で国民の生活権利を守ることこそが、厚労省の役割です。保護課長と基準係の役割は、重大です。厚労省をあげて考えて、取り組んでほしいです。今日(25条大集会に)これだけ多くの人が集まったという思いを、真剣に受け止め、いい制度にするために努力してください」
と、元厚生官僚ならではの意見を述べた。
この後、厚生労働記者会で行われた記者会見には、私を含めて6名の報道関係者が参加した。生活保護利用者たち・実行委員会関係者たちは、より具体的に言葉を尽くして、現在の状況と生活実態を語った。
記者会見の最後、直前の厚労省への申し入れを受けて、尾藤氏は、
「日本は、貧困化が進んでおり、生活保護が唯一の砦です。でも、(政府は)崩そうとしています。何がこの国の地盤を支えるのでしょうか? 崩壊しかかっている状況です」
「社会保障全体の底上げをはかることこそが、今の日本に求められていることです。当事者は、それを自覚しています。しかし政府には、自覚がありません」
「今日(の申し入れ)も、課長さんと基準係の方がいらっしゃいました。私は『財政当局は、いろんな圧力をかけてくるかもしれませんが、厚労省は生活を守ることが役割です、生活を底上げするべきではないでしょうか』と言いました。でも(厚労省職員には)真剣な眼差し、真剣な気持ちが認められませんでした」
と述べた。
数多くの子どもが、育ちと学びの機会を得て力ある大人となり、大人になった後は「自分の力を使って、働いて貢献を認められ、稼いで、納得できる納税をしたい」と考え、実際に実行できること、それを支えることこそが、政府の役割であろう。
厚労省に足繁く出入りし、顔見知りの職員が多数いて言葉を交わす機会も多い私は、厚労省職員に対して「真剣でない」と言う気にはなれない。しかし、自分たちの行う政策の結果が何をもたらしているのかには、もう少し関心を抱いていただけないかとは思う。帳簿上の数字の問題ではなく、場合によっては人の生き死にを左右する問題であるという実感を持った上で、政策を決定していただくことはできないものだろうか?
なお、記者会見終了後、記者たちは実行委員や生活保護利用者たちに対し、熱心に直接の取材を行っていた。取材の結果が、遠からず記事として多くの方々に読まれることを願う。
次回は、生活保護利用者に対する就労促進の「今」についてレポートしたい。2013年の生活保護法改正と生活困窮者自立支援法は、どのように就労促進を進めているのだろうか? 期待された成果は、実際に挙がっているのだろうか?