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有り金が底をつき、オフィスの水まで有料に…窮地のイーロン・マスクがテスラ社員に送った“一本のメール”「人類の未来のために…」――2023年読まれた記事

2024年05月04日 08時27分15秒 | ビジネス

 会社の価値を表す株式時価総額は7961億ドル(約119兆4000億円)で世界7位。自動車業界ではぶっちぎりの1位で、2位トヨタ自動車のおよそ3倍。米電気自動車メーカーのテスラは、その将来性を含め世界の投資家が最も高く評価する自動車会社である。

 だが創業者のイーロン・マスクはそんな評価に何の関心もないだろう。何せ野望は人類を「マルチ・プラネット・スピーシーズ」すなわち「複数の惑星で繁栄する種」に進化させることなのだから。

 核戦争か環境破壊か、はたまた小惑星の衝突か。マスクは人類がそれほど遠くない将来、地球に住めなくなってしまうことを本気で心配している。

 

物事を常人よりはるかに深く突き詰めて考える

 自らアスペルガー症候群の傾向があることを認めているマスクには、物事を常人よりはるかに深く突き詰めて考える性癖がある。 伝記『イーロン・マスク』(ウォルター・アイザックソン著) によると、幼稚園のとき園長に「知的障害だと思われます」と言われたという。

 マスクは1971年、南アフリカで生まれた。父親は山っ気の強い技術者で、ザンビアから輸入したエメラルド鉱石をヨハネスブルグでカットして大儲けした。12歳のマスクを地獄のようなサバイバルキャンプに放り込んだかと思えば、自分の前に立たせ「お前はばかだ、マヌケだ」と1時間も罵倒し続ける。

 こうした環境で育つうちに、マスクの頭の中には「恐れの感情を遮断する回路ができたのでは」と元妻は証言している。

 

 筆者がマスクに会ったのは2013年のこと。楽天グループ会長兼社長、三木谷浩史がシリコンバレーの自宅で開いたホームパーティーを取材した時だ。

 近所に住むフェイスブック(現メタ)COO(最高執行責任者)のシェリル・サンドバーグや、セールスフォース・ドットコム創業者のマーク・ベニオフが子供連れで遊びに来ており、三木谷が焼いたバーベキューのステーキや日本から連れてきた職人が握る寿司を堪能していた。

黙々と寿司を食べる男

 芝生が美しく刈り込まれた庭では三木谷を中心に大きな輪ができ、笑い声が絶えない。ふとプールサイドに目をやると、その輪から数メートル離れたところにポツンと立ち、黙々と寿司を食べる男がいた。一緒にいるのは秘書らしきブロンドの女性だけだ。マスクである。

「どうかしたのか」と気を回した三木谷が、楽天の役員の中で一番英語が上手い百野研太郎をマスクのところに行かせた。ほどなく戻ってきた百野はこう言った。

「秘書曰く、イーロンは十分にパーティーを楽しんでいる、ということです」

 自分が執着するテクノロジーやビジネスに対しては驚異的な集中力を発揮するが、その場の雰囲気に合わせてそれらしく振る舞ったり、相手に話を合わせたりするのは極端に苦手なのだ。

30歳の時の決意

 マスクが人類をマルチ・プラネット・スピーシーズにする、と決意したのは30歳の時だ。インターネットの黎明期に起業家としてのキャリアをスタートさせたマスクはデジタルの職業別電話帳やネット銀行のベンチャーを立ち上げ、それらの会社を売却してビリオネアになった。

 次は何をするか。もともと宇宙やロケットに関心があったマスクは「火星探査」と検索して驚愕する。火星探査もまもなく実現するのだろうと思い込んでいたが、人類の宇宙開発は月で止まっていた。

「ならば自分が」と思ってしまうところがすごいところだが、挑戦する前に「できっこない」とあきらめる思考回路は頭脳に組み込まれていない。

 

 とはいえ、いきなり自分でロケットが作れると思うほど傲慢でもない。最初はロシア製の古いロケットを買おうとした。そこでロシアの政府関係者に小馬鹿にされ、「だったら自分で作ってやろうじゃないか」と闘争心に火がついた。2002年にロケット打ち上げの会社を立ち上げる。現在のスペースXである。

「俺にも一枚噛ませろ」と1万ドルを出資

 できたばかりのベンチャーで宇宙を目指す。それだけでも常軌を逸しているし、凄まじい起業家精神だが、スペースXを立ち上げてまだ1年しか経っていない2003年、マスクはバッテリーだけで走る自動車の開発に取り組んでいた数人のグループと出会い、電気自動車(EV)というアイデアに魅せられる。「俺にも一枚噛ませろ」と1万ドルを出資した。

 EVベンチャーの業界とつながりができ、2004年には別のグループに創業資金を提供し、会長に収まってしまう。テスラである。マスクにとって、温暖化ガスを撒き散らすガソリン車からEVへのシフトはある種の必然でもあった。

夜な夜な「叫んでは吐いていた」

 だがここから地獄が始まる。2008年までにスペースXは3度連続でロケット打ち上げに失敗。テスラもEVの量産に苦戦して、有り金は底をつく。弟のキンバルが銀行に担保として差し入れていたアップル株を売らせてテスラ社員の給料を払うところまで追い込まれた。

 普通の人間なら壊れる。2番目の妻は伝記の中で、この頃のマスクが夜な夜な「叫んでは吐いていた」と証言している。だがこの逆境は、マスクの集中力を極限まで高めることなり、痩せ細って足の指に力が入らず、まっすぐ歩けないようになっても精力的に仕事をこなした。

社員に送った一本のメールに書かれていたのは…

 伝記には書かれていないが、この頃、テスラではそれまで無料だったミネラル・ウォーターが有料になり、社員の多くが「この会社も、もうそれほど長くない」と感じていた。このときマスクは社員に一本のメールを送っている。

「上司のために働かないでください。人類の未来のために働いてください」

 普通の人付き合いは苦手でも、熱い男だから、多くの才能ある人々がついてくる。スペースXは4度目の打ち上げで成功し、NASA(米航空宇宙局)から16億ドル(当時約1600億円)分の打ち上げ契約を取り付ける。テスラも量産に成功し、世界で最も価値のある自動車メーカーになった。

◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『 文藝春秋オピニオン 2024年の論点100 』に掲載されています。

(大西 康之/ノンフィクション出版)

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旧世代とは全く違う!「令和の金持ち」の働き方・稼ぎ方

2022年08月26日 06時39分44秒 | ビジネス

旧世代は「忙しさ」を自慢するが、新世代は「ヒマ」を自慢する

旧世代の富裕層は、自分がどれだけ多忙であるかを周囲に自慢する傾向があります。たとえば「昨日は徹夜した」「あちこちへ出張した」「こんなに打ち合わせが多かった」などです。

 

一方、新世代の富裕層は「1日これだけしか働いていない」「寝てても稼げている」「打ち合わせはZoomで十数分だけ」など、労働時間の短さを自慢します。

これは良い悪いではなく、世代間による労働観の違いなのかもしれません。

旧世代は、人一倍努力して成功した世代ゆえに「労働は美徳」という価値観があります。一方、新世代はがむしゃらに働くことを良しとせず(もちろん必要な時はやる)、むしろいかに効率的に稼ぐかを意識しています。

ただしこれは「怠ける」とは根本的に異なり、見た目はのんびりでも、彼らの頭脳はフル回転していることがほとんど。

では何を考えているかというと「どうすればこのビジネスを仕組み化できるか」についてです。

 

新・旧世代でビジネモデルも全く違う

人材紹介や不動産販売などの「狩猟型ビジネス」は、1回あたりの売上は大きいものの、常に新規の顧客を開拓し続けなければならないという宿命を背負っています。

 

人材紹介は、転職者の年収の30%くらいの紹介手数料がもらえるので、仮に年収1000万円の人材の転職を成功させれば300万円の報酬がもらえます。

不動産販売(仲介)も同様で、5000万円のマンションを仕入れて売れば、買い手から3%+売り手から3%の仲介手数料(※)、つまり300万円の報酬が得られます。人材紹介は設備投資も資金も不要だし、不動産販売も仲介ならほぼ資金ゼロでできます。

※上限は「物件価格×3%+6万円+消費税」となります。

しかし考えればわかるとおり、取引が1回1回で完結するので、すぐに次の顧客を探さなければならず、それが半永久的に続きます。

そのため、いわゆる「夜討ち朝駆け」といった体育会的になりがちです。さらに、景気に左右されやすいという特徴も持っていて、不景気で真っ先に落ち込むのはこうした業態です。

一方、仕組み化された「耕作型ビジネス」は、1回あたりの売上は小さくても、月単位あるいは年単位で継続的にお金が落ちるモデルです。

典型例は、電力会社やサーバーホスティング会社で、契約1件あたりの売上は月に5000~1万円くらいですが、膨大な数を集めることで安定化します。

また、このタイプは景気に左右されにくいものが多い。不況だからといって電気を使わないとか、ホームページを閉じるということはあまりないでしょう(むしろホームページをより強化するかもしれない)。

たとえば友人の新世代の富裕層は、有料メルマガ・オンラインサロン・YouTubeで稼いでいますが、これらは誰でもでき、初期投資はほとんどかかりません。メルマガは購読者数、サロンは入会者数が増え、YouTubeは再生回数・時間が延びれば収入も上がります。

そして彼は、いつ仕事しているのかわからないくらい旅行をしているにもかかわらず、年収は「億超え」です。運営はスタッフに任せているのですが、「すべてのコンテンツをタダで見ていい」という条件で、ボランティアでやってもらっているらしく、なかなか賢くやっています。

文:午堂 登紀雄(米国公認会計士)

大学卒業後、会計事務所などを経て、米国コンサルティングファームで経営コンサルタントとして経営戦略立案や企業変革に従事。貯金70万円を1年で3億円の資産に成長させた経験をもとに、お金持ちになる方法や考え方を伝授。

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アニメやゲーム業界「日本人は安くて助かります」その由々しき事態

2021年10月13日 06時02分23秒 | ビジネス
「中抜き」とは、本来はビジネス用語で中間業者を使わず直接取引することを指すが、現代では中間業者や関係者のピンハネ、不当な搾取に対して使われるようになった。それがしばしば起きる労働現場のひとつにアニメやゲームなどのエンタメ、クリエイティブ業界がある。クリエイターとして正当な報酬が得られる場所を求めるのは当然で、近ごろは依頼元に金払いがよい中国企業というケースも増えてきた。これは創作に携わる者に限った話ではなく、30年間平均賃金の上がらない日本の労働者の今後にも当てはまるのではないか。俳人で著作家の日野百草氏が、中国からイラストやアニメの仕事が増えている背景と日本の事情について当事者たちに「安い日本人」の実態を聞いた。

 * * *

「日本のクリエイターはとても質が高いのに安い。もっと紹介してください」

 5年くらい前からだろうか、中国のゲームメーカーや代理店が熱心に「イラストレーターを紹介してくれ」と依頼してくるようになった。「日本人は安い」――中国人からこんな依頼をされるなんて、いまから10年前には考えられなかった。

 その10年前にあたる2011年ごろ、筆者は日本の大手ゲームメーカーと元請けの制作会社から「金は出すからイラストレーターを集めてくれ」という話をきっかけに、多くのソーシャルゲーム(以下ソシャゲ)に関わることとなった。ソシャゲがフィーチャー・フォン(いわゆるガラケー)からスマートフォンに移行する過渡期、原稿料もディレクション費も十分な額だった。彼らイラストレーターの中には大手出版社で人気漫画家になった者もいるし、いまも一線で活躍する者もいる。いずれにせよ、みなソシャゲバブルの恩恵にあずかった。

 しばらくして一部の代理店や制作会社からの遅延や未払いが起きた。2012年に消費者庁からコンプリートガチャ(コンプガチャ)に対して指導が入り、さらに2016年に表面化したガチャの確率操作問題も影響したのだろうか。「差分10パターン込みで10,000円を100人分、今月中」という誰も請けないだろう仕事も来るようになった。「ディレクション料は払えないから(イラストレーターの)原稿料から抜け」という会社もあった。当然断った。

 やがて聞いたこともない代理店やエージェントも間に入るようになった。どの業界もそうだが、いつも見ず知らずの誰かが間に入って、何もしないでお金を抜いていく。

日本人は安くて助かります
「厚塗りはとくに人気です。このクオリティで仕上げるクリエイターは(中国に)少ない」

 そんな中で増えた中国人からの依頼だったが、彼らは十分な資金と制作期間を有していた。当時の中国では油絵の具を厚く塗り重ねたような色彩の立体感がある厚塗り(美麗塗りとも)が人気だった。そのころ日本でヒットした『聖戦ケルベロス』などの影響もあったのだろう。お金はきっちり支払われた。

「それにしても安くて助かります。日本人は素晴らしい。なぜ安いのですか」

 若干高めに提示してみたが、彼らはそれでも安いという。別の中国のエージェントなどはこちらが驚く金額を提示してきた。とにかく彼ら中国人が口をそろえるのは「日本人は凄い」そして「日本人は安い」だった。イラストレーターの中には「こんなに貰っていいんですか!」と言う人もいた。他社でどれだけ中抜きされていたのだろう。金はどこに消えたのか。

 断っておくが、ここで問題にする「中抜き」とは本来の直接取引の意味ではなくピンハネ、中間搾取の意味の「中抜き」である。2000年代の派遣問題あたりからこの意で使われるようになったが、業界の隠語としては古くからある。またソシャゲもピンキリ、近年では徹底した内製化でクオリティの維持と制作の透明化を図っている日本企業もある。あくまで本稿の本旨は現場に金が回らない「中抜き」と、それによる国際競争力の相対的な低下にある。

アニメの現場の食べていけない、は他と比べても異常
「アニメーターも条件が良ければ、どんどん中国の仕事をしたほうがいいと思います」

 旧知のフリーアニメーター氏が語る。緊急事態宣言どころかまん延防止等重点措置まで一気に取っ払われた都内ファミレスは先月より賑わっていた。いつも饒舌な彼だが、今日はとくに舌鋒鋭く止まらない。アクリル板越しに身振り手振りで訴える。

「日本の単価なんて1980年代から変わってません。人気アニメでも変わりませんよ」

 動画か原画かはもちろん、クオリティや拘束などの諸条件で単価は変わるが安いのは事実。筆者の中での平均単価は動画で100円から200円、原画で2000円から5000円といったところか。この金額感は1990年代のものだが、いまもそれほど変わらないだろう。

「アニメは現場に金がないんです。不思議でしょう、実際に作る人に金が来ない」

 変えようと努力している制作会社もあるが肝心の金が降ってこない。

「私が新人のころといまの新人、ほとんど単価が変わらないんです。30年間同じなんて凄いですよね」

 アニメーター氏はそう自嘲するが、そもそも日本人の1990年の平均給与が425万2000円、2020年が433万1000円なのでアニメーターに限らず日本そのものの賃金も30年間ほぼ変わっていない。消費税3%、国民年金が8,400円、介護保険料も後期高齢者医療保険料もない身軽な時代に比べれば現代のほうが間違いなく負担は大きい。物価も消費者物価指数では1990年をおおよそ92とするなら2020年は102、デフレデフレと言いながら日本の物価は1割上がっている。

「ゲームはむしろ恵まれてるほうです。歴史がない分、アニメに比べればしがらみが少ない。アニメは年食っただけの『関係者』がいまだに牛耳ってます」

 筆者の出版社時代にお世話になったアニメのプロデューサーたちもいまや60代、70代。引退して年金者になった者や行方不明者もいるが、既得権やコネクションを持っている彼らや彼らの会社の中には先の「中抜き」で生きながらえている人もいる。製作会社や広告代理店との長年のつき合いで、申し訳ない言い方だが悪事を散々やってきた「業界ゴロ」が令和になっても同じようなことをしている。これもまた、アニメーター氏によれば数十年間の低賃金、現場に金が回らない理由のひとつだと語る。筆者も同感だが、日本の他の産業とまったく同じ構図、知らない誰かが知らないうちに間に入って掠め取っていく。

「若手でも、他人を使って中抜きしたほうが儲かるので元請け制作会社を作る人がいます。単価2100円で請け負って800円で第二原画に出すと右から左で1300円入る。枚数ありますからそれなりの金にはなります。単価は低いですが動画も同じです。でも責められないですね、仕方ないんです。本当に食べていけないですから。食べていけないのレベルが他(の産業)と比べても異常です。末端に届く頃には雀の涙です」

 ある程度の予算確保は仕方ない。現場を回す上で欠かせないストックでもある。しかし問題は何もしていない組織や個人が途中で抜いていくことにある。それも作品を、現場を、個々の生活を脅かすほどに。それがこの国では30年以上続いている。その代表格がアニメ業界だ。

「パチンコに人気アニメが使われるとよく思わない人も多いですが、制作会社やアニメーターからすれば単価の高い良い仕事です。一番ダメなのが、みなさん大好きなテレビアニメです。ほんとテレビはダメですね」

 彼は作画監督の経験もあり、アニメーターとしての技術は高い。この業界では貰っているほうだが、それでも聞けば驚くほど安い。そのパチンコすら「テレビアニメに比べればマシ」というだけ。個々のケースは様々ですべてに当てはまらないことは当然だし、本旨ではないため細かいアニメーター事情、アニメーター以外のアニメ関係者の単価については割愛するが、実態は大なり小なり変わらず安い。また能力が足りない、才能がないという言い訳も使われるが、それについても氏は否定的だ。

「もちろん実力主義です。それは構わない。しかし個人、せいぜいグループ程度の少人数で回す漫画や小説と違い、アニメ制作は団体戦です。監督やキャラクターデザイン、作監ばかり目立ちますが彼らだけでアニメは作れない。作業員でもある原画や動画に生活できる金が降りてこない状態で実力も何もないでしょう。単なる正当な対価の話です」

 多くのスタッフが様々な持ち場を担当しているアニメ制作、アニメーターはクリエイターだが現場作業員でもある。作業員にまで優勝劣敗を強いて単価を据え置く。そうした日本のアニメ業界を救うのではと言われた黒船、海外の動画配信大手に対しても氏は厳しい。

「あれでは請けられません。私に来た話も単価はテレビアニメの最低ランクでした」

 それはおかしい。海外の動画配信大手の予算はどこも潤沢、海外作品に限ればハリウッド顔負けの予算と謳っているが嘘なのか。

「いえ、日本だけ現場に降りてくる前に抜かれてるんです。それがどこで、誰かはわかりません。見当はつきますが、噂レベルですね」

きっちりお金をくれるなら中国だって問題ない
 筆者も経験がある。あるソシャゲの制作会社からの依頼はその内容からすればイラストレーターの原稿料が安かった。1キャラあたりの差分も多い。大手ゲーム会社の案件なのになぜかと尋ねると社長は「うちもギリギリなんです。間に2件入ってるんで」と明かした。2件とは何なのか。製作会社はゲームを企画販売し、代理店が調整し、制作会社が作り、個々のクリエイターが協力する。その2件は何をしているのか。闇が深すぎる。

「一般の人は広告代理店を悪く言いますけど代理店は大事です。中抜きが多いというのは事実でしょうが作品には関わってる。嫌な役目をしなきゃいけない人は必要です。私が言いたいのは、本当になにもしない組織や人が金を中抜きしていることです」

 そのとおり、広告代理店は目立つし何をしているか外目には分かりづらいので叩かれやすいが彼らの役割も大事、それ以上の「悪」がいることは業界に関わる誰もが知る話だ。ひと昔前、金に卑しい謎のフリープロデューサーがいた。かつて一斉を風靡した作品を手掛けたこともある男だが、彼は何もしないが常に作品に参加し、なぜか稼いで高級車を乗り回していた。知らない間に入ってきて、何もしないで金を得る。もう名前を見ないが生きていればもう年金者だろう。この手の輩、アニメに限らずゼネコンやIT回りにも珍しくない。

「私はちゃんとした金額で作品に参加できれば文句ありません。だから単価が高ければ、きっちりお金をくれるなら中国だってまったく問題ない。むしろありがたい話です」

 いま案件として高いのは中国のアニメ制作だという。冒頭のゲームイラストの話と同様に、いやそれ以上に中国は日本のハイエンドなアニメーターの技術を欲している。

「昔の中国なんて下請けで使って、こんなの勘弁してくれよーなんてボヤきながら作監修正するようなシロモノでした。それでも安いから使ってたのに、いまや日本人が安いなんてね。個々人の技術は日本のほうがずっと上なのに、おかしな話ですよね」

 中国の人件費は日本に比べればまだまだ安い、しかしそれは単純作業を中心とした工場労働者や農業・畜産従事者の話で、技術者やクリエイターといった特殊技能職の価値は中国の市場経済規模、ITを中心とした娯楽市場の肥大により大幅に上がっている。中国の技術者やクリエイターは早くから海外の仕事も念頭に置いた活動をしているので(昔は国内産業が心もとなかった事情もあるが)、中国企業からすれば欧米はもちろんアジアのIT新興国との人材の奪い合いとなる。だから実際の「作り手」に金を積む。いつの間にかガラパゴス賃金に据え置かれた日本の優秀な技術者やクリエイターは中国からみて「安い日本人」になってしまった。クールジャパンがチープジャパンなんて笑えない。

「社員として中国企業に勤めるかと言われればノーですけど、フリーランスとして日本にいて仕事を請ける限りはお金をきっちりくれて、作品に携われればどこの国だって文句ないですよ。騙されたり払われなかったりしても、それは日本も同じですから」

 確かに中国企業に勤めるというのはまだ現実的ではないが、在宅フリーで請ける限りは十分な対価で作品に取り組めるなら国は関係ない。日本のアニメーターやイラストレーターは中国でも非常にその価値を評価されている。独自の文化と土壌で培われた、世界でも希少かつ特殊なクリエイターである。ジャパニメーションを指向する中国にすればガラパゴス市場に閉ざされていた高度な職人の技術とその誠実な創作意欲を欲するのは当然だろう。

「これからも草刈り場になるでしょう。だって日本じゃ食えないんですから。私みたいなおっさんはともかく、若い子でクリエイター、ましてアニメーターを目指すなら国外はもちろん別の創作も視野に入れるべきですね。人気アニメーターになっても人気漫画家のようにビルや御殿が建つほど稼げるわけではありません。多くは普通に暮らせるだけです」

中抜きというより泥棒。このままなら日本は終わる
 かねてから日本のSFXやVFX、3DCGなどの映像技術者は海外の仕事前提で取り組むクリエイターが多く評価も高い。いよいよ日本のアニメーターもそうなりつつある。いや日本の技術者、クリエイターすべてがそうなりつつある。

「日本のアニメやゲームは素晴らしい、ぜひ中国も作れるようになりたい」

 いまから約20年前、筆者が中小出版社で編集長をしていた2000年代前半、中国でアニメやゲームを作りたい、日本のいわゆる美少女ゲームを作りたいから力を貸してくれという中国企業の売り込みがあった。どうせ欲しがってるのはジブリやガンダムのようなメジャー作品だろうと思い、まだ幼さの残る青年に「紹介するから大手出版社に行ったらどうか、うちみたいなマイナー誌に来ることもない」と言ったら、流暢な日本語で「日本のマイナーアニメや美少女ゲームこそ世界は欲しがる」と力説された。

 結局、彼の言うことは本当になった。彼の指す「世界」というのは日本人の考える世界、欧米のことではなく世界最大の人口規模を持つアジアのことだった。日本で「オタクキモい」とバカにされていたジャンルすら世界に通じる「産業」になることを彼はわかっていた。経済産業省クールジャパン機構の「欧米に売り込む!」「ハリウッドに日本を!」なんて欧米信仰の昭和脳では敵うはずもない。中国企業のオンラインゲーム『原神』も『アズールレーン』も彼のような中国のネクストジェネレーションが生み出した。あれを中国企業が作れるようになった。天安門事件冷めやらぬ30年前に戻って話したら笑われるだろう。

「それだっていまや本音は『日本のマイナーアニメやゲームを作ってる凄いクリエイターが欲しい』ですからね。その日本人を使って中国のジャパニメーションを作る」

 実際に中国が近年手掛けるアニメはジャパニメーションであり、ゲームはジャパニーズゲームである。いわゆる「萌え」「推し」「アキバ」といった日本のオタクカルチャーと日本独特のハイエンドな美麗キャラクターをうまく取り入れている。それどころか模倣から離れて独自性を持ち出した。そうして日本のガラパゴス文化を利用して世界に売っている。ガラパゴス萌え少女の絵柄でちゃんと世界に向けて売れている。ここが一番恐ろしい。

「やっぱり資金力と、その金がきっちり現場に降りてくることが大事なんですよ。日本でそんな産業、アニメに限らずあるんですかね」

 アニメーター氏の話が少し大きくなったがもっともな話。日本の農業、建設、機械、IT、娯楽、派遣と見渡しても中抜きだらけ、5次下請けが普通に存在する異常さである。東日本大震災の除染作業では8次下請け、コロナ禍の持続化給付金では9次下請けまで確認され、アベノマスクに中抜き目的の連中が群がった疑惑は記憶に新しい。仲介にも先の広告代理店のような汚れ役の意味もあるだろうが、ここで問題にしているのは何もしていないのに金をかすめ取る組織や連中のことだ。

「そんなの中抜きというより泥棒ですね。クリエイターや技術者に限らず、現場や働く人に金がいかない。日本中そうでしょう」

 もちろんSNSで誰でも声を上げられるように、それが人々に届くようになった現代、「誰が金を盗んでいるのか」という気づきも起こり始めている。それでも中抜きという名の泥棒行為は一向に収まる気配がない。2021年に入っても厚生労働省肝いりの新型コロナウイルス陽性者との接触を知らせるアプリが再委託の再々委託で金がどこに消えたか問題になった。案の定の不具合だらけ、間違いなく末端の現場に金がいってない。

「個人的な感想ですが、このままなら(中抜きで)日本終わると思います」

 先にも書いたようにアニメーターの賃金が30年間据え置きなら、日本のサラリーマンの平均年収も30年間据え置きである。多くの労働現場の方々は肌身に感じているだろうが、本当にこの国は現場に金が来ない。実際に働く人に金が来ない。構造不況の要因は様々だが「中抜き文化」も、ボディーブローのようにこの国を蝕む原因だ。そうしてデフレ下の安い日本が、いよいよ安い日本人になろうとしている。

 今回はアニメーターやイラストレーターを例に挙げたが、そうしたクリエイターや技能者だけでなく一般労働者、とくに派遣の中抜きも深刻なままの日本、オリンピックすら中抜き合戦。いまのところ中国が「安い日本人」と思っているのはクリエイティブ系が中心だが、いずれサラリーマンすら「日本のサラリーマンは安い」になるかもしれない。

 アフターコロナに遅れをとった日本、世界一勤勉で安い日本人を雇う中国人という未来――クリエイターだけの話ではない。「安い日本人」はすでに身近な危機である。それにしても、本当に金はどこに消えているのか。

【プロフィール】

日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。かつて1990年代から月刊「コンプティーク」を始め多くのアニメ誌、ゲーム誌や作品制作に携わった経験を持つ。近年は文芸、ノンフィクションを中心に執筆。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。著書『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)他。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。
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職場の朝礼で謝罪させたらアウト? 知っておくべき「パワハラ・セクハラ」の基準

2016年09月28日 06時36分15秒 | ビジネス
◆あなたの「パワハラ基準」は通用しない?

「俺が若いころは……」

 なんて、言葉が口癖の人は要注意です。パワハラを悪気なく引き起こしてしまうタイプでしょう。パワハラの原因の多くが「俺的にはセーフ」「私の感覚では問題ない」という考えに起因するといいます。加害者となった方の多くが「自分もそうやって育てられた」と発言するように、根本には「若い子を育てたい」という前向きな発想にがあるのでしょうが、そのやり方が現代の職場では通用しないこともあるのです。

 これはセクハラも同様です。不快に思うかどうかの判断基準は自分ではなく相手にあることを忘れてはいけません。自身にとっては当時のつらい経験が今の財産であったとしても、同じことを部下にさせるとハラスメントになってしまうということがあるのです。

◆まさか! あの人に訴えられるなんて

「ええっ!!彼女は関係ないのにあれがセクハラだって!?」

 思わず大声で叫んだのは営業部のAさん(35歳)。人事部長に呼び出され、「社内の懇親会の行為がセクハラに当たる」と言われたのがその理由でした。Aさんは「お酒の席とはいえ、社内の飲み会であることはわきまえています」と言い、「セクハラを指摘されるような言動は記憶にありません」とキッパリと否定したそうです。

 しかし、人事部長は「Bさんに『お前の胸があと5センチ大きければすぐに彼氏出来るのにな』と言ったそうだね」と返します。すると、Aさんは「はい、確かに言いました。でも、Bとは同期入社でお互いに冗談を言い合える間柄です。いつも同期の飲み会では鉄板のネタです。Bがそんなこと言うなんて信じられません。だって……」と。そこで、人事部長は話をさえぎるようにこう告げました。

「苦情はBさんじゃないんだよ、それを聞いていたCさんなんだよ」

 こうして冒頭のAさんの叫びとなったのでした。Aさんとしては「お前の胸が……」というセリフがセクハラなのは理解していたそうですが、「信頼関係がある相手を選んで発言した」ので問題にならないと思っていたそうです。しかし、Aさんから直接言われたわけではなくとも、それを隣で聞いていたCさんが不快に思い、セクハラと感じて人事部に訴え出たそうです。「気心が知れている」「合意の下だ」なんて言っても、TPOをわきまえないとセクハラ認定されてしまうのです。

 このように、ハラスメントは当事者だけではなく、第三者からも訴えられることがあるのです。実際、自分ではなく、同僚に怒鳴り散らしている上司を見て体調を崩し、パワハラを訴え出た例もあります。

◆飲み会に誘わないのはハラスメント?

 映像制作会社の企画部での出来事です。この部署では定期的に飲み会を開催しているのですが、部長だけはその飲み会に誘われていなかったようです。ある日、飲み会の話を偶然聞いたD部長は「俺もたまには呼んでくれよ」と飲み会を企画しているE君に頼んだそうです。

 メンバーの中には反対した者もいたそうですが、「さすがに断りづらい」ということでD部長も誘ったそうです。飲み会はいつも通り盛り上がっていたのですが、突然、D部長が立ち上がり、E君の顔めがけて“から揚げ”を投げつけてしまったそうです。

 静まり返った居酒屋の個室で部長はE君に不満をぶつけました。その理由は一番の上司であるにもかかわらず

1.乾杯の挨拶をさせなかった

2.ほぼ無視をされている

3.お酌をする者すらいない

 とのこと。部長が退席すると、「パワハラじゃないのか?」「明日から職場でも無視しよう」といった声が上がったそうです。

 確かに、部長の行為はパワハラと問われても仕方のないところですが、無視や飲み会外しなどの一連の行為も“逆ハラ”と言われる可能性のある行為でしょう。そんなことから、本件は両者ともに“注意”ということでいったん決着しました。ただし、これとは別にD部長のマネジメント能力が問われることとなったのは言うまでもありません。

◆朝礼で謝罪させられるのはパワハラ?

「みんなに謝罪してください」

 とある精密機器メンテナンス事業を行う会社の朝礼での出来事です。

 専務に謝罪を迫られているのは営業課長のFさん。話によると、このFさん、女性の派遣スタッフに対し日頃から横柄な態度を取り、また、セクハラと思われるような言動を行っていたそうです。Fさんは女性スタッフに直接謝罪をし、「今後は改めてくれるならば」ということでその場は収まったのですが、本件の報告を受けた専務がたいそう腹を立て、「全社員に対して謝罪をするべきだ」となったそうです。

 針のむしろに座る思いをしたFさんはその後体調を崩し、退職したそうです。この話はこれで終わりではありません。ほどなくしてFさんから会社に対して「パワハラを受けて退職せざるを得なくなった」として、あっせんが申し立てられたのです。“セクハラ”は確かに問題行為ですが、それを注意や処分することも適切に行わなければなりません。

“悪を成敗する”といったようなスタンスで指導をしていると、それ自体“行き過ぎた指導”となり、パワハラとなってしまうのです。セクハラやパワハラを取り締まるはずの第三者がパワハラの加害者になってしまうこともあるのです。

 セクハラ、パワハラ以外にもマタハラ(マタニティ―・ハラスメント)やアカハラ(アカデミー・ハラスメント)、煙草の煙に対するスモハラや臭いに対するスメハラ(スメル・ハラスンメント)など多くの◯◯ハラが増えました。とはいえ、今は少しでも不快な事があると「それって◯◯ハラだよね」と何でもかんでもハラスメントに結び付ける人が多いような気がします。相手に対してハラスメント認定をすれば、「何を言っても許される」とでも思っているのでしょうか。

 例えば、スメハラ。強烈な香水を使用していたり、悪臭を放つ食材などを持ち込んでいるのであれば「スメハラである」と注意しても良いでしょう。しかし、体臭のように本人の意思に関わらないものまでもハラスメントとして糾弾するのは問題です。その糾弾する行為そのものがパワハラとなる可能性があるのです。

 また、なんでもかんでも「それ◯◯ハラ」と言ってレッテルを貼る行為もそれ自体がハラスメントになるかもしれません。まさにハラハラ(ハラスメント・ハラスメント)と言っても良いでしょう。自分は冗談で「それって◯◯ハラだよね」と言っても、本当にそうなのか判断するのは言われた方です。“ハラハラ”にならないように注意しましょう。

◆ハラスメントが印籠に!? ハラハラに注意を

 まず、理解しておきたいことは、何でもかんでも“ハラスメント”になるわけではありません。例えば、業務上必要な事と認められるのであれば、ハラスメントではないのです。本来は必要ではない、余計な事を付け足したり、やり過ぎたりするからハラスメントになるのです。

 そして、それが受け入れられるかどうかは自分では決められないということです。同じセリフ、同じ方法だとしても、誰に言われたかによって“コミュニケーション”と“ハラスメント”に分かれるからです。したがって、信頼関係の度合いに応じて指導方法やコミュニケーションの取り方を変えるなど工夫することが必要でしょう。

 また、相手だけではなく、第三者に対してもハラスメントになってしまうことがあるということも忘れてはなりません。一方的な信頼関係やTPOをわきまえないコミュニケーションは無意識にハラスメントを行ってしまう可能性があることを常に意識しておきましょう。

 最後になりますが、信頼関係が無くとも、ちゃんと相手の人格を尊重した上で業務に対する指導であればハラスメントにはなりません。ハラスメントを恐れるあまり「指導ができない」なんてことにならないよう、何がハラスメントになるのかを理解しておくことが肝要です。

<文/大槻智之>

【大槻智之】

’72年4月、東京都生まれ。日本最大級の社労士事務所である大槻経営労務管理事務所代表社員。株式会社オオツキM 代表取締役。OTSUKI M SINGAPORE PTE,LTD. 代表取締役。社労士事務所「大槻経営労務管理事務所」は、現在日本国内外の企業500社を顧客に持つ。また、人事担当者の交流会「オオツキMクラブ」を運営し、250社(社員総数25万人)にサービスを提供する
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三井ホームがUSENのオフィス向けBGMで残業時間を削減

2016年09月03日 04時19分28秒 | ビジネス
●業務時間内のシーンに合わせてBGMを流す
職場環境の改善を目指した取り組みとして、音楽を採り入れる方法を提案しているのがUSENだ。2013年2月より「Sound Design for OFFICE」(サウンドデザインフォーオフィス)というサービス名で、オフィスに合った楽曲を選曲・編成したチャンネルを「集中力向上」、「リラックス」、「リフレッシュ」、「気づき」という4機能にカテゴライズ。受付などパブリックスペースだけでなく、ワークスペースでも利用できるBGMとなっている。

「Sound Design for OFFICE」は2013年から提供されているが、USEN 法人営業統括部 オフィスサウンド営業部 部長 齋藤淳氏によれば、オフィス向けBGMをマスキング効果として利用しているケースもあるという。また、ストレスチェックの義務化以降は、職場環境の向上やメンタルケア対策として改めて着目されており、問い合わせ件数が大幅に増えているという。

この「Sound Design for OFFICE」(以下、SDO)を2014年10月から導入しているのが、三井ホームだ。本社が大きく南と北にフロアが分かれている中、まずは南側で採用された。

「80~90人程度が1フロアで働いていますが、『以前は静かすぎて息がつまる』、『会話しづらい』というような意見がありました。そこで、前総務部長が以前のオフィスでBGMを利用して良かったという経験を持つことから導入を検討し、大学教授などが監修したオフィス向けの「SDO」を知りました」と語るのは、三井ホーム 総務部 総務グループ 主任の高橋航介氏だ。

一般のUSENとは違い、オフィスに特化していることが決め手となり、本社では「SDO」をシーンに合せて活用することにした。

具体的には、朝の始業前にあたる8時15分から始業時間の9時までの45分間には、小鳥のさえずりなどを含むヒーリング効果があるというインストゥルメンタルが流れる。その後の9時から10時の始業後1時間は、さわやかな音楽で雰囲気づくりをする。昼休みにあたる12時から13時は、カフェ風の音楽が流れリラックスを促す、終業に向けた15時から18時は、SDOでしか聞けない集中力アップ効果がある音楽が流れる。

「業務時間内全ての時間に流れるという使い方には抵抗があったので、音楽が流れる時間と流れない時間があるようにタイマー設定を行いました。午後の集中力アップに関しては、開始当初は週に一度だけ利用していましたが、その後毎日利用するようになりました。それ以外は、開始当初から同じ効果のあるチャンネル内で、多少の調整はあるものの、設定に変更はありません」と高橋氏は語る。



●「ロッキー」を合図に終礼実施で残業時間減を実現
もう1つ使われているのが「ロッキーのテーマ」だ。これは終業時刻の18時になると流れるが、音楽が流れるとフロアのあちらこちらで社員が一斉に立ち上がり、部署ごとに簡単な業務報告を行う終礼が実施されているのだ。この時点で自分の業務が終わっていれば、報告して終業となる。

「以前から終礼を行うことになっていましたが、業務を中断するタイミングが掴めないまま実施されないという事がよくありました。その結果、自分の業務は終わっていても、伝えづらく残業をしてしまうような状態がありました。それがロッキーのテーマを流すようになってからは、きっかけが掴みやすくなったお陰で終礼が定着しました」と、高橋氏は導入効果を語る。

実際にフロアで聞いてみると、BGMの音量は意外と小さい。天井にBGM用のスピーカーを埋め込んでいるため、場所によって聞こえ方は多少違うが、スピーカーの近くでも電話中に音楽が邪魔にならない音量だ。それでも、音楽が鳴ればはっきりとわかるという。

「利用開始後しばらくしてアンケートを行ったところ、USENを導入したフロア南側では8割が終礼を行っていたのに対して、北側では3割程度しか実施されていませんでした。終礼が残業減につながっているかというアンケートでも、南側が9割以上つながっていると回答したのに対して、北側は5割強でした」と高橋氏は説明する。結果として、南側の残業時間は前年比15%減という効果が出たという。

このアンケートでは別途音楽を流すことの効果、印象などについても意見を聞いており、中には、音が気になる、効果があるのかわからないというような否定的な意見もあるが、「朝気持ちよく仕事がスタートできるようになった」、「業務中も心地よく仕事ができるようになった」というような回答が6割を超えるなど、概ね好評な結果となった。一方、導入していなかった北側でも5割以上がBGMの導入を希望したという。

●音で仕事のメリハリ&コミュニケーション活性化を実現
「アンケートの中で、導入済の南側から未導入の北側部署へ異動した人が、ロッキーのテーマが流れないので終礼がなくなり残業が増えたと回答したのが印象的でした。また終礼以外にも、コミュニケーションが良くなった、会話がしやすくなったという声もあります。以前は静かすぎてちょっとした質問をするにも気が引けていたのが、今なら話しやすいという意見も有りました」(高橋氏)

業務時間中に音楽が流れない時間をつくることでメリハリも付きました。以前から始業・終業時間や昼休みの開始・終了を告げるようなチャイム等は鳴らしていなかったため、従業員は自分で時計を確認しながら仕事をしていたが、今は音楽が切り替わったり、鳴り始めや終わりで自然と時間を把握できるようになったという。

残業時間削減という目に見えるわかりやすい効果だけでなく、仕事のしやすさ、コミュニケーション改善といった副次効果も感じているようだ。

USENではBGMがオフィスにもたらす効果として、音の雰囲気が人に与える落ち着きや高揚感といった気分の変化をメンタルケアに活用する考え方のほかに、受付等で流すことによる企業の好感度アップといったイメージ効果や、オフィス内外からの騒音を感じづらくするマスキング効果なども挙げている。おもしろいところでは、女性向けの冷え対策のできるチャンネルや、涼感を持たせるチャンネルといったものもあるという。

80以上のチャンネルが用意されており、テーマごとにチャンネルが選択できる形になっているため、利用したいシーンや目的を伝えることでチャンネル選びのアドバイスを受けることも可能だ。スピーカーやチューナーの設置は必要となるが、オフィス環境に大きな変化を加えず、人や働き方へのよい影響を出しやすいサービスだけに、ストレスチェックが義務化された中で解決策の1つとして注目されそうだ。

(エースラッシュ)
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