日本電産の永守重信会長兼最高経営責任者(CEO)は、「事実として、経営者には子分が必要」と説く。親分からの無理難題であっても、「わかりました」と親分を信じて実行する部下のことだ。永守会長の独特な経営者論とは? *本稿は、永守重信『人生をひらく』(PHP研究所)の一部を抜粋・再編集したものです。
子分を持つことの大切さ
部下も育てられない人が多いのに、部下を育てた上で、さらに子分を育てろというのは酷な話かもしれませんが、事実として、経営者には子分が必要です。
子分というのは、親分の言うことには絶対的な信頼を持っているものです。親分からの無理難題であっても、「わかりました」と親分を信じて実行する。そういう部下がここで言う「子分」になります。
人間は後ろに目がついていません。前は自分で見えるから、自分の力があればどんな敵が来ても戦える。しかし、だいたいは後ろからやられるものです。部下10人のうち、子分と言える人が2人はいないと裏切り行為に遭ってやられてしまう。それを防ぐためにも、部下の20パーセントを子分にして、後ろを見ておいてもらうべきだと私は考えています。
ただ、子分の育成はそう簡単ではありません。入社して2年や3年の部下では難しい。10年でも難しいかもしれませんが、最低10年はかかると考えておきましょう。
私の場合は、小部博志副会長など、ツーカーの子分がたくさんいます。彼らとの信頼関係は相当なもので、お互いに疑うことがありません。お互い相手の言うことをまずは鵜吞みにした上で、議論をします。だから、何を言っても、何をやっても基本的にはオーケーの関係を築いているわけです。
たとえば、私が「バカヤロウ」と言ったとしたら、新しく入ってきた若い人たちならすぐに辞めてしまうかもしれません。でも、子分の場合は、「バカヤロウ」と言われたあとに…。
たとえば、私が「バカヤロウ」と言ったとしたら、新しく入ってきた若い人たちならすぐに辞めてしまうかもしれません。でも、子分の場合は、「バカヤロウ」と言われたあとに、給与明細を見たら給与が上がっていたりする。はたから見ると、「あれだけ言われて、何で給与が上がっているのか」と思うかもしれませんが、信頼関係でつながっている親分、子分というのは、そういうものなのです。
長年にわたる信頼関係が必要という意味では、子分というのは、自分の親とか兄弟とか子供よりも、もっと親しい関係ともいえます。信頼関係を築くためには、普段からいろいろな意味でオープンに話をしておく必要があります。プライベートな話も家庭の話もする。何でも話をして、困ったときには助け合って、本当にお互いに理解するようになって初めて本当の信頼関係は生まれるのです。
私は小部副会長に対して、「もう辞めてしまえ!」というようなことを1万回くらい言っています。向こうは向こうで「私が辞めたら困るのはあなたですよ」と必ず言い返してくる。実際そうなのです。でも、そこまで言い合える関係を築くのにはとにかく時間がかかります。
そういう意味では、夫婦も同じではないでしょうか。喧嘩も一切しないような関係だったら、夫が定年になったときに、妻から離婚届をバッと出されて終わりということもあるでしょう。夫婦はもともとは他人ですから、喧嘩するのは当然です。それでも別れずに続けていった先に、信頼関係が生まれるものなのです。
経営はIQではなくEQで
経営は「頭」でするものではありません。そして、経営は「言葉」でもない。たとえば、口先だけで何を言ったところで、数字が伴わなければ、誰も信用しないでしょう。経営は結果がすべてです。だから、「IQ(知能指数)は重要ではない」と私は考えています。
「いや、結果はたしかに悪いですけど、私たちの努力も認めてください」「あのときはこうしました。これもこうやって貢献もしてますよ」と言う人がいますが、それはナンバー2以下の発想であって、トップがそんなことを言っていては、会社はつぶれてしまいます。
では、結果を出さなければならないトップがすべきことは何かといえば、人の力を借りることです。会社は大きくなればなるほど、たくさんの人を雇うことになりますが、人心掌握術がなければ心もとない。なぜなら、自分一人ではできないことを他人にうまくやってもらわなければならないからです。もっと言えば、喜んでやってもらうくらいに士気を上げる必要があります。
そのときに必要なのは、知能指数の「IQ」ではなく、心の知能指数、感情・感性の指数である「EQ」なのです。何かの開発に従事する研究者ならIQは大切ですが、経営者の場合は、IQばかり高くても使い物になりません。IQだけでは人の気持ちがわからないからです。なまじ頭がよいから、「自分は頭がいい。部下はアホだ」と考えてしまい、「おまえはこんなこともわからないのか」と部下をバカにする。わからない人にはしっかりと教えればよいものを、教えようともしない。そういう人が経営をすると、会社は間違いなくおかしくなってしまいます。もちろん、IQも高くてEQも高いに越したことはありませんが、そんな人はどこを探してもなかなか見つからないものです。
経営者は、人の気持ちをわかった上で、叱ったり、褒めたりしながら、組織を引っ張っていかなければならないため、EQを高める必要があるということです。
では、口先だけではない人心掌握術を身につけるには何が必要かといえば、それは「挫折」です。相手が抱えている悩み、つらい現実を自分も経験していないと、なかなか理解するのが難しいというのが実際のところでしょう。
たとえば、まずはトイレの掃除を自らやってみる。そうすると、「あー、これはつらいなあ。何でこんなところを汚すんだ」「ちゃんとしてくれれば、こんなに掃除する必要はないのにな」というように人の気持ちがわかってきます。誰かが掃除をやってくれると思うから、平気で汚すのであって、自分たちの仲間が掃除していると思ったら、もっときれいに使うはずです。
ここではトイレの話をしましたが、トイレに限った話ではありません。つらい仕事がいっぱいあったとしたら、自分もやってみることで初めて、人の気持ちもわかり、改善策も見えてくるのです。
地位ではなく心で人を動かす
地位で人を動かしてはいけません。「私は部長だ。言うことを聞かんか」とか、「私は専務だ。私の言う通りやっていればいい」と、そんなことをいくら言ったとしても、人は地位では動きません。
誰でも逆の立場に変わったらわかることです。みなさんも若い頃には、「何だ、こんなつまらない人が上に来たのか」「こんな人の下では働けない」と思ったのではないでしょうか。ですから、地位ではなく、心で人を動かす、人の心を摑む「人心掌握」が大切になってくるのです。
「部長の私の言うことを聞け!」と言えば、日本社会では一応「わかりました」と言うでしょう。「この人は年上だから」「学校の先輩だから」「創業者の息子では仕方がないよね」とか理由をつけて、わけのわからない納得感によって、我慢するからです。しかし、人心掌握されたふりはしていても、腹の中では「何だ、あのおっさん」と思っている人がたくさんいるはずです。心でわかっていないと、人というのは本当の意味では動いてくれないものです。
揚げ句の果てには、飲み屋に行って「あのバカヤロウ……」と言って、酒を飲んでいるのが、日本の社会です。何年か前に京都駅の近くで、新入社員と一杯飲んでいたときも、隣の席でサラリーマンが酒を飲みながら上司の悪口を言っていました。こちらは新入社員に対して、「売上10兆円を目指すぞ!」と未来を語っているのに、いつまで経ってもぐだぐだ言っているので、腹が立ってきて「さっきから話を聞いていると、こちらは楽しい話をしているのに、そちらは会社の悪口ばかりだ。そんなに嫌な会社だったら、辞めてしまえ!」と言ったのです。
そうしたら、「あなたは誰ですか」とぽかんとしながらも、「しかし、そんなことを言われたって簡単に転職なんかできませんよ。給料は下がるかもしれないし……」と言うから、「そんなリスクがあるのだったら、そんな話をしないで済むように働いたほうがいい。それでも嫌だったら、うちに来たらいい」という会話をしたのを覚えています。
それでも日本はまだいいほうで、アメリカだったら、「こんなボスの下では働けない」と言って、パッと辞めてしまいます。腕相撲をする際に、手を握っただけで「これは勝ったな」と相手の力量がわかるように、「俺はこんな人の下では働けないな」と判断してしまうのです。今から日本もグローバルビジネスの世界に深く入っていくことを考えれば、そんな方法ではとても通用しません。
研究者や医者といった専門職はIQが必要ですが、それでもEQがないことで仕事に支障をきたすこともあるでしょう。たとえば、優秀ではあるけれど、患者と対話ができない医者が増えてきていると聞いています。「どこが痛いんですか」と言って手を握ったり、相手の話をしっかりと聞いて安心させたりといったことができないというのです。
同じように、部下を持つ上司は、EQが高くなければ、部下の心を摑むことはできません。課長くらいであれば、専門分野をしっかりと磨く必要がありますが、部長くらいになったなら、専門分野を極めるよりも、人の心を摑み、動かす人心掌握術を磨いたほうがいいでしょう。