2022年度の倒産件数は3年ぶりの増加となった。倒産企業は企業規模もさまざまだが、それぞれに「企業の最期」という非日常のドラマがある。倒産現場ではどのようなことが起きているのか。そのリアルな実態として、2つの事例を紹介する。(帝国データバンク情報部 藤坂 亘)
業界環境が悪化する中で
ゼロゼロ融資も断られたO社
企業倒産の増減は、景気を表す一つの経済指標として捉えられることが多い。そのこと自体は経済全体を見通すために必要なことだろう。しかし、倒産したそれぞれの企業には多くの人が関わり、多くの人生が詰まっていることも忘れてはならない事実だ。
帝国データバンクの情報記者は、企業倒産を取材する過程で、その人間模様を目の当たりにすることがある。1年に6799件発生する倒産のうちの一つでしかなく、負債も決して大きくない企業であっても、そこには「企業の最期」という非日常のドラマがある。
これが倒産現場のリアルだ。
以下、一つ目として紹介するのが、新聞の折り込みチラシを扱っていたO社の事例である。
大阪メトロ中央線の長田駅の改札を抜けると、既に午後7時を回っていた。駅前のショッピングセンターの横を通り過ぎると広がる紙文具団地。人けもなく、だだっ広い上に、トラックの往来でひどくひずんだ道路が続く。「関係先に倒産の通知が届いているようだ」という問い合わせがあったその会社は、そんな企業団地を抜けた先にあった。
受任通知が出ているなら張り紙があるはずと考えていたが、会社に到着するとシャッターが開いていた。前には1台のハイエースが止まっている。予想外の展開に、一度会社の前を通り過ぎ、念のため、問い合わせ元に社名と状況を再確認する。万が一にも間違いは許されない。間違いのないことを確認し、意を決して会社へ向かった。
ガランとした倉庫内には、パイプ椅子に腰掛け、携帯を見つめる男性が一人。取材に来た経緯を説明すると、取締役を名乗るその男性は小さくうなずき、倒産の事実を認めた。そして、倒産に至った経緯を訥々(とつとつ)と話し始めた。
「新聞の発行部数も減ったし、ネット広告が普及したし、折り込みチラシが少なくなったからなぁ。そんなときにコロナ。うちはパチンコ店や不動産関係のチラシが多かったから。コロナの感染が拡大した当初、『パチンコ店などが感染源』って相当たたかれたましたよね? だからチラシ広告を出すパチンコ店なんてどこもありませんよ」
新聞折り込みチラシを扱っていた同社は、業界環境の悪化とコロナ禍での急激な受注減に苦しめられていた。
「ゼロゼロ融資は受けたんですか?」
「二度、申し込みました。そして二度、断られました。『融資を受けられなければ、うちは倒産します』と言っても駄目でした」
取締役は口惜しそうな様子で続ける。
「でも、政治家による違法な融資仲介がニュースになってましたよね。不正をした企業は生き残っていいんですか。うちだってそうすれば良かったんですかね」
私は言葉に詰まった。「ゾンビ企業を救った」「甘い審査」「金融モラルハザードを生んだ」といった、ゼロゼロ融資に対する世間の追及。だが、どんな企業でも融資を受けられたかのような前提に立った批判も、融資を受けられなかった企業を目の前にすると、あっけなく崩れ落ちるだろう。
「実は弁護士には『絶対にシャッターを開けないように』と念を押されてたんです……。でも、最後の片付けですから(シャッターを開けていました)。これも何かの偶然ですね。世間に現実を伝えてください」
取締役との立ち話は30分以上に及んだ。O社を出たときは既に午後8時を回っていた。
一層寂しさが増した企業団地。開かれたシャッターは、救いの手から零れ落ちてしまったこの企業の「生きた証を遺したい」という取締役の思いを表しているようだった。
債権者が事務所に来るや
社長が逃げ出したM社
私は倒産の問い合わせのあった運送会社のM社へ向かった。県道を曲がると異様な光景が目に入った。稼働せず、敷地内に停められたままの多数のトラックと、会社を囲うように停められた多数の乗用車だ。
会社の敷地には背の高い男性が一人。声をかけたが、彼は無言でプレハブの2階を指さした。私は事務所1階の自己破産を告げる張り紙を確認し、急な階段を静かに上った。
「はい」
香水とタバコのにおいが混じった事務所に入るなり、書類一式を渡された。解雇通知書だ。
「従業員じゃないです。帝国データバンクです。社長はいらっしゃいますか?」
10人ほどの視線が一気に集まり、事務所は静まり返る。
「自分ですけど、なんですか?」。奥でしゃがむ男性が答えた。
「張り紙を見ました。少しお話……」
「帝国さんに話すことなんかありません」
社長は私の言葉を遮り、吐き捨てるようにそう言った。
現場で取材を拒否されることはよくあることだ。ただ、会社の前にいるトラックドライバーたちの不満げな表情と、ある一台のトラック(詳しくは後述)に違和感を覚え、現場に残って取材を続けることにした。
しばらくすると、乗用車が二台、目の前に止まった。降りてきたのは、いかにもベテランドライバーという感じのいかつい男性2人。しかし、こういう人たちこそ話が通じるというのが世の常。予想通り、世間話をしているうちに心を開いてくれた。
「社長と何人かの役員待遇の社員は良い生活しているのに、おれらは給料すら払われてないんだよ」
「いつからですか……。トラブルとかありました?」
給与未払いの情報は、既に数カ月前からつかんでいたが、あえて聞かずにはいられなかった。
「最初は、(取材時の約5カ月前となる)6月に集められて、『数%カット』と言われた。確かあのとき、トラックの事故があった後かな。幹線道路をふさいで大変だった。あそこにあるぐちゃぐちゃの、それ」
そう言って指さす先には、窓ガラスが割れ、左フロントから荷台側面がひしゃげたトラックが、痛々しい姿のまま放置されていた。私が違和感を覚えたトラックだ。
「でも、ずっと前からひどかった。社長が代わってから。大口のお客さんもあきれてた。社長に意見できた唯一のベテラン社員も辞めてしまったしな」
帰り際、社長と役員であろう男性が事務所から出てきたので、しばらく様子をうかがっていた。そこに、白色の営業車に乗ったスーツ姿の男性が訪ねてきた。おそらく債権者だ。彼が事務所へ向かうのを見るや、社長らは急いで車に乗り込み、逃げるように会社を去っていった。
その瞬間、私は怒りが込み上げた。
これまで、数多くの倒産現場で経営者を見てきた。全ての取引先に謝罪して回っていた社長、私財をなげうって従業員を守った社長、そこには最後まで責任を全うしようとした経営者の姿があった。その人たちに比べて……。
その後も何人かの従業員が訪ねてきたが、社長がいないことに皆困った様子で会社を後にした。その中には、3カ月前に入社したばかりという20代の男性もいた。
M社の事務所から最寄り駅までの約1.5キロメートル。帰り道、取材に応じてくれた従業員らの顔が浮かぶ。従業員の人生を背負う覚悟のない経営者の下で働くのは不幸だ。そんなことを考えているうちに、大通りに出た。突然解雇通知書を受け取ったドライバーたちは、どんな思いで家路に就くのだろうか。
こうした一つ一つの倒産が積み上がり、年間の倒産件数が算出される。景気動向、技術革新、業界環境の変化、法律の規制といった外部環境と照らし合わせて分析される倒産件数の増減。しかし、倒産する全ての企業が、そんな一般論で語られるようなことだけが原因で倒産するわけではない。
関係者もしくは現場でしかわからないそれぞれの企業の内部環境こそが、本当の倒産要因といっても過言ではないだろう。今まで見届けてきた数々の企業と従業員のためにも、それぞれの倒産を机上の空論で片付けるべきではない。倒産は現場で起きているのだから。