ビジネスシーンにおいて、経験と実績を重ねていくとそれに応じた役職や地位が与えられます。役職が上がってくると責任が課せられ、プレッシャーも大きくなりますが、これまでの実績や成果を認められたという喜びと新たな仕事のやりがいを感じることができるものです。役職が与えられ、部下も出来、仕事に対する自信が大きくなっていくと、知らず知らずのうちに失われていくものがあります。それが「謙虚さ」です。今日は一流の人にみる「謙虚さ」についてです。(CCI代表取締役・元国際線チーフパーサー 山本洋子)
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ファーストクラスに乗る謙虚な人と横柄な人の違い
ファーストクラスにお乗りになるお客様は、社会的な地位や役職があり、経済力も伴っている人です。企業の代表者、指導者としてご活躍されている方が多く、大企業の経営者ともなれば、スケジュールは秘書が管理し、移動も運転手付きの車で送り迎えされ、こまごました身の回りの雑務はすべてお付きの人が行います。
日々人を使うことに慣れ、それが当たり前になってくると、本人も気が付かないうちに人に対する接し方が変わってくることがあります。それが、謙虚か横柄かという人柄になって表れるのです。
乗務員呼び出しボタンが点灯した時の出来事
「謙虚な人だなあ」と思う要素の一つに、「言葉遣い」があります。
「お水、持ってきて!」「和食、頂戴!」「ワイン、お代わり!」「ビール!」などは、CAがミールサービス中によく耳にするフレーズです。強い口調で命令しているのではありませんが、謙虚なお客様の言葉遣いは少し違います。
「お水をください」「和食をお願いします」「ワインのお代わり、いただけますか?」なのです。さらに、「手の空いた時でいいですから」という相手をねぎらう一言があります。
これはCAに気を使っているのではありません。カッコつけて、いい顔をしているわけでもありません。誰に対しても分け隔てなく、無意識に相手を尊重した丁寧な言葉遣いが身に付いているのです。丁寧な言葉を使っているからといって、決して慇懃(いんぎん)無礼でもありません。冷たい印象を与えず、礼儀正しい謙虚さが浮き立っています。
人の謙虚さに触れると、おのずとこちらも謙虚になるものです。一流のビジネスパーソンは、普段の何げない会話でも、周りに影響を与えているのです。
そして、謙虚な人と印象付けることに、「譲る」という行為があります。
あるフライトのファーストクラスでの出来事です。サービスが終わりお客様がお休みになり始めた頃、客室の2席のお座席に乗務員呼び出しボタンが点灯していました。CAが全員ギャレーと呼ばれる機内のキッチンに入っており、どちらのお客様が先にお呼びになったのか、現場を見ていないCAにはわかりません。取り急ぎ、ご用をうかがいに乗務員呼び出しボタンが点灯している2席のうちの一番近くの座席のお客様のところへ近づくと、「あちらの方が先に呼ばれていたので、あちらの方を先にうかがってください」とおっしゃったのです。
乗務員呼び出しボタンを押すということは、何かご用があるということです。普通であれば、このような状況ではご自身のご用件をまず先に伝えるというお客様が多いです。
しかし、このお客様は律儀にも、ご自分より先に乗務員呼び出しボタンを押された他のお客様を、先に対応するよう申し出られたのです。誰も見ていない中、先に用件を伝えることができたにもかかわらず、当然のこととして順番を譲られました。どういう状況であれ、真のエグゼクティブは、謙虚な態度が普段の無意識な振る舞いに出るものだと感じた瞬間でした。
ファーストクラスに限らず、日常生活においても「自分が、自分が」と主張したり、我先にと他を押しのけたりする振る舞いを目にすることが多い中、人に先を譲る、順番を譲るという謙虚な振る舞いを目にするとその人の優しさを感じると同時に、人としての器の大きさと品性を感じます。
「譲る」お客様はあらゆる行動がスマート
また、他のフライトでも同様のシーンに遭遇することがありました。
機内の狭い通路でお客様同士がすれ違うとき、少し立ち止まって座席と座席の間に入り、人に先を譲るお客様がいらっしゃいます。一方、狭い通路でお互いが背を向け、お尻を引っ付けながらも同時に、無理やり通ろうとする光景をよく目にすることもあります。お互いが譲らない場合に起こる光景です。
通路は互いに譲りましょう!と呼びかけているわけではありませんが、ほんの一瞬相手に先を譲れば、その場が和み、良い雰囲気が生まれます。心地良さは少しの思いやりと謙虚さがあればできることなのです。
これは、お客様同士のときだけではありません。CAに対しても通路を譲ってくださるお客様がいらっしゃいます。そのようなお客様は、会話にしても、他の振る舞いにしてもとてもスマートなのです。
たったそれだけのささいなことですが、印象は大きく違います。相手を立てる、尊重するという振る舞いには、その人の心の余裕と人格が表れていて、その場の雰囲気も心地の良い空気に変わるのです。
謙虚な人は人の話をよく聞く人
そして、謙虚な人は人の話をよく聞きます。
自分の話ばかりをしたり、自分の主張を押し通したりする人は、度を越すと人が離れていきます。言い換えれば、嫌われる、信頼されないということです。ビジネスシーンにおいては、人から信頼されないということは致命傷です。上司であれば、部下がついてこないということになるのです。
CAは長時間のフライトで、時間を持て余していらっしゃるお客様とお話しするときがあります。そんなときCAは、できるだけお客様のお話を聞く側に回るのですが、謙虚なお客様と会話をしていると、自然と話題が振られ、いつのまにかお客様の話を聞くよりも、こちらが話し過ぎてしまったという経験があります。
人は誰しも、自分の話を聞いてもらいたいと思うものです。人の話を聞くよりも、自分の話をすることを好むのは人間の承認欲求ですから仕方ありません。役職が上がり、経験も武勇伝も増えていくと、自分でも気が付かないうちに自己評価が上がり、自意識も過剰になってくる人も少なくはありません。
どんな立場や役職にあっても、謙虚な人はさえぎることなく最後まで人の話をよく聞き、自分の意見や価値観を押し付けません。自分のすごさをひけらかさなくても、自然と際立ってしまうのです。
ここで注意しておきたいことは、謙虚な人とは、消極的でおとなしい人とは違うということです。自分の立場や役職、能力におごらず、自分の価値観や考えはきちんと持ちながらもそれを主張することなく、控えめで慎ましい振る舞いができる人です。あくまでもさりげなく相手本位に振る舞うことができる人なのです。それによって人から信頼され、協力者が多く集まります。ビジネスシーンにおいては、結果として仕事ができる人と評価されるのです。
ファーストクラスに乗るエグゼクティブは、謙虚で慎ましく、相手を立てることがごく自然に、恩着せがましくなくできる人だと感じます。言葉が少なくても、人格がにじみ出るのです。
昔から「実るほど頭の下がる稲穂かな」「能あるタカは爪を隠す」と言われますが、これは現在にも通用する本質を見抜いたことわざなのかもしれません。
山本 洋子